014 三年ぶりの会話
――バクバクモグモグ、ガツガツムシャムシャ!
ヒカリとの三年ぶりの再会もつかの間、ヤミは再び料理の摂取に勤しんでいた。丼飯三つを凄まじい勢いで立て続けにかき込むその姿は、とてもじゃないが十代後半のお年頃な女性とは言い難い。
しかし当のヤミは、まるでそんなことを気にする様子はなかった。
そもそもなんで気にしなければならないんだ――仮にそう質問すれば、恐らくそんな答えを返すことであろう雰囲気を醸し出しながら。
「んー、んんっ! んん~んまいんまい、ムフフフフ♪」
頬を目いっぱい膨らませながら、幸せそうな笑顔を浮かべるヤミ。口に物を入れたまま喋るその行いすらも、彼女がやると自然に見えるから不思議なものだ。
少なくとも彼女の前に座っている少年は、平然と眺めていた。
「たくさん食べるのは昔からだったけど、今日は一段と凄いねぇ」
「いやぁ、いっぱい動いたからお腹減っちゃって――あ、これおかわり!」
丼や皿を積み重ねる中、ヤミは平然とシェフに追加注文をする。シェフの表情は引きつっており、疲労困惑からか涙目にもなっていた。
これは流石にちょっと――ヒカリも見過ごせまいとため息をつく。
「ヤミ。もうそれぐらいにしときなよ。腹八分目って言うじゃない?」
「うーん……そだねー。じゃあやっぱいいや」
ヒカリの口添えにより、ヤミはあっさりと引き下がる。しかし周りは、更に表情を引きつらせていた。
――これだけ食べて、まだ腹八分目なのか?
そう問いかけたい気持ちは強かったが、藪蛇になるのも怖かったので、誰も口を開くことができない。
涙目のシェフは脱力しており、無言で『良かった』と大粒の涙を流していた。
「な、なぁ……今、軽く二十人分は食ったよな?」
「あぁ。それでいて体形が全く変わってないってのは、マジで何なんだよ……」
「……人間にもあんなバケモノがいたのか」
魔界騎士の男たちはこぞって、ヤミの人並み外れた胃袋と消化能力に戦慄する。女性の中でも割と美人で良きスタイルに値する彼女ではあるが、もはや誰もそれに対して注目してはいない。
もっとも当の本人はそれに気づいておらず、気づいたところで興味はないと言い放つのが関の山ではあるが。
「ところでヤミ。なんか随分とてんやわんやしてたみたいだね?」
「ん? あぁ、そうそう。そーなんだよ!」
ヒカリの問いかけに、ヤミは身を乗り出しながら右手人差し指を立てる。
「冒険者ギルドにいきなり魔族が現れてさ。それで『聖女の娘』だかどーとかで、いきなりあたしが連れて来られちゃったってワケ!」
続けてこの城に来るまでの経緯も軽く語る。とは言っても、殆ど暴れ回っていたという名の武勇伝となっており、ヤミは気持ち良さそうに話していた。
ちなみにその話は、周りにいた騎士たちも真剣な表情で聞いていたが、ヤミは全く気にせずマイペースに喋り続ける。
「――とまぁ、大体こんな感じかな?」
一通りの経緯を語り終えたヤミは、にししっと小さく笑う。それに釣られるかのように、ヒカリも苦笑を漏らす。
「ハハッ! なんてゆーか、相変わらずの暴れっぷりだったんだね」
頬杖をつき、手のひらに顎を乗せるヒカリの目は、どこまでも優しかった。二人の事情をよく知らない騎士たちでさえも、その様子から二人の関係性の深さを改めて理解したような気がした。
テーブルを挟んでいるため、物理的な距離は割と離れている。しかし決して他人のような距離ではない。間違いなく『それ以上』のものだと言えるほどに。
「……まぁ、あの嬢ちゃんらしい気もするっちゃするな」
「てゆーか今の話、殆ど事情聴取したかった内容そのものじゃないか?」
「あぁ。ここで聞いた話を報告書にまとめよう。俺たちの手間が省けて助かる」
そんな会話を騎士たちがしている中、ヒカリは今しがた聞いた話の中で、気になっていたワードを取り上げる。
「まさかヤミが『聖女の娘』に間違われるとはねぇ……」
「うん。あたしもビックリしたよ」
ヤミは苦笑しながら大きく肩をすくめた。
「なんか知らないけど、あたしの顔がその聖女とやらにそっくりらしいんだわ」
「え? ヤミ、聖女の顔って知らなかったっけ?」
「うん」
「絵とかで見たことも?」
「全然」
