094 久しぶりの交流
「――なるほどね。とりあえず事情は分かったよ」
腕を組みながら頷くヤミだったが、その表情はどこか重々しい。
「色々と分からないことだらけではあるけどね」
「まぁ、それは僕も思ってる……」
姉貴分の言葉には、ヒカリも苦笑せずにはいられなかった。しかしこうして発生してしまっていることに変わりはないため、一つ一つ疑問を解消していく必要があるのも確かではあった。
「まず最初に、あんたが転移魔法に巻き込まれて、こっちに来た件だけど……」
最初の疑問をヤミが切り出した。
「いきなり魔法が発動するって、なんか気味悪い感じするね」
「うん。でもそれについてはちょっとだけ、心当たりがあるかもしれない」
「……どんな?」
「ラスターとレイだよ」
首を傾げるヤミに、ヒカリが人差し指を立てる。
「あの子たちが転移されてきた時、どこに降り立った?」
「どこって、菜園……あぁ!」
「そう。この大聖堂から、あの裏庭の菜園に転移魔法で飛ばされてきた。あくまで僕の推測だけど、もしかしたらその時の魔力があの場所に残ってて、それが何かしらのきっかけで増えるなりなんなりしちゃったんじゃないかな?」
「あー……」
ヤミは空を仰ぎながらぼんやりと声を上げた。
「確かにねぇ。場所だけ言えばピンポイントではあるかもしれないけど……」
「まぁ、転移魔法の仕組み自体、僕も全く知らないからね。なんとも言えないのが正直なところだけど」
「だよね。あたしもそこらへんはさっぱりだし」
苦笑するヒカリに、ヤミも肩をすくめる。確たる証拠は何もないため、所詮は推測の域を出ない。もしたらればを並べたところで、プラスになる様子があるかどうかは怪しいところではあった。
「けどさぁ――」
それでもヤミは、どうしても思えてならないこともあった。
「実際にこうして転移されてきちゃってるからねぇ……ヒカリの推測も、まんざら的外れとは思えない気もするけど」
「うん……それはそれで、色々と問題もあるとは思うけどね」
「確かに」
ヒカリの言葉にはヤミも頷くしかなかった。
何の前触れもなく人がいきなりどこかへ飛ばされる。近くならまだしも、果てしなく遠い場所へ突然降り立つことは、普通に恐怖以外の何物でもない。
人がいる場所ならば、救いはあるほうだ。もしかしたら人はおろか獣すらいない荒れた大地に降り立ってしまう可能性も、十分にあり得る。そうなれば無事に元の場所へ帰るどころか、その場で生きていくことすらできないかもしれない。
「ヒカリも運が良かったよね」
「だね。まぁ、場所的に安全なのかどうかは、ちょっと疑問ではあるけど……」
改めてヒカリは周囲を見渡す。大聖堂という環境は、普通であれば他の町と比べれば安全な場所ではある。
問題は彼の生まれ持った『種族』にあるのだが、それでも――
「安全でしょ」
ヤミは自信をもって即答するのだった。
「あたしとシルバがいるんだから。それにラスターとレイもね。あんたにとって、これ以上安心できる場所なんてないんじゃないの?」
「……ハハッ、確かにね。うん。ヤミの言うとおりだ」
ヒカリも改めて笑顔を見せる。強がりなどではなく、本当にそう思ったからこその表情であった。
誰よりも頼れる姉貴分が傍にいてくれるのだ。これほど安心できる環境は、他のどこを探してもないだろうと、そう胸を張って言えるくらいに。
「ところで話は変わるけどさ――」
ここでヤミの視線は、黒い小さな竜に視線を向ける。
「その子……ノワールって言ったっけ?」
「うん。僕が名付けたんだ。いい名前だと思わない?」
「それは確かにね。黒いこの子にはピッタリだし、カワイイとも思うし……いや、あたしが聞きたいのはそこじゃなくて」
自然に頷き、自然に感想を言った直後で、やんわりとツッコミを投げるその姿は、二人の付き合いの長さを象徴しているとも言えるだろう。
もっとも当の本人たちが聞けば、首を傾げることにしかならないだろうが。
「ノワールって、見た感じ黒竜の子だよね? 大丈夫かなぁ……」
「兄さんたちも言ってたよ。最近、黒竜の卵が盗まれる事件があったらしい」
「えぇっ? だとしたらこの子……」
「それはまだ、なんとも言えないみたいだけどね」
「きゅるぅ♪」
ヒカリが優しく頭を撫でると、ノワールは心地よさそうに喉を鳴らした。
「いきなり卵だけが菜園に転がり落ちてくるっていうのが、どうにも不気味で……」
「それは別にあり得ない話でもないんじゃない? 転移魔法でテキトーに飛ばした先がそこだったとかさ」
「まぁ……多分そんな感じだとは思うけどね」
軽く流すように答えるヒカリ。しかしその口調は、ほんのわずかに浮かない様子を見せていたが、ヤミはそれに気づいていない様子ではあった。
(でも、本当にそうなのかな?)
