095 再会、喜び、空気の変化



「まさかここでお前さんの顔を見る日が来るとは、流石に思わんかったな」

「あはは……僕も同感ですよ、トムさん」


 ヤミとベルンハルトが同伴する形で、本堂へ案内されたヒカリ。彼もまたヤミと同じくトラヴァロムとは顔見知りの関係にあった。

 実に数年ぶりの再会を果たした形となり、トラヴァロムもまた驚きと喜びに満ちた様子を見せていた。

 それは、応接室に移動してからも変わることはなかった。


「なんじゃ、随分と堅苦しくしおってからに……遠慮せず『トムじい』と呼んでくれて構わんのだぞ?」

「いえ、それは流石に恐れ多いですよ。本来なら大神官様って呼ぶべきでしょうに」

「やれやれ全く近頃の若者は……礼儀正しいのは結構なことだが、それは時と場合と相手にもよる。お前さんもそれくらい分かるだろうに」

「それは、まぁ……」


 ヒカリは否定しきれず言い淀む。トラヴァロムの言うことも正しいと思ったのだ。世間的な立場としてはかなり上かもしれないが、ヒカリからすれば、育ててもらった祖父の親友――言ってしまえば親戚のお爺さんに他ならない。それこそ八年前からの知り合いであり、当時は敬語も呼び方も、そして相手の立場も気にしたことなど全くなかったのだ。

 それが今でもずっと続いている――ことは流石にない。

 相手に対する呼び方、それに伴う言葉遣いも、自然と学び覚えてくる。相手の立場もそれなりに考慮できるようにもなった。

 故に自然と気を遣ってしまう。相手がそれを望んでいるかどうか――それが別問題であることも分かっているつもりではあるのだが、どうしても委縮してしまう。

 少し困った表情をヒカリが浮かべていた、その時だった。


「ほらほらトムじい。それくらいにしときなって。ヒカリが困ってるじゃん」


 ヤミが助け船を出してきた。下手に着飾るようなことをしない、いつも傍で見てきた姉貴分の姿で。


「ヒカリはいきなりここに飛ばされてきちゃったんだよ? もう少しいたわってあげるくらいのことはしないと」

「ホホッ、確かにそのとおりだな。すまんすまん」


 弟を庇う姉の姿を微笑ましく思いつつ、トラヴァロムは咳払いをする。


「ヒカリよ――何があったのかを、詳しく説明してもらえるかな?」

「はい。僕が分かる限りの内容を全てお話しします」


 ヒカリから事情が語られる。同伴していたベルンハルト共々、その内容に対して驚かずにはいられない様子であった。

 やがて粗方話したところで、トラヴァロムが深いため息をつく。


「なるほどな……にわかには信じられんことだが、実際に起きておるのも確か。少し調べてみる必要がある」


 トラヴァロムは複雑そうな様子で閉じていた目を開き、そして優しい表情をヒカリに向ける。


「この度はアクシデントに巻き込まれて大変だったな。これから転移魔法の因果について調べさせる。落ち着くまでしばらくここに留まるが良いぞ」

「はい。お世話になります」

「きゅるぅ」


 ヒカリに合わせてノワールもお辞儀をした。あくまでヒカリの真似をしただけで、意味は理解していない。それでも卵から孵ったばかりの状態で、もうそこまでできたという点では凄いと言えるだろう。

 それは経緯を聞いたトラヴァロムも、それとなく感じていることであった。


(にしても、このドラゴン……見た目は黒竜だが、どうにも違和感がある。ヤミの連れておるシルバとは、まるで対を成す存在……考え過ぎか?)


