016 聖女と十三年前の事件
「――これが聖女だ。名前は『アカリ』という」
ブランドンは側近から持ってこさせた書物を開き、そこに描かれていた聖女の姿を見せる。
「え、これって……」
その瞬間、ヤミは目を見開いた。殆ど言葉を失いかけている彼女に、ヒカリも思わず苦笑してしまう。
「うん。僕も初めてこれを見たときは、かなり驚かされたよ」
無理もない話だと言えるだろう。何せそこに描かれている女性は、ヤミとほぼ瓜二つの顔立ちをしていた。
しかしながら、大きな違いもあった。
聖女のほうはロングヘアーで、髪の毛の色は黒い。真っ白なヤミとは明らかに対照的であり、別人であることはすぐに分かる。
それでも驚かずにはいられないほど、二人が似ているのは確かであった。
「ちなみにこれが描かれたのは十四年前――当時の年齢は二十三歳だったそうだ」
ブランドンからそれを聞かされたヤミは、改めてマジマジと絵を見つめる。
「……それでも十八歳のあたしと、殆ど同じに見えるわ」
「成長期も過ぎれば、姿形がそんなに大きく変わることもない、ってことかな」
軽く笑うヒカリだったが、それにしてはよく似ていると、ヤミと同じような感想を抱いているのも確かではあった。
これが魔力によって描かれた特殊な絵だからこそ、尚更であった。
地球で言うところの『写真』に匹敵するほどであり、その場の風景も含めて忠実に描き出されている代物である。その存在自体はヤミも前から知っており、すぐにその技術が使われたものだということも分かった。
もっともそれ故に、聖女なる女性が本当に今の自分と似ていると、心から思い知らされる羽目にもなってはいたが。
「なんてゆーか……奇跡ってあるもんだねぇ」
頬杖を突きながら言うヤミに対し、ヒカリが呆れたような笑みを浮かべる。
「奇跡って言葉で済ませていいレベルでもない気がするけど?」
「ここであれこれ考えてもしょーがないじゃん」
「まぁ、そりゃそうだろうけどさ……」
「そんなことよりも――」
この件にはもう興味がなくなった――そう言わんばかりにヤミは、スパッと話を切り替えにかかる。
これもいつもの事だと、ヒカリも早々に追及を諦めたのはここだけの話だ。
「あんたたちのお父さんは、何でまた聖女なんか連れ去ってきたの?」
「あ、それは僕も気になってたんだ」
ヒカリも身を乗り出すような姿勢でブランドンに注目する。
「十三年前の時点だと、あの父親はもう結婚してて僕も生まれてたし……まさか妾にしようとして連れてきたとか?」
「……まぁ、多少なりそのような気持ちがあったかもしれんが、そうではない」
腕を組むブランドンは苦々しい表情を浮かべる。どうやら忌々しい父親の姿を想像してしまったらしい。
「目的はバロックと同じだ。すなわち聖女が持つ『聖なる魔力』にある」
「あらら、またそこに行きついちゃうんだ」
頬杖を突きながら、ヤミは軽い口調で言ってのける。ここへ来るまでに幾度となく聞いてきたワードではあるが、それほどまでに凄いものなのかと、今更ながら思えてきてしまう。
「その聖なる魔力で、あんたたちのお父さんは一体何を?」
「うむ。なんでも魔界に封印されている古代の竜を蘇らせるつもりだったらしい」
「古代の竜?」
思わず言葉をリピートするヤミに、ブランドンは無言で頷く。
「遥か昔、災いをもたらす竜を特殊な魔力を以て封印した。そしてその魔力に、聖なる魔力が使われていたと、記録には残っている」
「その竜を復活させるための生贄として、聖女を連れ去って来たってわけさ」
ヒカリの淡々とした声が響き渡る。
「道具としての利用が目的だったから、その扱いも酷かったらしいよ。なんとか無事に助け出されたけど、そのせいで聖女は魔族に対して、深いトラウマが刻み込まれてしまったみたい」
