013 魔王の城へ
「いやぁ、ホント驚きましたよー!」
魔界騎士の女性が、軽やかに翼を羽ばたかせる飛竜の手綱を握り締める。
「バロックの運営する砦で怪しい動きがあるって聞いたから来てみれば、まさか誘拐してきた人間さんに制圧されてるなんて」
「あはは……まぁ、あたしも正直、わけ分かんないまんま暴れてた感じで……」
彼女の後ろに乗っているヤミも、気持ち良さそうに風を味わっていた。改めて周囲を見渡すと、魔界という大陸がいかに広いかがよく分かる。それこそこうして飛竜にでも乗らないと、移動するだけでも大変そうだ。
もし、あの砦から普通に逃げ出していた場合、下手をしたら数週間から数ヶ月は荒野を彷徨っていたかもしれない。
それぐらい周囲に、村や集落の類が見えていないのだ。
外に出た瞬間、飛竜が砦に向かって来るのが見えたことには驚いたが、今となっては大人しく待って出迎えたのは正解だったと、心から思っている。
「ところで、あのバロックとかいう貴族って、前から怪しかったの?」
「薄っすらとですけどね。表立って悪さは一切しておらず、領地での評判も良く、彼のことを心から信じている人のほうが多いです」
「……なのに実際は『黒かった』と」
「えぇ」
ヤミの呟きに、騎士の女性もため息交じりに頷いた。
「恐らくその片鱗は、ヤミさんもご覧になられたかとは思いますが……」
「まぁね。しかもなんかソイツ、逃げちゃったってんでしょ?」
「……騎士として、不覚の極みです」
悔しそうに歯を噛み締める彼女の後ろで、ヤミは数時間前の出来事を思い出す。
(思えば来たのがこの人で、ホント良かったかもだよねぇ……)
ヤミを見つけた騎士の女性は、最初は疑いをかけていた。しかしそれはすぐに払拭され、むしろ被害者であることも理解された。
やけにすんなり納得してくれたなぁ、というのがヤミの感想であった。
それに対しても理由はあった。
――あんな状況だったら、疑うも何もありませんよ。
苦笑されながらそんなことを言われた。なにせ砦では、ヤミ以外の全員が伸びている状態だったのだ。
攫われてきたけど返り討ちにした――その理論は確かに一理あると。
砦のほうは他の魔界騎士たちに任せ、ヤミは騎士の女性とともに魔界を治める王の元へ向かうことが決まった。
魔界を治める王――すなわち魔王である。
いきなり魔界のトップに会うことになるのかと、ヤミは内心驚いていたが、他に行くところもないため、素直に従うことにしたのだった。
そして出発しようとしたその時、一人の騎士が大慌てで駆けつけてきた。
――すまん、バロックとその手下が逃げた! こっちには来てないか!?
酷く慌てている男性騎士の声に、場の空気がピリッと戦慄した。ヤミは慌てて周囲を確認してみたが、それらしき存在は全く見当たらない。
少なくとも、ヤミを追いかけているということはなさそうであった。
そして現在に至るまで、その状況は変わっていない。
「騎士の人たちがダメダメってことは流石にないだろうし、バロックのほうが一枚上手だったってところかな?」
「……言い返せないのが辛いところです」
ヤミの言葉に騎士の女性は、苦々しい表情を見せる。
「常に外面を完璧にしながら動いていたバロックだけあって、不測の事態への対策も怠ってはいなかった」
「貴族としては、むしろ当然のことなんじゃない? それにいくらアンタたち騎士が精鋭を揃えたとは言っても、決して能力が完璧ってわけじゃないでしょ?」
「えぇ、まぁ……」
気まずそうに頷くことしかできなかった。ヤミの言っていることは正しく、否定できる要素はどこにもない。
しかし――
「それでも、失態であることに変わりはありません」
「バロックが何かしら特殊な能力を持っていたとしても? 例えば魔法具とか」
「……それでも、です」
騎士の女性は前を向いたまま、手綱をギュッと強く握り締める。
「魔界を守る騎士として、言い訳をするなど言語道断もいいところですから」
「なるほどね」
ヤミも特に深掘りすることなく、あっさりと頷いた。騎士だけあって自分たちにもとことん厳しい――それはどこも一緒なのだと思いながら。
「ところで話は変わるんだけどさー」
「はい?」
「お城に着いたらまずは……」
――ぐぎゅるるるぅ!
