015 狙われている王座



「――ふーん、なるほどねぇ」


 腕を組みながら、ヤミがしみじみと頷く。


「まさかヒカリとブランドンが兄弟だったとは……正直ビックリしたわ」

「はは、僕も初めて知ったときは、似たような反応だったよ」


 小さく笑ってみせるヒカリに対して、ヤミは軽くため息をついた。


「でもまぁ、それなりに納得はできなくもないか」

「やけにアッサリだね?」

「あんたの事情も相当深い感じだったじゃん」


 首を傾げるヒカリに、ヤミは頬杖を突きながら言う。そんな彼女に対して、ブランドンは素朴な疑問を浮かべていた。


「私たちの経緯を話している時も、キミは普通に驚いていたな。ヒカリから素性を聞いたことはなかったのか?」

「まぁね。これといって興味もなかったし」

「それだけか?」

「うん。それだけだよ」

「……そうか」


 ヤミの答えにブランドンは心の中で、若干の戸惑いを浮かべていた。しかし弟に視線を向けると、ヒカリは肩をすくめて苦笑するばかり。とりあえずそういうことなのだろうと納得するのだった。

 二人の間柄も色々と気にはなるが、今は優先するべきことが別にあるのだ。


「話を進めさせてもらうぞ。今回バロックが仕掛けた一件は、私と弟にも大きな関係があるのだ」

「ブランドンが二十歳で魔王の座に就いたってだけでも、ワケアリとしては十分過ぎる気がするけどね。それもクーデター起こした上でっていうんだから」


 苦笑するヤミに、ブランドンも思わずフッと笑う。


「あぁ……思えば色々とたくさん失ったものよ」


 野心の塊であった前魔王――要するにブランドンとヒカリの父親を、どうにかしたいという気持ちの果てであった。

 穏便に説得して理解してもらえるほど、甘いことではなかった。

 そもそも言葉が通用するような相手ではなかった。


「そして気づかされた……私も存外、夢見がちなところがあったのだとな」


 分かっていたつもりなのに、期待をかけていた。心の奥底で、ほんの数ミリ程度の小さなものを。

 もはや呪いも同然だとブランドンは思う。

 気持ちを切り捨てたつもりでも、残り続けていたものがあったのだ。


「クーデターを成功させはしたものの、そこに嬉しさなどは、殆どなかった」

「後悔してるの?」

「まさか――そんな軽々しい気持ちで起こした覚えはない」


 ヤミのさりげない問いかけに、ブランドンは軽く笑ってのける。


「私はこれからの生涯を『魔王』として生きてゆく。私に課せられた使命を、一生かけて果たしていく覚悟は、とうにできている」

「……そっか。うん、立派だと思うよ」


 それを聞いて満足した――そう言わんばかりにヤミは優しい笑みを浮かべる。


「あんたの表情を見れば、強がりじゃないってことぐらいは分かるし」

「それは光栄だが、全員がヤミのように受け入れてくれている――というわけでもないのだよ」


 ブランドンは目を閉じて笑う。そこにはわずかな自虐も込められており、普段では絶対に表に晒せないような態度でもあった。

 それだけ彼は、ヒカリは勿論のこと、ヤミに対しても心を許している。

 要するにヤミは友として認められたということなのだが、それはまだブランドンの心の中だけの話であった。


「ここまで話せば、バロックが動いている理由も察しはつくだろう?」

「ブランドンを玉座から蹴っ飛ばそうとしているとか」

「正解だ」


 ため息交じりに話すヤミに、ブランドンもニヤリと笑う。ここまでは誰もが想定していたことであり、驚きを示すこともなかった。


「まぁ、この手の問題は、如何せん珍しいわけでもない。完璧な国王などこの世に存在しない以上、どこかしらに黒い何かが潜んでいるものだ。それが今回、しっかりと浮き彫りになっただけでも、良かったとすら言える」

「何も分からないまま命を狙われるよりかは、格段にマシってことだね」

「なるほど」


 ヒカリが補足説明をしてくれたおかげで、ヤミも頷くことができた。しかしそれならそれで、新たな疑問が浮かんでくる。


「……ちょいと聞きたいんだけど」

「何だ?」

「バロックが玉座を狙うのと、あたしが狙われるのって、何の関係があるの?」

「うむ。問題はそこだ」


 ブランドンが真剣な表情で人差し指を立てる。


「正確に言えば、バロックが狙っていたのはヤミではなく『聖女』だ。まぁ、聖なる魔力を持っている者ならば、恐らく誰でも良かったとは思うがな」

「聖なる魔力……ねぇ」


 腕を組みながらヤミが空を仰いだ。


「なんかあたしの中にも、聖なる魔力を秘めているとか言われたよ。まだ目覚めてないらしいけどね」

「そういえばヤミの魔力って、昔から少し歪な感じだったよね?」


 ヒカリが思い出したような反応とともに、テーブルに身を乗り出してくる。


「魔力操作は凄いできてるのに、それを魔法として放てないのも、肝心の部分が眠ったままだから……ということなんじゃないかな?」

「あー、それありそうだわ。つまりあたしの中で聖なる魔力が目覚めれば……」

「ヤミも普通に、色々な魔法が使えるかもね」


 ウインクしてくるヒカリに対し、ヤミは衝撃を受けたような表情を見せる。そして口元を手で隠しながら、心の中で考える。


(今まではずっと、魔力操作して身体強化することしかできなかった。あたしも魔導師みたいに、魔法をぶっ放せるかも……やば、ちょっとワクワクしてきた)


 ダンジョンの中でリコスを助けた時のように、そしてバロックの砦を制圧した時のように。魔力で身体能力を大幅に向上することはできる。しかしそれは、ヤミの望んだ魔法使いではなかった。

 ようやく見えてきたわずかな兆しに、思わず頬が綻んでしまう。


「――そろそろ、話を元に戻してもいいか?」


 その声にヤミとヒカリが振り向く。ブランドンは腕を組みながらも、表面上は優しい笑みを浮かべていた。


「あ、ごめん兄さん。また脱線させちゃった」

「ハハッ、まぁ別に構わんがな」


 申し訳なさそうにする弟に対し、ブランドンは気さくに笑う。


「で、その聖なる魔力をバロックがどうしたいのかだが……正直に言えば、色々と憶測が出ている程度だな」

「決定打には欠けているってこと?」

「そういうことだ」


 首を傾げるヤミにブランドンはゆっくりと頷く。

 つまり結局のところ、分かっていることがあるようで少ない状態を意味する。事態の解決はそう簡単ではなさそうだ――そう思ったところで、ヤミは思い出したように目を見開く。


「あーゴメン。そういえばもう一つだけ、疑問があったんだわ」


 ヤミがそう切り出すと、ブランドンとヒカリが注目する。どうやら進めても良さそうだと判断し、ヤミは頬杖を突きながら言う。


「なんでバロックたちは、聖女の顔を知ってたんだろ? そうじゃないと、あたしが間違われるとかにならないよね? もしかして、単に知らなかったあたしがおバカさんなだけだった、とか?」

「いや、それについては、ちゃんとした答えが存在している」


 ブランドンが目を閉じながら、重々しい口調で言った。


「実は十三年ほど前、この魔界に聖女が連れ去られる事件が起こった。そしてその犯人は前魔王――つまり私たちの父だったのだよ」


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