003 対談
「なんだこりゃ? いつものギルドらしくねぇなぁ」
入ってきた男がロビーを見渡しながら呟く。そんな彼に対し、後ろにいる男が深いため息をつく。
「ヤドラ。んなこたぁどーでもいいから、さっさと受付済ませて行こうぜ」
「お、随分と気合い入ってんな」
「茶化すな。それはテメーも同じだろ」
「はは、ワリィワリィ」
仲間の男に言われたヤドラは、にししっと笑う。相手が本気で苛立っているわけじゃないと分かるからこその反応であった。
「まぁ、この町の近くのダンジョンに挑戦するとなれば、無理もねぇわな」
「急ごうぜ。モタモタしてたら遅くなっちまう」
もう一人の仲間の男が一歩前に出てきた。
「今頃あの『新入り』が、町の入口で待っているはずだからな」
「おいヤドラ。アイツは本当に大丈夫なのかよ?」
「心配すんなって。この俺が見極めてやったんだから、間違えるはずがねぇさ」
「あーそーかい」
ヤドラ率いるパーティは、比較的年の近い者同士で構成されていた。彼らは受付嬢と軽いやり取りを行い、やがて颯爽とギルドを後にしてゆく。
オババたちの存在などまるで見えていないのか、気づく様子もなかった。
「……ねぇ、もしかして今のが?」
「そうさ」
ヤミの問いかけにオババが頷く。その表情はとても厳しいものだった。
「詳しいことは、裏で話すとしようかねぇ」
オババはそれだけ言って立ち上がり、我が物顔でギルドの奥へ続く扉へと向かう。ヤミもそれに続いて歩き出し、二人はロビーから内部へと入っていった。
残っていた冒険者や受付嬢たちが、改めて戸惑いを示していたが、二人からすれば至極どうでも良かった。
「ねぇオババさん? 手紙に書いてあった『弟子』っていうのは……」
「あの小僧たちが言ってた『新入り』とやらだろう」
「やっぱり」
深いため息をつくヤミに、オババは前を向いたまま尋ねる。
「お前さんはどう思ったね?」
「……正直、全然いい予感はしなかったよ」
「あぁ、ワシも同感だ」
オババは小さな苦笑を浮かべ、ある一室の前に立つ。そしてその扉を、間髪入れずに勢いよく開け放った。
「入るよ」
そしてこれまた堂々と入り込むオババに、室内にいた男が表情を苦々しくする。
「……オババさん。せめてノックくらいしてくれませんか?」
「緊急事態だからね」
「いや、答えになってませんって」
「そんなことよりもギルマス、この子が今回の件に協力してくれるよ」
「軽く流されても困るんですけどねぇ……」
その言葉を裏付けるかのごとく、男は深いため息をつく。一方のオババはなんの悪びれもなく、近くにあったソファーに腰掛ける。
「ほれ。何をしておる? 早く茶の一杯でも出さんか」
「そんなしれっと要求しないでください」
「客をもてなすのもギルマスの立派な仕事だろう」
「あなたはもう少しでいいから、遠慮というものを覚えてほしいんですけどね」
「小僧がウダウダ言うんじゃないよ」
「いや、むしろ普通にオジサンと呼ばれる年頃ですが……」
「ワシからすれば小僧じゃよ。なんなら『ハナタレ』でもいいくらいじゃ」
「……相変わらずだなぁ」
オババのバッサリと切り捨てられるような言葉に、男は苦笑する。しかしその空気に険悪さはない。むしろ妙な親しみすら感じられるほどだった。
そんな中ヤミは、棒立ちのまま呆けた表情で、目の前の男を見ていた。
「へぇ、ギルドマスターだったんだ」
痩せ型でメガネを掛けており、整えられていないボサボサ頭の黒髪には、かなりの白髪が混じっている。そんな苦労人を思わせる彼こそが、この冒険者ギルドを統括するマスターだということに、ヤミは軽く驚かされた。
(なんてゆーか、こーゆー人もいるんだなぁ……)
ギルドマスターという存在自体は、これまでも見たことがあった。
しかしこぞって大柄で言葉遣いも荒く、屈強の戦士がそのまま役職についたと言わんばかりの姿が殆ど。むしろそれこそがギルドマスターになる条件なのでは、とすら思えたほどだ。
それに比べると、目の前の男は真逆だった。
お世辞にも強いとは思えず、正面からぶつかればポキっと折れてしまいそうな感じさえする。少なくともヤミから言わせれば、頼れる感じには見えない。
そしてギルドマスターもまた、そんなヤミの視線に気づく。
「あぁ、済まない。オババさんの紹介だった、ね……」
ギルドマスターの表情が、みるみる硬直してゆく。まるで何か珍しいものを見たかのようであった。
そのままくわっと目を見開き、ギルドマスターは勢いよく立ち上がる。
「――キミは!」
「うえっ? な、なにっ!?」
突然声を上げられたことで、ヤミも普通に驚いてしまう。一方オババは、ソファーに身を預けたまま平然と視線だけを向ける。
「おや、アンタはこの子を知ってるのかい?」
「いえ……ですが、なるほど……そういうことでしたか……」
否定しつつも何かを納得し、一人で頷いている。そんなギルドマスターに首を傾げているヤミだったが、当の本人はそれに気づくこともなく、勢いのままガバッと顔を下げてきた。
「頼む! 我がギルドの未来のために、どうかキミの力を貸してほしい!」
そしてギルドマスターは、事の次第をヤミに詳しく説明した。しかしヤミからしてみれば、出だしの時点で殆ど理解できてしまった。
奇しくもオババから受けていた相談内容と、完全に被っていたからである。
「――あのヤドラとかいう冒険者たちを、なんとかすればいいってことだね?」
「あぁ! このままだと、ウチに所属している若手たちの被害は、みるみる増えていくばかりなんだ!」
「そう……あたしもさっきソイツらを見たけど、いい感じはしなかった」
「話が早くて助かるよ」
ギルドマスターが安心したような笑みを浮かべる。色々と思うところはあるが、断る理由が思い浮かばないのも確かだった。
故にヤミは、肩をすくめながら頷く。
「まぁ、別にいいよ。オババさんからの頼まれ事と一緒にこなせそうだし」
「そうだね」
ここでオババもソファーから立ち上がり、ヤミに向き直りつつスッと見上げた。
「改めて頼んだよ。どうかあの『バカ』を助けてやっておくれ」
「りょーかい。あたしが必ず連れて帰ってくるから!」
「あぁ。キミならできる。七光りとかじゃなく、キミの実力を信じてるよ!」
そんなギルドマスターの言葉に、ヤミはどこか引っかかりを覚える。そして怪訝な表情を浮かべながら、彼に向けて尋ねた。
「ねぇ。言っちゃあなんだけど……あたしたちって初対面だよね? なのにそこまで信じられるもんなの?」
「こう見えて僕は、自分の目に自信があるんだよ!」
「……ふーん」
果たして答えになっているのかいないのか。それは実に微妙なところであったが、ヤミは生返事するだけで何かを追求することもなかった。
(ま、いっか。とにかくあたしはあたしの役割を、キチンと果たすまでだ!)
事態が事態なだけに、細かいことを気にしている時間なんてない――そう判断したヤミは、余計な考えを振り払うのだった。
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