017 決闘!ヤミVSオーレリア



 ブランドンの計らいで、ヤミとオーレリアの決闘は闘技場にて、すぐに行われることが決まった。

 大きな騒ぎになっても困るとのことで、二人以外の人物はブランドンとヒカリ、審判を務めるブランドンの側近、そしてオーレリアの付き添いでやってきた執事の四人だけとなった。



「――此度はお嬢様が、とんだご迷惑をおかけいたしまして」

「いや、私がハッキリ否定しなかったのが悪いんだ。責任はこちらにある」


 頭を下げる執事にブランドンが言う。そして二人の視線は、闘技場のフィールドに立つ二人の少女に向けられた。


「この決闘、絶対に……絶対に負けられませんわ!」


 オーレリアは自慢の剣を掲げ、改めて自身に強く誓う。そしてそれを腰に携えている鞘に納め、始まりに備えて精神を集中し始める。

 一方ヤミのほうは、ヒカリが心配そうな表情で話しかけていた。


「ちょっとヤミ! なんであんな勝負受けちゃったのさ?」

「そうしないと無限ループだったよ。あの子の目、どこまでもマジだったじゃん」

「まぁ……そりゃそうかもしれないけど」

「でしょ? お金絡みの問題ならともかく、決闘して分かってもらえるなら、受けちゃったほうが手っ取り早いよ」


 それに、とヤミはオーレリアに向けてニヤリと笑う。


「あのオーレリアって子、なかなかの腕の持ち主だと思うんだよね」

「……要は勝負してみたくなったと?」

「うん!」


 両手の拳をグッと握り締めるヤミの表情は、子供のようにワクワクしていた。こっちはこっちでもう止められそうにない――ヒカリはそう思い、諦めを込めた大きなため息をつく。


「まぁ、その……無理だけはしないようにね」

「分かってるって」


 ヤミは応えながらも、視線はオーレリアに向けられている。本当に大丈夫かなという不安を抱えずにはいられないが、既に賽は投げられたこともまた事実。見守るしかないと思い、ヒカリも静かにフィールドから出た。


「――準備はよろしいようですわね?」


 オーレリアがヤミに向かって、一歩踏み込みながら勇ましく言い放つ。


「申し上げておきますが、手加減をするつもりは一切ございません」

「むしろそうしてくれると嬉しいよ」


 ヤミが不敵な笑みを浮かべると、オーレリアは顔をしかめる。


「くっ! どこまでも堂々としてきますわね」

「それはアンタもでしょ? これ以上の会話は不毛だと思うんだけど?」

「……同感ですわ」


 挑発じみた物言いにオーレリアは眉をぴくつかせ、改めて向き直る。両者が見合ったところで、ブランドンの側近が片手をあげる。


「――始めっ!」


 声が響き渡った瞬間、ヤミとオーレリアは同時に勢いよく地を蹴った。

 片方は剣という武器を持っており、もう片方は素手。その差は普通に考えれば歴然としている。

 しかし素手側であるヤミは、全くと言っていいほど臆していない。


 ――ギイイィンッ!


 剣と拳が真正面からぶつかり合う。ただし拳のほうは、青白いオーラを纏っている状態で、剣による傷は全く付いていない。

 現に激突の際、まるで鋼鉄に当たったかのような音が鳴り響いていた。

 睨みあっていた両者は、互いに飛んで距離を取る。そしてオーレリアは剣を構え直しながら、更に睨みを利かす。


「なるほど……魔力のオーラを纏って、体を強化しているのですね?」

「正解♪」


 拳を構えながら、ヤミは嬉しそうに答える。一方のオーレリアは、頬に一筋の冷や汗が流れ落ちていた。


(あれだけの頑丈なオーラを練るには、相当な魔力コントロールが必要。それをあの方は一瞬で、いとも容易くやってのけましたわ)


 つまりそれだけ、魔力コントロールだけで言えば、ヤミは相当な手練れクラスだと言えるのだ。堂々と勝負を受け、立ちはだかるだけのことはあると、ヤミに対する評価を改めなければならないほどであった。


(相手にとって不足なし――ですわね!)