 流石に憶測が過ぎたかと思い、一時的に思い浮かべた内容を振り払ってゆく。しかしそれで心が晴れてスッキリすることはなく、むしろ余計に悩ましい表情を浮かべてしまう始末であった。

 もっともあくまでひっそりとであり、周りに気づかれるほどではなかった。

 ついでに言えば、この直後に扉が勢いよく開かれたことで、意識を急に変えることとなり、それどころではなくなるのだが。


「――失礼しますっ!」

「しまーす!」

「こら、二人とも! 大神官様の前ではしゃがないの!」


 ノックもそこそこに扉が開かれ、ラスターとレイ、そしてアカリが入ってきた。窘めてくる母親の声など、双子たちの耳には届いていない。それほどまでに、その人物に会いたいという気持ちが強かったのだ。


「やっぱり兄さんだ!」

「お兄ちゃん!」

「――やぁ、二人とも元気そうだね」


 軽く手を挙げるヒカリに、双子たちは目を輝かせる。そしてその視線は、すぐさま彼の膝元にいる小さな存在に向けられるのだった。


「兄さん、その黒いドラゴン……」

「かわいーっ♪ お兄ちゃんが面倒見てるの?」

「うん。ノワールって言うんだ。よろしくしてあげてね」

「きゅるぅ」

「くきゅくきゅっ」


 ヒカリの膝元で撫でられているせいだろうか、ラスターとレイに対してそれほど怯えることもなく、鳴き声を上げていた。ヤミが連れているシルバが、双子たちに飛び乗ったりしているのも、ノワールの警戒心を下げる効果となっている可能性は、十分にあるだろう。


「――アカリ、大丈夫か?」


 呆然と見守っている彼女の元に、控えていたベルンハルトが歩いてくる。


「まだお前も魔族に対して思うところもあるだろう。しかし子供たちは、随分と彼に懐いているようだな」

「えぇ……あの子たちから聞いていたとおりですね」


 愛する夫に肩を支えられながら、アカリは改めて魔族の少年を見る。穏やかな笑みを浮かべており、自分の子供たちと楽しそうに話す姿は、かつてその目で見た狂暴かつ残虐さなそれとは大きくかけ離れていた。

 魔族にも色々な者がいる。

 それは聞いていたが、どうにも信じられない自分がいるのも確かであった。

 ヤミたちから聞いていた魔族の少年――その実態を見せつけられ、改めて大きな驚きを味わう。

 そんな彼女とベルンハルトに、トラヴァロムが視線を向けた。


「ちょうどいい。しばらくヒカリはこの大聖堂に留まってもらうのだが……お前さんたちのところに置いてやってくれんかな?」

「――えっ?」


 トラヴァロムの言葉に、アカリは思わず目を丸くしてしまう。これは何かの聞き間違いだろうかと、疑ってすらいた。

 しかしそれは何の間違いでもないことを、すぐさま証明させられる。


「ヒカリはヤミの弟分、そして双子たちも随分と懐いている。一緒に暮らしたほうが都合がいいだろう」

「トムじい! それナイスアイディア!」


 ヤミが人差し指を立て、嬉しそうな声を出す。


「あたしたちと一緒ならシルバもいるし、ノワールも不安がらせる心配も、少しは減らせるだろうからね」

「うん! ボクたちもノワールのお世話に協力するよ」

「わたしもー!」

「くきゅー!」


 ラスターとレイに続き、シルバも任せてと気合いを込めた鳴き声を出してきた。これで話は決まったような流れとなりつつあったが――


「ちょっと待ってください! それは流石にいきなりが過ぎます!」


 そうは問屋が卸さないのであった。ベルンハルトの厳しい声が、双子たちとヤミの笑顔を硬直させる。

 ベルンハルトはそれに構うことなく、己の意見をトラヴァロムにぶつけていく。


「大神官様も、妻の事情はご存じでしょう! アカリはまだ、魔族に対するトラウマがはびこっております! この少年を招き入れることで、再び何かしらの不調をきたす可能性は十分に考えられるかと。ここはなにとぞご再考を!」


 その言葉には必死さすらも感じさせるものがあった。それだけ愛する妻を想ってのことであるのはよく分かる。

 だからと言って、トラヴァロムもすぐさま頷くわけにはいかない。むしろ頭を抱えたくなる気持ちにすらなっており、それも苦々しい目つきとしてしっかりと表れているほどであった。

 トラヴァロムが何かを言おうと口を開きかけた――その時であった。


「――聞き捨てならないね。そんなの偏見もいいところだよ!」


 ヤミが立ち上がり、堂々と言い放つ。アカリとベルンハルトに向けられた視線は、どこまでも冷たい鋭さを誇っているのだった。


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