055 母の経緯



 そして翌日――ヤミと双子たちは、シルバとともに城の飛竜を借りて、大空へと飛び立つ。

 小さな子供二人と大人一人であれば、大きな飛竜一匹で十分だった。

 ヒカリやブランドンたちに見送られながら、大聖堂を目指して、勢いよく飛竜は翼を羽ばたかせる。

 空は快晴。穏やかな天気に恵まれる中、青空の旅が始まるのだった。


「うーん、サイッコーッ♪」

「くきゅーっ♪」


 爽やかな風を浴びながら声を上げるヤミに続いて、器用に肩にしがみ付くシルバも嬉しそうに鳴き声を出す。

 彼女の後ろにはラスター、そして前に抱きかかえる形でレイが座っており、特に何事もなく空の旅は順調に進んでいた。


「そういえば、お姉ちゃんに聞こうと思ってたんだけど――」


 するとここでレイが、軽く後ろを振り向きながら声をかけてきた。


「お姉ちゃんって、もしかして別の世界から来た人だったりする?」

「例えば……『チキュウ』という名前の世界とか」


 レイに続いて、ラスターも訪ねてくる。なんてことない雰囲気ではあったが、ヤミの表情を軽く硬直させるには、十分過ぎるものであった。

 そして、そんな反応を示した姉の様子に、双子たちはニヤリと笑う。

 これはアタリだ――と。


「……デタラメとかじゃなさそうだね?」

「ボクたちもこのタイミングでそんなこと言わないよ」

「それもそっか」


 レイの返しにヤミは苦笑する。特に隠しておくつもりもないため、この部分に関しては素直に話すことにした。


「確かにあたしは、地球っていう別の世界から来た人間だよ。今から十年前にね」

「やっぱり! お母さまと同じだ!」


 嬉しそうなレイの言葉が、全てを物語っていた。双子たちの母親とヤミが、同じ世界の出身であることを。

 故にヤミは、こう思わずにはいられない。


「妙な偶然もあるもんだ……」

「ホントだねー♪」

「ちなみに、姉さんの母親は?」

「んー、あたしが三歳の時に家出しちゃったみたい」


 曖昧な言い回しをするヤミだったが、双子たちは特に疑問に思わなかった。

 それだけ幼ければ、色々と覚えていないのも無理はない。むしろはっきり覚えているほうが凄いとすら言えるだろう。

 しかし今は、それよりも確認しておきたいことがある。

 そう思ったレイは、改めてヤミに尋ねる。


「お姉ちゃんって、確か今十八歳だったよね?」

「そうだよ」

「ってことは、お姉ちゃんの母親が家出したのは、えっと……」

「今から十五年前だね」


 言葉を詰まらせかけるレイに、ラスターが被せるように言った。


「ちなみに、ボクたちの母上がこの世界に来たのも、十五年前らしいんだ」

「へぇ、そうなの?」

「理屈はよく分からないけど、いきなり大聖堂の本堂に転移されてきたんだって」


 十五年前――大聖堂に突如として現れた、黒髪の女性。最初は曲者が現れたのかと疑われていたが、敵意より怯えの色が明らかに強く、矛を向けるのは良くないとすぐに判断された。

 その時に声を上げたのが、双子たちの父親であるベルンハルトであった。

 アカリと名乗る黒髪の女性は、彼が預かる形で保護された。そしてすぐさま、彼女には聖なる魔力の素質が見出されたのである。

 事情を聴いて、ベルンハルトや大神官は大層驚いたという。

 まさか違う世界から舞い降りたとは、流石に予想もできなかったのだ。

 彼女は『チキュウ』の『ニホン』という異世界から舞い降りたのだと判明し、戻る術がないことが判明するなり、すぐさま『ここに置いてほしい』と、彼女のほうから願い出た。

 そのままアカリは、大聖堂で聖女の修業を受けることとなった。

 自然とベルンハルトが彼女の面倒を見ることとなり、二人が恋仲になるまで、そう時間を必要とすることはなかった。

 やがて一年という時間をかけ、アカリは見事、聖女として認められた。

 それとほぼ同時期に、ベルンハルトも騎士団長に就任。

 彼からアカリに結婚を申し込み、二人は大聖堂中から祝福された。その後も二人の仲が悪くなることはなく、周りの誰もが尊敬するほどのおしどり夫婦として、認識されるようになったと言われている。