食後のデザートとして用意された、籠いっぱいに積まれたフルーツ。その中からリンゴを一つ手に取り、ヤミは景気のいい音とともに齧る。
「ただでさえ身に覚えがないっていうのに、知らない人のことを言われて、どう反応すりゃいいんだって感じだったね」
「はは、そりゃまた随分と大変な思いをしたようで」
「ホントだよ」
するとここでヤミが、頬杖をついて齧ったフルーツを見つめながら、小さなため息をつく。
「――まぁでも、色々とツイていたっていうのはあるかもね。ヒカリともこうして再会できるとは思わなかったし」
「うん。それは僕も思ってはいたよ」
「だよねぇ。てゆーか、あたしも気になってたんだけどさ――」
ヤミが神妙な表情となり、再び軽く身を乗り出すような体制を取る。
「そもそもなんでヒカリが魔界にいんの? てっきり、じいちゃんのところで暮らしてるもんだと思ってたけど」
「あぁ、うん。それもちょっと事情があるとゆーか……」
ヒカリは視線を逸らしながら、言いにくそうな反応を示す。どうにも普通ではなさそうだと思い、ヤミが首をかしげていたときだった。
「――そこから先は、私の口から話そう」
聞いたことのない第三者の低い声が聞こえ、ヤミは振り向いた。そこには如何にも王族らしい豪華な装いとマントを羽織った男が立っている。
後ろで結わえた金髪に、魔族らしい長めの耳と湾曲した太くて鋭い角。長身で細身に見えるが、その肉体は鍛えあげられており、鋭い目から鼻垂れる眼力は周りを瞬く間に圧倒させてしまうほどだ。
現に騎士たちはこぞって直立不動となり、敬礼のポーズをとる。
「ブ、ブランドン様っ!」
騎士の一人がそう叫ぶように言うと、ブランドンは片手を軽く掲げた。構わん、という合図であり、兵士たちは更に戸惑いを募らせる。
一方ヤミは、目の前に現れた人物がどんな存在なのかが分からず、悩ましい表情をしながらヒカリに顔を近づける。
「……誰?」
「ここの王様」
「マジで?」
「あぁ。生憎、本当のことだ」
ヤミとヒカリの会話に、男が入ってくる。そしてヤミを見下ろしながら、胸元に手のひらを当ててにこやかに笑った。
「私の名はブランドン。先日この城の王座に就いたばかりでな。いわゆる新人魔王と言ったところだ」
「はぁ……」
突然現れて自己紹介されたヤミは、思わず呆然としながら頷いてしまう。
その瞬間――
「おい貴様! 魔王様が名乗られておられるのだぞ! 何だその失礼な態度は!」
騎士の一人が目の色を変えて声を上げる。他の騎士たちも、厳しい表情でヤミを睨みつけていた。
「そもそもお前如きが話せるようなお相手ではないのだ! いくら客人とはいえ、少しは身の程をわきまえ――」
「構わん」
しかしブランドンの声が、騎士の声を遮った。
「この場は私に与らせてもらおう。お前たちは下がれ」
「し、しかし……」
「命令だ。少しこの三人で話をする。文句のある者は遠慮なく言ってくれ」
フッと小さく笑いながら振り向くブランドン。そこから放たれる鋭い眼力に、騎士たちは背筋を震わせる。
やがて一人が必死に息を整えながら、改めて敬礼をした。
「……滅相もございません。後に団長を通して、報告書を提出いたします」
「うむ」
満足そうに頷くブランドンに、他の騎士たちも改めて敬礼をする。そして揃って食堂を後にした。
やがて残ったのが三人だけとなり、ブランドンは改めてヤミたちに向き直る。
「さてと。ウチの騎士たちがうるさくして、申し訳なかったな」
「あ、いえその……あたしも、ついボーッとしちゃって。すみませんです」
ヤミはブランドンに視線を向け、胸元に手のひらを添える。
「あたしはヤミ。見てのとおりの人間で、冒険者をしています」
「うむ。ヒカリからキミのことは聞いている。私に対して敬語もいらんよ。ヒカリの姉弟分であるならば、尚更だ」
「あ、えっと……ブランドンがそれでいいなら……」
「願ってもない話だ。よろしく頼むぞ」
少し前まで王としてのオーラをまき散らしていたブランドンは、今ではすっかりただの年上の青年にしか見えなくなっていた。
ヤミもすんなり肩の力を抜き、改めて三人での話が始まる。
ブランドンがヒカリの異母兄だと明かされたのは、それからすぐのことだった。
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