097 嫌がらせのガラクタ置き場



 ヒカリとノワールは、ベルンハルト一家が暮らす屋敷に案内された。

 当然そこはヤミも世話になっている場所であり、魔界の城で一時期一緒に暮らしていた兄妹姉妹四人が揃う形となる。おまけに今はシルバに加え、ノワールという新たな家族もおり、より一層賑やかになった。

 また一緒に暮らせて嬉しい――ラスターとレイが嬉しそうにはしゃぎ、それを見下ろしながら微笑むヤミとヒカリの姿。

 ここだけ切り取れば、実に平和で微笑ましい姿だと言えるだろう。


「ようこそおいで下さいました。大神官様や旦那様より、お話は伺っております。どうぞごゆるりと、お過ごしくださいませ」


 そう言われながら、執事とメイドが頭を下げてきた。魔族であるヒカリを、快く歓迎してきたのだ。


「兄さん。ボクが屋敷の中を案内するよ!」


 そう言って早速ラスターが、ヒカリの手を引こうとしたのだが――


「坊ちゃま。その役目はメイドである私にお任せください」


 メイドの一人が穏やかな口調で制してきたのだった。


「私たちにも大切な『役割』と『務め』というものがございます。ここはどうか、メイドたる私にお譲りくださいませ」

「――そうだな。確かに彼女の言うとおりだ」


 ベルンハルトも頷きながら、息子の頭に手を乗せる。


「親切なのは結構だが、それで他の仕事を奪うのは良くない。いいな?」

「……はい、分かりました」

「うん。以後気を付けるようにな」


 しょんぼりする息子に優しく語り掛けるベルンハルト。諭しただけで怒っていないことは分かっているのだが、それでもラスターの気は晴れなかった。

 以前世話になった『兄』のような恩人の世話をしたかった。いきなり肩透かしを喰らったも同然であり、それを察したレイは、双子の兄の背中を優しく撫でる。


「ヒカリ、これ持っといて」


 一方ヤミは、ヒカリに『ある物』を差し出した。


「なにこれ?」

「お守りみたいなものだよ。ポケットの中にでも入れといて。肌身離さずにね」

「あ、うん。分かった」


 ヒカリは六角形の『それ』を受け取り、ズボンのポケットにしまう。これが何を意味するのか分からなかったが、お守りと言われればそんな気もしてくるため、気にしないことにした。


「ではヒカリ様。ご案内いたします」

「はい」


 穏やかな笑顔を向けてくるメイドに、やはり心優しい人達だなとヒカリは思う。自分が魔族であることに対し、差別的な目で見てこないことに感動する。

 大聖堂と魔族に対する確執があると聞いていたが、それも十数年も前のこと。

 ブランドンという新しい魔王が誕生したことをきっかけに、魔界に対する他国の見方も変わったと聞いたことがあった。

 そしてそれは、大聖堂も例外ではなかったと、そう思いながら歩いていた。

 しかし――


「こちらがあなたのお部屋になります」


 案内された部屋を見て、それはいささか甘すぎる考えだったと、ヒカリは思い知るのだった。


「――まぁ、ある程度の覚悟はしていたつもりだけどね」

「きゅるぅ?」


 引きつった表情のヒカリを、ノワールがどうしたのと言わんばかりに見上げる。目の前の光景に対し、まだ上手く判別できる能力が備わってないのだ。

 そんな彼らの様子など気にも留めることなく、メイドは淡々と続ける。


「あなたはこの部屋から『極力』お出にならないようお願いいたします。少しでも何か不審さがあれば、すぐさま旦那様に報告し、それ相応の措置を取らせていただく所存でございますので悪しからず」

「は、はぁ……」


 言い方こそ丁寧ではあったが、その節々に上から目線を感じた。ヒカリは表情を引きつらせながら、改めて目の前の光景に視線を戻す。


(っていうかこれ……殆どガラクタ置き場みたいなものだなぁ……)


 屋敷の端に位置する小さな部屋。一応ベッドと机はあるものの、遠くから見るだけでも傷だらけのボロボロであることが分かり、本当に使えるのかという疑問さえ沸いてくるほど。床もカーペットの類はなく、木の板を打ちっぱなしの状態。布を被せた状態の絵画やら壊れた帽子掛けなどが無造作に置かれており、見るからにその全てが埃だらけであった。

 とても来客をもてなす場所として、ふさわしいとは言えない。

 なのにメイドは、わざわざこの部屋へと案内した。それが何を意味するのか、ヒカリも流石に鈍くはない。


(こうも露骨に仕掛けてくるとは……どれだけ魔族って嫌われてるんだろ?)