気持ちよさそうにすり寄るノワールを見下ろしながら、ヒカリは思う。
(それに兄さんの話では、卵に関しては転移魔法の形跡はなかったって……)
勿論それも、現段階ではの話であり、今後新たな可能性が現れるかもしれない。やはり転移魔法だった、という結果もあり得るだろう。
いずれにせよハッキリしていることは一つ。
ノワールに関しては何も分からない――ただ、それだけだった。
「――くきゅー」
するとここで、シルバが動き出した。しがみ付いていたヤミの肩から飛び降り、そのままヒカリの膝元――正確にはノワールの元へ、トコトコと向かう。
「くきゅ」
「きゅるぅ?」
同じ竜だからだろうか。シルバが近くに来てもノワールが怯える様子はなく、むしろ興味を抱いている様子であった。
長い首を伸ばしてシルバが顔を近づける。ノワールは少しだけ驚くも、シルバの頬をペロッと舐め、そして――
「きゅる……きゅるぅっ」
ノワールは笑みを浮かべ出す。シルバが安全だと判断できたようであった。しかし依然として、ヒカリの膝から動こうとはしない。その様子にヤミは、微笑ましさを感じずにはいられなかった。
「あらら、やっぱりパパの膝が一番いいみたいだねぇ♪」
その口調には、完全なる『からかい』が込められていた。そしてそれを察したヒカリもまた、即座にフッと小さく笑い――
「そーゆーヤミこそ、しっかりとシルバのママやってるじゃんか」
そう言い返すのだった。そしてそれを示すかのように、残念そうな表情を見せるシルバの背中を、殆ど無意識のうちに優しく撫でていることに、ヤミは言われてようやく気付いたのだった。
しかしヤミは、それを恥かしがることもなく、どこか楽しそうに笑う。
「それもそうだね♪」
「……突っぱねたりしないんだ?」
「しないよー。だってあたしがこの子のママなのは確かだもん」
「なるほど」
二人が頷き合うそこには、穏やかな空気が流れている。互いが互いに対して強がることもない。そのままの気持ちを素直にぶつけ合える関係は、もはや姉弟分という枠を超えた『特別』な何かを感じさせるものがあった。
そしてそれこそが、二人にとっては『当たり前』のものであった。
理屈で表現できるものでもないことも、また確かだった。
「――ん?」
するとそこに、駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。それも一人ではなく複数人のものであり、更にはガシャガシャと鎧のこすれる音も響いてきている。
振り向くとそこには、ヤミの想像したとおりの人物たちが駆け寄ってきた。
「おぉー、やっぱりベルンハルトさんだ」
「――ヤミ君!」
あっけらかんとしているヤミに対し、先陣を切っていたベルンハルトは、驚きを隠せていなかった。
しかしそれも一瞬のこと。すぐさま冷静さを取り戻し、駆け寄ってきた理由を話そうとする。
「このへんに、強力な転移魔法の気配があったという報告が……なっ!」
しかしその視線にヒカリという存在が入ってきたことにより、その表情は敵意を込めた驚きに切り替わった。
ベルンハルトは表情を強張らせ、腰に携える剣を抜く体制を取る。
「ま、魔族だと!? 一体どこから侵入して……」
「あー、この子なら大丈夫ですよ。ちょうどいいから、ここで紹介しておきますね」
「――え?」
どこまでもマイペースな様子を崩さないヤミに、ベルンハルトや他の兵士たちは、完全に戸惑っている。
それを気に求めることなく、ヤミは魔族の少年の肩に手を回した。
「この子の名前はヒカリ。前に話した、あたしの大切な弟分でございます♪」
「ど、どうも……」
ノワールを抱きかかえながらも、申し訳なさそうに頭を下げるヒカリ。その姿にベルンハルトも、そして他の騎士たちもまた、改めて言葉を失ってしまうのだった。
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