098 メイドとの攻防



(い、いえ! うろたえてはダメよ、私!)


 それでもまだ、なんとかなるかもしれないと思い、ふるふると顔を左右に振り、気持ちを立て直そうとする。


「あ、ちなみに来るのは、あたしだけじゃないからね?」


 しかし、不意にヤミの放たれた一言により、メイドは再び表情を硬直させる。

 そこに――


「おねえちゃーん、枕と毛布持ってきたよー!」

「ホウキとちり取りも持ってきたよ。あとぞうきんもたくさんっ♪」


 双子たちも笑顔で駆けつけてきたのだった。まるで最初からそうするつもりだったと言わんばかりに。

 そして件の部屋を覗き込んでみると――


「うわー、ホント酷いねー」

「久々に見たけど、こんなにホコリだらけとは思わなかった」

「どれだけお掃除してないんだろ?」

「とにかく、できる限りのことをしよう」

「そだねー」


 レイは持ってきた枕と毛布を床に置いた。下にはちゃんと大きな風呂敷を敷いているあたり、用意がいい。

 そして双子たちは掃除道具を手に取りガラクタ部屋に突入。すぐさま部屋の窓を全開にした上で、掃除を開始するのだった。


「お、お待ちください坊ちゃま、お嬢さま! お二人にそのようなことは……」

「それじゃあたしも、いっちょやるとしましょうかね」

「ヤミさま……」


 メイドが脱力しながら声をかけるも、ヤミはそれを華麗にスルーし、呆気に取られていたヒカリに視線を向ける。


「ヒカリ。少し待っててね。ご飯ちょっと冷めちゃうけど」

「全然いいよ。僕も手伝う」


 ヤミに声をかけられたヒカリは、すぐさま我に返り動き出そうとする。しかしヤミはそれを制した。


「あんたはお客さんなんだからのんびりしてなって」

「……流石にできないよ」

「あー、まぁ確かにこんな部屋じゃあねぇ……んじゃ、ちょっとあそこらへんのガラクタとかを動かしてくれる?」

「ん、了解」

「シルバ。ノワールの面倒見といてね」

「くきゅーっ♪」


 肩にしがみ付いていたシルバが元気よく返事をするとともに、バサッと翼を羽ばたかせて飛び出す。ヒカリもノワールを優しく地面に下ろし、そこにシルバがゆっくりと降りたった。

 最初は不安そうにキョロキョロと視線を動かすノワールだったが、シルバの優しい笑顔に安心したのか、すぐに落ち着きを取り戻す。

 やがて二匹でじゃれあい出し、それを見たヒカリも安堵の息を漏らした。


「――ちょっと、何をしてるんですか!?」

「坊ちゃま、お嬢さま! 下手なことはおやめくださいっ!」

「ヤミ様も! いくらアカリ様の娘でも、流石に勝手が過ぎますよ!」


 そこに他のメイドたちも駆けつけてくる。ヤミたち三人の行動は堂々としており、黙っているはずがなかった。

 しかし当の本人たちは、そんなメイドたちの叫びなど気にも留めていない。


「けほっ! もー、ここホコリすごすぎ!」

「ねぇ、兄さん。今からでもボクたちの部屋に来ない? ベッドも汚いしさ」

「寝られればどこでも大丈夫だよ。ありがとうね」


 ヒカリはやんわりと言いながらラスターの頭を撫でる。しかしそれで誤魔化されるほど、八歳の少年も甘くはない。


「そうはいかないよ。この大きさじゃ、ボクたちも一緒に寝れないもん!」


 ピシッ、と空気の張り裂ける音が聞こえたような気がした。レイとヤミ、そして当のヒカリは平然としていたが――


「ぼ、坊ちゃま?」


 メイドは完全に狼狽えた様子を披露していたのだった。


「それは、その……どういう意味で……」

「どうもこうもないよ。ボクたちが兄さんと一緒に寝るために、どうすればいいかなっていうのを考えてるだけの話」

「そーそー♪ どう見てもこのお部屋じゃ、お兄ちゃんもそうだしノワールちゃんものんびりくつろげないよ。ね、お姉ちゃんもそう思わない?」

「確かにねぇ……」


 レイの問いかけに、ヤミは改めてガラクタ部屋を見渡しながら答える。


「あたしとしては、すぐさまそこのメイドさんをどついて、ベルンハルトさんにどういうことだーって怒鳴り込んで、その上で屋敷で一番広い部屋を用意させたいところではあるけど……あたしもお世話になってる身だから、なんともね」

「別にいいんじゃない? だってお母さまの娘なんだから」

「いや、流石にそれとこれとは話が別でしょ。あたしも所詮『余所者』だもん」

「お姉ちゃん……」


 心の中にモヤモヤがはびこり、それがレイの表情として顔に出る。ラスターも同じくであったが、ヒカリはヤミの意見に同意しており、頷いていることもあって、尚更何も言えない様子であった。

 もっともヤミの場合、既に食事を配膳用ワゴンに乗せて『勝手に』この場所へ運んできているため、説得力に欠けるものはある。

 それもかなり抑えていると考えれば、納得できなくはないかもしれないが。


「――い、いい加減にしてください!」


 するとそこに、駆け付けてきたメイドの一人が叫び出した。ヤミとヒカリは純粋に驚いてきょとんとしており、そしてラスターとレイは「うるさいなぁ……」と言わんばかりに、ムスッと顔をしかめていた。

 しかしメイドは構うことなく、血相を変えたまま続ける。


「そもそもこの少年は『魔族』なのですよ? かつてアカリ様に大きな心の傷を残した憎き存在なのです! それは坊ちゃまもお嬢さまもご存じのはず――アカリ様の御子として、実にあるまじき行動ではございませんか!」


 必死に呼びかけるメイドに、他のメイドたちも胸元で手を組みながら頷く。私たちの気持ちを分かってほしいという無言の訴えであることは明らかだ。

 しかし――


「いや、そんなの知っちゃこっちゃないし」

「ボクもレイに同感だね」


 双子たちはしれっと拒否する旨を示すのだった。信じられないと言わんばかりに驚愕するメイドたちに、ラスターは一歩前に出ながら口を開く。


「それはあくまで母上と前の魔王の話でしょ? ここにいる兄さんは、何の関係もないことじゃないか!」

「そうだよ! あるまじき行動を取っているのはそっちじゃん!」

「なによりボクたちは、兄さんにたくさん世話になったんだ。こんな扱いは、兄さんに恩を仇で返すも同然だよ! そんなの絶対に許さない!」

「わたしもだよ! 今回ばかりは引かないからね!」


 ラスターに加えてレイも参戦し、その気迫は八歳の子供とは思えないほどに凄まじいものだった。

 メイドたちは完全に言葉を失っており、ヤミとヒカリでさえも、思わず呆気に取られてしまっているほどだ。


「くきゅっ!」

「きゅるきゅるぅっ!」


 少し離れた位置にいるシルバとノワールもまた、双子たちの叫びに不安を覚えたのだろう。それぞれの親の元に駆け寄り、勢いよく飛びつくのだった。

 ヤミとヒカリは、それぞれ小さな竜たちを宥める。しかし大きな声を出した双子たちを責める気にはなれない。

 特にヤミは、二人に対して『よく言った』と、心から称賛したかった。

 あくまで抑え込んでいるだけであり、本当は物申したくて仕方がなかった。もしも双子たちが何も言わなければ、こうして文句を言っていたのは、間違いなく自分だったと言えるほどに。


「――何を騒いでるんだ?」


 するとそこに、ベルンハルトが執事とともに、駆け寄ってきたのだった。


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