「――ふーん、なるほどねぇ」


 ラスターの話を黙って聞いていたヤミが、一区切りついたところで頷いた。


「それがあんたたちのお母さんの経緯ってわけだ?」

「うん。あくまで聞いた話だけど、多分間違いないと思うよ」

「ウソって感じは全くしなかったもんね」


 ラスターに続いて、レイも発言してくる。二人が本当にそう思っていることは、ヤミもなんとなく感じたため、とりあえずそのまま進めることにした。


「確かその後に、聖女アカリは魔界へ……」

「うん。母上が連れ去られる事件が発生したんだ」

「お母さまの大きなトラウマだって、お父さまも悔しそうに言ってたよ」

「そっか」


 それはそれで無理もないと、ヤミは思った。その話も気にならないと言えば嘘にはなるのだが――


「まぁとりあえず、その部分は置いておこうか。今はそんなに重要でもないし」

「ん。ボクもそれより、気になっているところがあるんだ」

「わたしも!」


 ヤミと双子たちの意見が一致した。

 アカリとヤミが、同じ『地球』という名の異世界から来た――これこそが、今の段階でもっとも注目するべき点であることを。


「お母さまから、何度か聞いたことがあるの。チキュウという世界に、幼い娘を残してきてしまったって」

「それを話すたびに母上は、とても悲しそうにしていたんだ。無理もないよ。違う世界じゃ、どう頑張っても会うことなんてできないし」

「でもその幼い娘というのが、お姉ちゃんだとしたら……」

「母上はきっと、大喜びすると思うんだ。ずっと会いたいって言ってたし」


 交互に語る双子たち。その言葉は本気であり、母のことを心から思っていることもよく分かる。

 しかしながら、ヤミの表情は――


「……まぁ、確かにあたしの年齢的にも、辻褄は合うっぽいけどねぇ」


 どう反応していいか分からないと言わんばかりに、複雑そうな様子であった。


「どうにもピンと来ないんだよなぁ……母親とか言われてもさ」

「それ、何か理由でもあるの?」

「まぁね。実は……」


 レイの問いかけに、ヤミはあっけらかんと話す。

 特に隠していることでもないため、己の事情を話すくらい、彼女からすればどうということはなかった。


 ――ばっさ、ばっさ、ばっさ!


 翼を羽ばたく音が、やけに大きく聞こえる。

 そんな中、ヤミの経緯を聞いた双子たちは、目を見開いたまま口をポカンと開けた状態で、声が全く出せなかった。


「――まぁ、なんてゆーか、アレだよ」


 ここでヤミは、少し重苦しくなったかと思い、表情を明るくする。


「あんたたちのお母さんが、あたしの本当の母親かどうかは、まだちゃんと判明したわけじゃないからさ」


 ヤミは宥める意味も込めて明るく言うが、双子たちは内心かなり複雑だった。

 地球に残してきた娘に対して、母が思いを馳せてきたことか。

 会いたい。せめて幸せに生きているかどうかだけでも知りたい――悲しそうに笑いながら呟かれた声を、何度聞いてきたことか。

 幼さ故の直感が囁いていた。ここにいるヤミが、まだ見ぬ生き別れの姉であると。

 母が十年以上、ずっと会いたがっていた存在に違いないと。


「この話は、ひとまずここまでにしておこう」


 前に座るレイの頭を、ヤミは優しくポンポンと撫でた。


「今ここであれこれ考えても仕方ないし、まずはあんたたち二人を、無事に大聖堂へ送り届けないとだからね」

「確かに……」

「うん。お姉ちゃんの言うとおりだと思う」


 ラスターとレイも頷き合った。気になることも多いが、早く両親に会いたい気持ちが強いのも、また確か。まずは大聖堂へちゃんと帰らないことには、分かることも分からないままだと、そう思うのだった。

 すると――


「くきゅーっ! くきゅくきゅっ!」


 シルバがヤミの肩から、身を乗り出す勢いで鳴き声を上げる。長い首を器用に前方に伸ばして合図しているのだ。

 あの先に何かが見えてきているぞ、と。


「あれは――」


 ヤミもその方角に視線を向けると、たしかに『それ』は見えた。

 巨大で立派な教会らしき建物がそびえ立つ、大きな一つの島国のようであり、それが一体何なのか、ヤミはなんとなく分かってしまった。


「ねぇ! もしかしてあそこが?」

「うん。あれが大聖堂――わたしたちの目指している目的地だよ!」

「帰ってきたんだ。早く父上たちに会いたいなぁ」


 レイとラスターも、ワクワクした表情を隠しきれない。そんな子供たちのために、一秒でも早く辿り着かなければと、ヤミは思った。


「よーし! 大聖堂に向けて、全速力だ!」


 ヤミのかけ声に、飛竜が気合いの咆哮を上げる。そして飛竜は、更に翼を力強く羽ばたかせ、一直線に飛んでいくのだった。


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