018 オーガ襲撃
オーガの出現は、その場を震撼させた。確認する余裕はないが、恐らく城や城下町においても、あちこちで大混乱が起きていることだろう。
しかしそれ以前の問題として、ヤミは気になることもあった。
「てゆーか、あんなデカブツどこから来たの? 誰も気づかなかったのかな?」
ヤミの疑問は実にもっともだと言える。普通に近づいてきたのならば、その時点で騎士や兵士がブランドンの元へ報告に来ていたはずだからだ。
なのに、今に至るまで何もなかった。
それが意味することは――
「突然この場に現れた、と考えるのが自然ですわね」
額の汗を手で拭い取りながら、オーレリアが息を整える。
「恐らく、転移魔法でけしかけてきたのでしょう。そうでなければ急に現れる説明がつきませんから」
「あぁ。恐らくそれが正解だろうな。それにしても――」
見上げるブランドンも、軽く表情を引きつらせていた。
「あれほどの大きさを誇るオーガは初めてだな。これは一筋縄ではいくまい」
オーガの鼻息は荒く、お世辞にも大人しいとは言えない。むしろ、いつ暴れ出してもおかしくない状態であった。
ここでヤミは、すぐ後ろにいる弟分の存在を思い出し、勢いよく振り向く。
「――ヒカリ、すぐに城の人たちに連絡して! オーガはあたしたちでなんとか食い止めてみせるからって!」
「爺やも一緒に! 少しでも城の混乱を止めるのですわ!」
オーレリアも振り向きながら叫ぶ。その二人の声に軽く驚いたヒカリだったが、すぐに表情を引き締める。
「分かった!」
「承知いたしました」
執事も丁寧に頷き、ヒカリとともに闘技場を駆け出していく。これでこの場に残ったのはヤミとオーレリア、そしてブランドンの三人だけとなった。
「さてと……一体どうしたもんかねぇ?」
ヤミがそう呟いた瞬間、オーガの眉がピクッと動く。
「――グワアアアァァーーッ!」
凄まじい雄たけびとともに、再び暴れ出した。降り注ぐ瓦礫と巨大な手足を、ヤミたちは飛び退いて躱す。
そのまま距離を置いたが、オーガは追いかけてくる様子はなく、ただひたすらその場で暴れ続けるばかりであった。
「あのオーガ……暴れてこそいますけど、なんだか混乱している様子ですわ」
「うむ。急に知らない場所に転移させられた影響だろう。言わばヤツも、立派な被害者と言えるやもしれん」
それはあくまで、ブランドンの勝手な憶測に過ぎない。だが一理ある話だと、ヤミもオーレリアも思っていた。
「そしてオーガは図体こそデカいが、そこまで頭の回転は早くない。故に理解できない状態に陥った場合、癇癪を起こして暴れるのが関の山だ」
「要するに、急に知らない場所に出た子供が、寂しくなって泣いている的な?」
「あぁ。大体そんな感じだ」
ブランドンの表情は、どこまでも真剣であった。オーレリアも同じくであり、恐らくそのとおりなのだとヤミは思った。
「……そんなこと言われると、なんか仕留めるのも忍びないなぁ」
「オーガの生息地である人里離れた荒野――そこに転移し直してやれば、事は解決するはずだ」
「でも、あれだけ暴れてたら、転移しようにもできないんじゃない?」
「このままでは、まず不可能ですわね」
頭を悩ませるヤミの隣から、オーレリアがスッと動き出す。
「ですから、まずは気絶させてしまいましょう。そうすれば問題ありませんわ」
「倒せって言ってるわけじゃないのは、分かるんだけど……ねぇ」
それでも他に手があるのかと言われれば、答えは全く浮かんでこない。ヤミも覚悟を決め、深くため息をついた。
「しゃーない。それでなんとか頑張ってみましょうか」
「ふふ、そうこなくっちゃ、ですわ♪」
オーレリアが剣を抜き、自身の魔力を剣に纏わせていく。そして勢いよく足を踏み出していった。
「私が先に切り込みますわ。後に続いてくださいまし!」
「了解!」
ヤミも改めて体に魔力を纏い直し、オーレリアに続いて駆け出す。迫り来る二人の少女に、オーガも気づいた。
「グガアアアァァーーーーッ!」
雄たけびを上げながら突進して来ようとする。しかし速さでは、オーレリアのほうが明らかに上であった。
勢いよく地を蹴って飛び上がり、身を捻りながらも魔力を纏った剣を振るう。
――ズバアァッ!
