099 仕掛けられていた証拠
「――ここは確か物置き代わりに使っていた部屋だが……何故ここにいる?」
ベルンハルトがその場にいる者たちを見渡し、そして最後に、ヒカリを案内したメイドに視線を移す。
「まさか、客人をここに案内したのか?」
「ち、違いますっ!」
メイドも即座に否定した。その瞬間、双子が揃って顔をしかめたが、メイドはそれに気づくことなく、ベルンハルトに詰め寄る。
「私はちゃんと客間に案内しようと思ったのです! しかしこの魔族の少年が、ここがいいと言って聞かなくて……こ、このような物置き部屋に案内するなど、私としても大変心苦しくて……うっうっ」
それが作り話であることは、ヤミもとっくに気づいている。しかし彼女の表情に、怒りの類はなかった。
(うーわ、このおねーさん演技力すっごいわー。しっかり涙も流してるし……)
そんな感心する気持ちのほうが勝り、口を開けて呆然としてしまう。だがこのまま何もしなければ、ヒカリが不利な状況に陥るのもまた確実。
だからこそヤミは、ここで踏み込むことにした。
「あ、ちょっといいですかねー?」
ヤミのあっけらかんとした声が響き渡る。それは空気をぶち壊すには十分であり、ベルンハルトや他のメイドたちも、きょとんとした表情を見せている。
しかしそれは、ヤミにとっては好都合に他ならない。
これでちゃんと聞いてもらえるという状況を、まんまと作り出せたのだから。
「ヒカリ。さっき渡したヤツ、ちゃんと持ってる?」
「あ、うん。これ?」
「そうそう」
お守りと称して持たされた六角形の『それ』を、ヒカリはポケットから取り出す。それをヤミが受け取ったところで、ベルンハルトが気づいた。
「もしかしてそれは……魔法具か?」
「そ。周囲の会話や音を記録できる優れものってね♪」
六角形の平らな物体を持ち、ヤミは軽く力を込める。そこから魔力が発生し、淡い光を放ち始める。
そして――
『こちらがあなたのお部屋になります』
物体から、ヒカリを案内したメイドの声が聞こえてきた。当のメイドはわずかに身を硬直させるが、再生が止まることはない。
『あなたはこの部屋から『極力』お出にならないようお願いいたします。少しでも何か不審さがあれば、すぐさま旦那様に報告し、それ相応の措置を取らせていただく所存でございますので悪しからず』
『は、はぁ……』
淡々としていながらも、どこか勝ち誇ったようなメイドの声に対し、ヒカリの声は戸惑いを帯びていた。
それだけでも十分過ぎるように思えたが、まだまだ続く。
『あぁ、そこの窓は絶対に開けないでくださいね。部屋の埃が外に出て、お庭の草木を汚してしまいますから♪』
『……すみません。流石に窓だけでも開けさせてください』
『もしかして歯向かうおつもりですか? あなたみたいな魔族が、この大聖堂で勝手なことなんて許されませんよ』
『僕一人なら構いません。しかし今はこの子がいるんです!』
『きゅるぅ?』
『この子はまだ生まれたばかりで、こんな空気の汚れた場所にいさせるわけにはいかないんです。この部屋は受け入れますから、せめて窓を開けるくらい――』
『うわ、最悪ですねー。赤ちゃんのドラゴンを盾にするなんて!』
チラリとヤミがメイドのほうを向くと、彼女の表情は青ざめていた。その直後に魔族に対する偏見的な言葉も堂々と解き放たれており、もはや言い訳の余地すら残されていないも同然であった。
『わざわざこの私が案内してあげたにもかかわらず、不満を漏らしてきたとなれば、食事を運ぶ必要もございませんね。どうぞこの埃塗れのガラクタ部屋で、汚い空気に汚染されてくださいな♪ 言っておきますが、ヤミ様や御子様たちがここに来られることもありません。あなたが来ないでほしいという言葉を、私が責任を持ってお伝えしておきますからご安心下さいまし。オホホホホ♪』
『あぁ、それなら心配いらないよ。ご飯ならあたしが運んできたから』
『……へっ?』
ここでヤミは再生を止めた。発動していた魔力が消え、魔法具を懐にしまい、改めてベルンハルトを見る。
「というわけなんだけど……もーちょっと再生してみようか?」
「いいや、十分だ」
目を閉じながら重々しい口調で答えるベルンハルト。そしてその目は開かれると同時に、メイドのほうに向けられた。
「ひっ!」
鋭い視線を向けられ、メイドは無意識に喉を鳴らす。できることならば、今すぐこの場から逃げ出したくて仕方がない。しかしそれは無理なのだと、彼女の中で絶望感という名の重しとしてのしかかる。
「――お前たちへの説教は後だ」
そしてベルンハルトは息を整え、改めてヒカリに頭を下げる。
「ウチのメイドが大変失礼なことをしてしまって、本当に申し訳ない。すぐに新しい部屋を用意させる」
「あ、いえ、僕はなんともありませんから」
軽く狼狽えながらもヒカリは答え、そして双子たちに視線を向けた。
「そちらのお子さんたちが、僕を助けてくれたので」
「そうか……本当に済まなかった。それで、新しい部屋だが……」
「ボクたちの部屋でいいんじゃない?」
ベルンハルトの声に割り込んできたのは、ラスターだった。
「ちょうどベッドは二つあるし、兄さんはボクと一緒に寝れば大丈夫だよ」
「それさんせーっ。お姉ちゃんもいるし、また四人になるね!」
ラスターの提案にレイが真っ先に賛成する。そんな双子たちを見ていたヤミは、ヒカリに問いかける。
「どうする? あたしはそれでいいと思うけど?」
「うん。僕もそうしてほしいかな。ノワールもいるし」
「きゅるきゅるぅ」
「くきゅー」
ノワールとシルバも嬉しそうな鳴き声を出す。皆で一緒にいられることが分かり、喜んでいるのだった。それはヤミたちや子供たちにも伝染し、明るい笑顔と笑い声を生み出してゆく。
そんな和気あいあいとした空気の中、ベルンハルトと執事、そしてメイドたちの雰囲気は、実に微妙なものだった。
「さて……こちらも少し話すとしようか」
改めて睨みを利かせてきたベルンハルトに、メイドたちは背筋を震わせた――
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