「……そりゃそーでしょうね」
空を仰ぎながらヤミはため息をついた。
「てゆーか聖女って、確か大聖堂の管轄じゃなかったっけ?」
「あぁ」
「よく穏便に済ませられたね?」
平然と頷くブランドンに、ヤミは軽く表情を引きつらせる。
「確かに……大聖堂と争いが起こったとは、僕も聞いたことないよ」
顎に手を当てながら、ヒカリも少し思い出してみる。魔界についての資料は少し読ませてもらったことがあるが、そのような記録は全く見た記憶がない。
「お前たちの言うとおり、魔界と大聖堂は戦争に至ってはいない。とある魔界貴族の仕業という形で、一応の決着がついたからな」
ブランドンの言葉を聞いたヤミは、頭の中である可能性に思い至り、少しばかり苦々しい表情となる。
「……それ、トカゲの尻尾切りって感じで合ってる?」
「否定はしない」
「やっぱり」
無意識にため息が出てしまった。色々な意味で王族らしいとヤミは思う。
「なんてゆーか、切り捨てられたほうはたまったもんじゃないよねぇ」
「うん。僕もそれについては同感だね……ん?」
ふとここでヒカリは、何かに気がついたような反応を示す。そして顎に手を当てながら物思いにふけり出した。
(十三年前に切り捨てられた魔界の貴族。そして今回も……まさか、これって!)
ヒカリの目が軽く見開かれる。当然無言であるため、ヤミもブランドンも顔を見合わせながら首を傾げることしかできない。
とりあえず聞いてみようと、ヤミが声をかけようとした。
「ねぇ、ヒカリ。どうかし――」
「見つけましたわっ!」
しかしそれは、強気な女性の声に遮られてしまう。振り向いてみると、ワインレッドのロングヘアーをなびかせながら怒りの表情を向けている、紛れもなく美人に値する魔族の女性がそこにいた。
「オーレリア……」
ブランドンがそう呟いた。恐らく現れた彼女の名前なのだろうとヤミは思うが、それでも分からないのでヒカリに小声で尋ねる。
「誰?」
「兄さんの婚約者」
「あらら。もしかしてちょっとした修羅場的な?」
「多分。あと他人事じゃないと思う」
「――へっ?」
意味が分からず、間抜けな声を出してしまったヤミ。そしてそのまま視線をオーレリアのほうに戻してみると、彼女が涙目でブランドンに詰め寄っていた。
「わたくしという婚約者がいながら、他の女性と逢引きだなんて……」
「オーレリア、待ってくれ。これは違うんだ!」
「言い訳は結構です。真面目なあなたのことですから、きっとそこの白い髪の方にたぶらかされたのでしょうね。一目見てすぐに分かりましたわ!」
「いや、だから……」
「ちょっと、そこのあなたっ!」
そしてオーレリアのターゲットが、ヤミに切り替わってしまった。嫌な予感がしたと瞬時に思ったが、もはや後の祭りである。
「どうやらあなたは人間のようですわね……そしてそれなりの実力者であるとお見受けいたしますわ。流石はブランドン様をたぶらかし、このわたくしから目を逸らさせただけのことはあります」
「いや、あの……それは全部誤解……」
「けれどわたくしにも、譲れないものがありますわ! ですから――」
聞く耳を持たないオーレリアは、ヤミに対して力の限り鋭い視線を向ける。
「わたくし、あなたに決闘を申し込みますわ。正々堂々、決着を付けましょう!」
胸を張って堂々と言い放つオーレリア。そんな彼女の表情に対し、ヤミは数秒ほど呆気に取られていたが、表情を引き締めつつ立ち上がる。
そして――
「オーケー。その勝負、受けて立とうじゃないの」
不敵な笑みを浮かべてそう言うのだった。
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