鈍い音とともに、オーガの腕や指から血が吹き出す。しかしそれは致命傷というほどではなく、かと言ってかすり傷としては微妙な深さを誇っていた。
鈍くも鋭い痛みが広がり、オーガは怒りを燃やす。
冷静さを失うことで、逆に隙が生まれやすい展開を作り出したのだった。
「ヤミさんっ!」
オーレリアが叫ぶと同時に、ヤミは素早くオーガの懐へ潜り込む。そして魔力強化を施した足技を、オーガの腹にめり込ませる。
「――ゴボォッ!?」
防御する間もなく直撃を受けたオーガは、そのまま後方へと吹き飛ばされる。倒れはしなかったが、腹を抑えてその場にうずくまっており、見せていた勢いの凄さは明らかに衰えてきていた。
今がチャンス――ヤミとオーレリアは同時に思い、このまま一気に畳みかけるべく動き出そうとした。
しかし――
「グワアァッ!」
――どごおぉーんっ!
オーガの拳が、地面に巨大なヒビを入れる。その動きはとても素早く、そしてとても重たいということがよく分かる。
拳を構えながらも、ヤミの笑みは大いに引きつっていた。
「こりゃヤバいね。あのデカブツ、メチャクチャ怒っちゃってるよ」
「もはや正気を保っているかどうかも怪しいですわね」
オーレリアも剣を構え直すが、その手はほんのわずかながら震えていた。それでも無理やり、自身を奮い立たせていく。最後の最後まで、この戦いを諦めるわけにはいかないのだと。
その時――
「二人とも下がっていろ。ここからは私がやる」
ブランドンが、ヤミとオーレリアの前にスッと立ちはだかる。握り締めている魔力の剣が、まっすぐオーガに突き出された。
「これ以上、女性二人にばかり戦わせるわけにはいかん!」
「し、しかし! 私はまだ――」
「特にオーレリアは、私の妻となる女だ。そんなお前が傷つく姿など、この私が大人しく見過ごせるわけがないだろう!」
「……ブランドン様」
オーレリアは思わず頬を染めつつ、目を潤ませてしまう。それでもオーガから意識を逸らしていない点は、流石と言ったところか。
「お前たちも聞こえているだろう?」
ブランドンがオーガを見据えたまま、ヤミとオーレリアに話しかける。
「外から薄っすらと喧騒が聞こえてきているのを――」
「えぇ。あれは明らかに、激しく戦っている声と音ですわね」
耳を澄ませると、風に乗って聞こえてきていた。魔物と人の叫び声。魔法に寄る爆発音と武器のぶつかる音。それらが示すものは何なのか――答えはすぐさま、考えるまでもなく出てきた。
「ここと似たようなのが、外でも発生してるってことかな?」
「かもしれませんわ。普通ならばとっくに援軍が来ているはずですもの」
魔王のピンチに騎士が駆けつけてこないのは、明らかに状態としては異常だ。忠誠を誓っていないのならば頷けるが、ブランドンに対してそれはあり得ない。
となれば、来たくても来れないと見なすべきだろう。
「ガルルルル――グルアアアァァーーーッ!」
オーガが怒りに任せて飛び込んでくる。その巨体からは、信じられないほどの素早さを誇っていた。ヤミたち三人はなんとか躱すも、それぞれが無我夢中になって飛び込むように逃げたため、バランスは完全に崩れてしまっていた。
特にオーレリアは、勢い余って派手に倒れ込んでしまう。
そんな彼女にオーガは視線を向けた。
「――オーレリアっ!」
ヤミが叫ぶのと同時に、オーガはオーレリアに向かって飛び出した。
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