そんな間抜けな音が鳴り響く。具体的にはヤミの腹からであり、少しだけ暗くなっていた空気は、完全に吹き飛んでしまっていた。
「ご飯食べさせてくれない? 暴れまくったから、お腹ペコペコなんだよね」
「……はい、報告がてらお願いしてみます」
悪びれもなく頼んでくるヤミに、騎士の女性は思わず吹き出してしまう。そんな彼女たちを乗せた飛竜は、見えてきた立派な城に向けて、まっすぐ一直線に飛んでいくのだった。
◇ ◇ ◇
「――よーし、こっちはもう収穫しちゃって良さそうだねぇ」
真っ赤に実ったトマトを丁寧にもぎ取りながら、魔族の少年は笑顔になる。
細身の低身長。ふんわりとした金髪は肩に届くくらいまで伸びており、童顔も相まって十代前半の女の子にすら見える。
しかし『彼』は、心も体も紛れもなく魔族の少年であった。
麦わら帽子に作業用の繋ぎという農作業スタイルは、どう見ても戦ったり冒険したりするものではないが。
「ここもすっかり菜園になったなぁ。とても魔王の城の裏庭とは思えないや」
緑豊かな畑が並び、作物も順調に育っている。花壇となっている場所には、たくさんの花も綺麗に咲いており、目の保養と呼ぶに相応しい。
(少し前まで荒れ地だったなんて、知らない人が見ても信じないだろうな)
苦笑しながら採れ立ての野菜を籠に入れ、次の畑に向かおうとした。
その時――
「ヒカリさーん」
少年が呼ばれて振り向くと、魔族のメイドが小走りで駆け寄ってきていた。
「収穫お疲れさまです。お茶とお菓子の差し入れに来ました!」
「キャシー。いつもありがとうねー」
「いえ、私が好きでやっていることですから♪」
笑顔を見せるヒカリに対し、キャシーも得意げに胸を張る。そして視線は少年の持つ籠の中身に向けられるのだった。
「わ、結構いいのが採れましたね」
「良かったらお一つどうぞ」
ヒカリは籠の中からトマトを手渡すと、キャシーはそれを両手で優しく添えるように持ち、小さく口を開いてカプッと齧りつく。
「――甘いですね。まるでフルーツみたいですよ、このトマト!」
「ハハッ。そりゃなによりで」
「あ、そうだ!」
二人で軽く笑い合っていたところで、キャシーが思い出した反応を示す。
「先ほど、騎士の方が一人、任務から緊急で帰還してきたんです。しかも人間の女性と一緒でして……なんでも人間界から連れてこられたとか」
「へぇー。そりゃ災難だったね。どんな人?」
「年は私と同じくらいで、真っ白な髪の毛が特徴的でした。とても明るい人です」
「……真っ白な髪の毛?」
ヒカリの表情から笑顔が消え、神妙なそれに切り替わってゆく。顎に手を当てながら考える仕草を見せ、そして視線をキャシーに戻す。
「ねぇ。その人の名前とかって聞いてる?」
「名前はえっと――そうそう! 確か『ヤミ』とか言ってましたね」
「っ!?」
あからさまに驚きを示すヒカリに対し、にこやかに笑っていたキャシーも、思わず呆気に取られてしまう。
「あ、あの、ヒカリさ――」
呼びかけたその瞬間、キャシーの肩をヒカリは両手で強く掴んだ。
「その人! 今はどこにいるの!?」
「え? あっ、その、なんか食堂に向かってたような……」
「ありがとう!」
「あ、ちょ、ちょっと! ヒカリさぁーんっ!」
手を伸ばして呼びかけるキャシーの声をスルーし、ヒカリは走る。割と入り組んでいる廊下を迷うことなく駆け抜け、食堂へとたどり着く。
そこには――
「んー♪ うんまいっ!」
――ガツガツガツガツ、バクバクムシャムシャ!
十数人分の食事を、凄まじい勢いで喰らいつく笑顔の少女に、周りの魔族たちは唖然としていた。
しかしそれを見たヒカリは、軽く息を切らせながらも小さな笑みを零す。
そして食堂へと入り、ひたすら食べ続ける少女の元へ向かった。
「やぁ。お変わりないみたいだね――ヤミ?」
「むぐ?」
名前を呼ばれて振り向く白い髪の毛の少女は、ヒカリを見上げて驚きを示す。そして膨らんでいた頬は、ごくりと喉を動かすと同時にしぼみ、口元にソースを付けたまま嬉しそうな笑みを浮かべた。
「あれー、ヒカリじゃん。久しぶりー、元気そうだねぇ!」
「……どーも」
そしてヒカリもまた、嬉しそうに片手を上げる。二人は姉弟分として育ち、実に三年ぶりの再会を果たしたのであった。
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