054 ヤミと双子たちの旅立ち



「えっ、あたしがこの子たちを?」

「そうだ。考えた結果、ヤミ――お前が適任だと判断した」


 魔王の城、裏庭の菜園にて伝えられた言葉に、ヤミはポカンと呆ける。

 ちなみにこの場にはラスターとレイ、ヒカリとシルバ、そしてブランドンの妻であるオーレリアも同席している。

 それぞれが向かい合って座っているその状態は、まるでピクニックのようだ。

 ヤミや双子たちは、それぞれマイペースにオーレリアが持参したお菓子をモシャモシャと美味しそうに食べている中、ヒカリは頬杖とともにため息をつく。


「……珍しく二人で菜園に遊びに来たと思ったら」

「謁見の間だと、落ち着いて話せないだろう」

「まぁ、そうだね」


 兄の言葉を、ヒカリは素直に認めるしかない。もしこれが謁見の間であれば、ヤミはともかく双子たちが、果たして落ち着いて話せていたかどうか。

 特に今回、ブランドンたちが話そうとしている内容が、まさに双子たちに大きく関わる内容であるため、尚更であった。


「――分かったよ、ブランドン」


 咀嚼していた焼き菓子をゴクンと飲み込んだヤミは、二ッと笑う。


「ラスターとレイを大聖堂へ送り届ける――その役目を引き受ければいいんだね?」

「あぁ。向こうではまだ、ラスターたちを攫おうとした事件に対して、まだ正式な解決には至っていないらしくてな。できる限り強い者を付き添わせてほしいと、丁重に申し出てきた次第だ」

「ヤミさんは双子さんたちにとても懐かれていますし、あなたの強さは、わたくしたちもよく知っております」

「だから私たちは、これ以上の適任はいないと、早々に判断したというわけだ」

「なるほど」


 ヤミは改めて納得しつつ、ラスターとレイに向き直る。


「じゃあ二人とも。お姉ちゃんと一緒に、大聖堂まで帰ろうか」

「うん!」

「姉さんと一緒は楽しみ」


 純粋に嬉しそうな表情を浮かべる双子たちだったが、その気持ちはもはや、故郷の親の元へ帰るというよりも、新しくできた姉との旅が楽しみ――という方向に偏っているとしか思えず、それを察したヒカリは苦笑を隠し切れない。

 そして――


「くきゅーっ!」


 ここまでおやつに夢中で話に参加していなかった小さな白い竜が、盛大に声を上げてきた。

 そして間髪入れず飛びあがり、そのままヤミの胸元に飛びつく。


「くきゅっ、くきゅきゅーっ!」

「あー、はいはい。シルバもちゃんと連れていくから、心配しなさんな」


 ヤミがその小さな頭を撫でた瞬間、シルバは満足したかのように落ち着いた。その様子に双子たちも、微笑ましそうな表情を浮かべる。


「シルバもお姉ちゃんと一緒にいたかったんだね」

「うん。置いてけぼりなんて許さないぞーって、きっと言ってたんだよ」

「くきゅっ」


 レイとラスターの言葉に、シルバが鳴き声とともに大きく頷く。まるでそのとおりだと言っているように見えたのは、気のせいではないように思えてならない。

 しかしながらヒカリは、少しばかり不安を抱いていた。


「本当に連れてって大丈夫かな?」

「もうかなり元気だし、むしろ外の世界を見せる、いいチャンスだよ。それに――」


 ヤミは両手でシルバを抱え上げ、改めて自分の真正面に持ってくる。


「下手に我慢させるほうが、この子にとっては毒だと思うからね」

「うむ。それは言えてるだろうな」

「シルバも立派なドラゴンに違いはないですし、なによりヤミさんとヒカリさんが育てているのですから、それ相応の逞しさも身につけていることでしょう」

「うーん、まぁ確かにねー。兄さんと義姉さんの言うとおりかもしれないけど……」


 ヒカリも改めてシルバの様子を見る。確かに保護したばかりの時に比べれば、段違いと言えるほど元気に育っている。むしろ、他の魔物と変わらないほどのやんちゃな姿も見られるほどだ。


(確かに……僕が心配しすぎなのもあるのかなぁ?)


 自分を父親のように慕ってくれていることもあって、余計に大切にしなければという気持ちが働いていたことに、ヒカリは今更ながら気づかされる。

 それは行き過ぎれば、単なる過保護にしかならないことは間違いない。

 可愛い子には旅をさせよ――とは、よく言ったものだ。


「できれば僕も、一緒について行きたいところではあるんだけどね……」


 そう言いながらヒカリは、ブランドンに視線を向けるが――


「ヒカリの気持ちは分かるが、今回は向こうの事情もあるし、避けてもらうぞ」

「……だよね」


 しれっと言われ、撃沈するかのように項垂れる。

 だがこれも分かっていたことではあった。

 十三年前の一件により、大聖堂は魔族――特に魔界の王族に対して、未だマイナスな思いを抱き続けていることは、前もって聞かされていた。しかもその当時、一番の被害者である聖女アカリは、ラスターとレイの母親でもあるのだ。

 間違っても魔族である自分が、のこのこ出向くことはできない――それはヒカリも心得ているのだった。

 故にヒカリは、観念を込めた苦笑を浮かべ、シルバに顔を近づける。


「シルバ。今回僕は一緒に行けないけど、ヤミの言うことをちゃんと聞くようにね」

「くきゅきゅっ、くきゅーっ!」


 威勢よく返事をするシルバ。もちろん分かっているよ、とでも言っているのだろうとヒカリは思った。

 今はとりあえずそれでいいと判断し、今度は双子たちに優しく笑いかける。


「ラスターとレイも、そっちの都合がついたら、またいつでも遊びに来てね」

「はい、お兄ちゃん!」

「必ずまた遊びに来ます、兄さん!」


 ちゃんと二人揃って、ヒカリのことを『兄』と称していた。そこに確かな気持ちが込められており、ブランドンとオーレリアも、それを察して顔を見合わせ、穏やかな笑みを浮かべている。

 そしてヤミは、勢いよく立ち上がった。


「じゃあ決まりだね。早速、旅立ちの準備をしようか」

「おーっ♪」

「うん」


 レイに続いてラスターも立ち上がる。シルバもくきゅーと鳴きながら、ヤミと双子たちの間を飛び回り、そのまま三人と一匹で城内に戻ってゆく。彼女たちの頭は、既に旅のことでいっぱいであった。


(大聖堂かぁ……まだ行ったことないんだよね。うーん、楽しみだなぁ♪)


 見知らぬ土地へ行く――そんな純粋にワクワクした気持ちが、ヤミの笑顔を引き立てていた。

 その先で大きな運命の出会いを果たすことを、全く予感すらせずに。


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