 もはや嫌な気分をすっ飛ばして、笑えてきそうなくらいだった。改めて振り向いて見ると、メイドはニコニコと笑顔を浮かべてくるばかり。

 文句は言わせませんよ――と、なんとなく言われたような気がした。


(ま、この際仕方ないか)


 ヒカリは腹を括り、埃塗れの部屋に入る。幸い窓は付いており、部屋の空気を入れ替えれば多少は変わるかと思った。

 しかし――


「あぁ、そこの窓は絶対に開けないでくださいね。部屋の埃が外に出て、お庭の草木を汚してしまいますから♪」


 メイドはそんなことを笑顔で言い放ってきた。

 流石のヒカリも「ここまでするのか?」と耳を疑うが、メイドの心からの笑顔を見る限り、本気で言っていることが分かる。

 もしここにいるのが一人ならば、ヒカリも泣き寝入りする気持ちで頷いていたかもしれない。だが今は、大切に育てなければいけない存在が、自身の胸元でもぞもぞと動いているのだ。

 故にヒカリは表情を引き締め――


「……すみません。流石に窓だけでも開けさせてください」


 メイドに対して物申すのだった。それに対してメイドは目を丸くするが、すぐさま不敵な笑みを浮かべる。


「もしかして歯向かうおつもりですか? あなたみたいな魔族が、この大聖堂で勝手なことなんて許されませんよ」

「僕一人なら構いません。しかし今はこの子がいるんです!」

「きゅるぅ?」


 話題を振られたノワールは、どうしたのと言わんばかりに見上げる。くりっとした大きな瞳は、やはり自分の心を鷲掴みにしてくると、ヒカリは改めて感じる。

 だからこそここは、引くわけにはいかなかった。


「この子はまだ生まれたばかりで、こんな空気の汚れた場所にいさせるわけにはいかないんです。この部屋は受け入れますから、せめて窓を開けるくらい――」

「うわ、最悪ですねー。赤ちゃんのドラゴンを盾にするなんて!」


 ヒカリの説得を、メイドは演技じみた口調で遮る。


「やはり魔族というのは外道なのですね。このまま私のことも好き放題されて、お嫁に行けなくなる体になるんだわ。あぁんもう、どこまでも可哀想な私。魔族の案内を務めたのが運の尽きよ!」


 まるでスポットライトを浴びているかの如くポーズを取りながら、メイドは大きな声で語るように喋る。その目には涙も浮かんでおり、どこまでも役者になり切るその姿は、もはや感心すらしてしまうほどだった。

 ヒカリは依然として何も言わない。

 それをいいことにメイドは、ニヤリと笑いながらビシッと指をさしてくる。


「わざわざこの私が案内してあげたにもかかわらず、不満を漏らしてきたとなれば、食事を運ぶ必要もございませんね。どうぞこの埃塗れのガラクタ部屋で、汚い空気に汚染されてくださいな♪ 言っておきますが、ヤミ様や御子様たちがここに来られることもありません。あなたが来ないでほしいという言葉を、私が責任を持ってお伝えしておきますからご安心下さいまし。オホホホホ♪」


 心の底から勝ち誇った笑い声をあげるメイド。もはや魔族の少年に成す術などないと思い込んでおり、最高の気分だった。

 その時――


「あぁ、それなら心配いらないよ。ご飯ならあたしが運んできたから」

「……へっ?」


 後ろからあっけらかんと放たれた声に、思わずメイドは目を丸くしてしまう。そしてゆっくり振り向くと、数々の料理を乗せた配膳用のワゴンとともに、白髪の少女がそこに立っていた。


「まーこんなことになるだろうと思ったからね。部屋に戻るふりをして、すぐに動き出してホント正解だったよ」

「ヤ、ヤミさま……」


 あれほど艶々な笑顔だったメイドは、今や顔面蒼白もいいところであった。


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