 そしてオーレリアもニヤッと笑い、再び勢いよく前に飛び出す。それを悟ったヤミも同時に飛び出した。

 両者は一歩も引くことなく、激しく打ち合う。

 オーレリアの剣と、魔力を纏ったヤミの拳がぶつかり合う度に、二人は心と心で会話をする。

 言葉はいらない。まっすぐ向けられる視線の強さが、全てを物語っている。

 気がついたら楽しんでいた。

 息を切らせながらも、互いに笑みを浮かべていた。


「はああああぁぁぁーーーーっ!」

「おおおぉぉーーーっ!」


 もう、何も考えられなくなっていた。この体が動く限り、相手の姿を視界に捉えている限り、立ち向かい続ける。

 終わるのが惜しい。いつまでも続いてほしいとすら思えてしまう。

 そんな不思議な時間を、二人は心から楽しんでいた。

 そしてそれは、周りの者たちにも少なからず影響を及ぼしていたのだった。


「す、凄い……こんな戦い、今まで見たことがない」


 ヒカリが唖然としたままフィールドを見つめる。最初に抱いていた不安さは、もう完全に吹き飛んでいた。


「うむ、これは見事だな」

「お嬢様……」


 そしてブランドンやオーレリアの執事も、表情こそ出していないが、目の前の光景に感嘆していた。

 オーレリアがここまで情熱的に、無我夢中に戦う姿を初めて見たかもしれない。

 がむしゃらに突っ込む子供の喧嘩とは違う。熱を込めつつも冷静さを保ち、相手を見定めながら確実に剣を打ち込んでいく。

 元々オーレリアは、魔界貴族令嬢の中でも優等生ではあった。

 ブランドンの婚約者に恥じないよう厳しい教育を受け、着実に結果を残し続けてきた賜物であった。

 それは誰もが認めていた。ブランドンも彼女を誇りに思っており、自身の言葉で褒め称え、笑顔を浮かべ合う姿も何度か披露していた。

 しかしそのどれもが、所詮は『造り上げられたもの』でしかなかった。

 決められたレールの上を歩き続けるが故に、本来の彼女がどういうものなのかを見失っているのではないか――そんな懸念も密かにあった。

 考え過ぎだろうと、ブランドンは思っていた。

 しかしそれこそが間違いだったと、ここに来て思い知らされたような気がした。


(オーレリア……お前は、そんなふうに楽しそうな笑顔を見せるのか……)


 自分の婚約者の新たなる姿を、ブランドンは見つめていた。

 もはや彼女は周りなど全く見えていない。目の前にいる人間の少女を、いかに乗り越えていくのか。いかに自分の剣に乗せて思いをぶつけるのか。

 それ以外に考えることなんて一つもない――そう言っているようであった。


(情けない話だ。私はまだまだ、彼女のことを知らなかったらしい)


 ブランドンはひっそりと自虐的に笑う。そして同時に思った。そんな彼女の本来の姿を導き出したのは、他ならぬヤミなのだと。

 たったの数分で婚約者の心を動かした。

 それはとても凄いことであり、訓練して手に入れられるものでもない。まさに生まれ持った才能だ。欲しくても手に入れられない者はたくさんいる。


(この決闘が終わったら、オーレリアとも改めて話をしなければならんな)


 ブランドンは目を閉じながらそう胸に誓った。

 それが新たなる展開を呼び起こすフラグとなることも知らずに。


 ――ずうううぅぅんっ!


 それは、あまりにも突然のことだった。巨大な地響きが闘技場を揺らす――誰もが一瞬何が起こったのか理解できず、ブランドンでさえも戸惑いを隠しきれない。


「な、なにこれ……地震?」


 ヒカリが尻餅をつきながら叫ぶ。揺れはすぐに収まったかと思いきや、再び同じような揺れが発生し、なんと分厚い闘技場の壁に無数のヒビが発生していく。

 ガラガラガラと無惨に崩れ落ちたが、そこから見えたのは青空ではなかった。


「ちょっ、もしかしてあれ……顔? なんかデカすぎじゃない!?」


 ヤミの言うとおり、それは紛れもなく『顔』であった。巨大な二つの角に鋭く光る目が動き、闘技場内部を――要するにヤミたちの姿をしっかりと捉えている。


「あれは……オーガですわ」


 オーレリアが息を整えながら、現れた巨大な魔物を見上げる。


「魔界の中でも一、二を争うほどの大きさを誇る魔物です」

「いやいや、魔界どころか世界全体で見てもトップクラスでしょ、あれは……」


 そのあまりにも壮大過ぎる姿に、もはや笑うしかないヤミであった。


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