047 イノシシパーティー



「ふんふんふ~ん♪」


 陽気な鼻歌とともに、手に持つナイフが動かされる。あっという間に毛皮、骨、そして肉の各種部位が取り分けられ、手早く仕分けされていく。


「ヤミさん! 血抜きと内臓の処理が、もう一体分終わりました!」

「はーい。じゃあそれも、チャッチャと捌いちゃってー。やり方は、さっきあたしが見せたのと同じでね」

「うっす!」


 冒険者が威勢良く頷き、仲間の男たちとともにビッグボアの解体に入る。

 平原はもはや、戦いの場から『解体の場』と化しており、殆どヤミが陣頭指揮を執るような形となっていた。

 それほどまでに、ヤミの手際は見事なものだったのだ。

 倒すだけ倒して満足するだけでなく、仕留めた獲物が腐らないうちに、その場で解体するべく自ら手を動かす――それも声に出したりせず、周りが気が付いたら既にヤミはそれを行っていた。

 まるでそうするのが当たり前だと言わんばかりに。


「ふぅ……こんなもんかな?」


 巨体の肉を切り分けたヤミは、手の甲で額に浮かぶ汗を拭い取る。その表情に疲労は浮かんでおらず、満足感からくる笑みであふれていた。


「――お姉ちゃん!」


 するとそこに甲高い声が聞こえてくる。レイが駆け寄ってきたのだった。


「解体されたお肉、持って行ってもいい? ヒカリさんが、料理に使う分が足りないって言ってて……」

「いいよー。ここにあるのはどんどん持ってっちゃって」

「うん。分かった!」

「それよりもさぁ――」

「え?」


 ニンマリと笑いながら、ヤミがレイの背中から手を回し、抱き寄せるようにして顔を近づける。


「ヒカリのこと、お兄ちゃんって呼ぶんじゃなかったの?」

「あ、いや、それはその……いきなりは流石に良くない気もするし……」

「別にいいよ。ヒカリだって、そんな細かいこと気にするような子じゃないから」

「うぅ……」


 戸惑いながらもレイは、ヤミとともにヒカリのほうを見る。ラスターとともに、ボアの肉を調理しているところであった。

 とても仲よさそうに笑い合うその姿は、まさに年の離れた兄弟そのもの。

 思わずレイが、羨ましいと思えてしまうほどであった。


「大丈夫。遠慮なんてしなくていいよ」


 布でナイフの汚れを拭い落としながら、ヤミは優しい声で言う。


「勇気を出して聞いてごらん。お兄ちゃんって呼んでもいいですか――ってさ」

「お姉ちゃん……うんっ」


 今の言葉が後押しになったのか、レイは意を決したように明るく頷いた。そしてヤミが解体した肉をもって、ヒカリの元へ向かう。


(ふふっ。ヒカリがお兄ちゃんになるのは、もうまもなくってところかな?)


 始めの一歩さえ乗り越えられれば、後は流れるだけとなるだろう。それまで悩んでいたのが嘘のように、当たり前の如くヒカリにそう呼ぶ姿が思い浮かび、ヤミは少しばかり楽しみになってきた。


「さぁてと――」


 拭い終えたナイフを鞘にしまいながら、ヤミは立ち上がる。


「イノシシパーティーの始まりだ!」



 ◇ ◇ ◇



 程なくして――平原は豪華なバーベキューパーティー会場と化していた。

 ヤミを中心として狩られた大量の猪肉。そしてヒカリが菜園で育てた瑞々しい野菜を使った料理が、冒険者たちに惜しみなくふるまわれた。


「うめぇ!」

「こりゃ無限に食えるな」

「私、串焼きお代わりしてこよーっと」

「このスープもマジで絶品だわ」


 男女問わず冒険者たちの腹だけでなく、心もしっかり満たされてゆく。

 何故いきなりこんなところでバーベキューを――最初はそんな疑問も出ていたが、今となっては些細な問題に過ぎない。気にする暇があったら食えという気持ちが、周りで一致しているのだった。

 しかしその一方で――


「ん~♪ んん、んんんぅ~♪」


 バクバク、ガツガツ、モリモリ、ムシャムシャ――肉の食い千切る音や咀嚼音、そして口に物を詰めたまま放たれるくぐもった声すらも隠そうとせず、真っ白な髪の毛の少女は、夢中になって肉を食らい尽くしていく。


「んんん~、んふふ♪ うんまぁ~いっ♪」

「くきゅきゅっ♪」


 そして彼女の傍でシルバも、小さな口をあんぐりと開けて肉を噛み千切り、モシャモシャと大きく口を動かして咀嚼する。

 その表情もまた、とても幸せそうにしか見えなかった。更に言えば、周りの様子など気にも留めておらず、完全に自分たちの世界に入り込んでいる。

 だからこそ、茫然としている双子の少年少女たちの姿にも、気づいていなかった。


「な、なに? あれ……」

「凄い……お姉ちゃんの勢い止まんないね……」


 ラスターとレイには、少々刺激が強過ぎるくらいだったかもしれない。

 女性としてそれはどうなのか。はしたないとは思わないのか。周りの目を気にする考えはないのか。等々――浮かんできそうな言葉すら、軽く吹き飛んでしまうほどの刺激を、双子たちは直に味わっていた。


「ハハッ。やっぱ初めて見る人は、驚かずにはいられないよねぇ」


 そこに現れたのはヒカリ。ヤミのことをよく知るだけに、当たり前のように驚く表情を見せず、陽気に笑っていた。


「あれも立派なヤミの姿なんだよ。色々思うことはあるかもしれないけど、今はとりあえず受け止めてやって」

「「はぁ……」」


 優しく語り掛けるその言葉に、ラスターもレイも茫然としながら頷く。そして何気なく周りを見てみると、驚いている者はいるが、すぐさま平然とした様子で視線を逸らしてしまう。

 その反応もまた、子供たちからすれば、軽い衝撃でもあった。


「なんかみんな、いつものことって感じだね」


 レイがラスターにひそひそと話しかける。


「お姉ちゃんの『アレ』も、きっと普段からなんだろうね」

「うん……ボクたちみたいに驚いている人のほうが、圧倒的に少ないし」

「考えても仕方がないのかな?」

「多分そうだと思う」


 双子たちはそう結論付け、ここは納得するしかないと頷き合う。そして改めて、ヤミのほうに視線を向けてみると――


「んんぅ~♪ んん、ん~、んぐっ! ぷはぁ……あー、美味しかった♪」


 軽く十数人分はあったであろう猪肉の塊を、一人でペロリと平らげていた。そして幸せそうに腹をさすり、身を投げ出してリラックスしている。

 その姿は何故かとてもよく似合い、思わず見ている側が頬を綻ばせるほどだった。


「くきゅぅ~♪」

「シルバもお腹いっぱいになった?」

「くきゅ、くきゅ」

「ふふ、いいよ。このままお昼寝しちゃいな」

「きゅぅ~」


 ヤミが優しく抱きかかえると同時に、シルバは目を閉じる。そのまま安らかな寝息を立て始めたその時だった。


「――おっ」


 ここでヤミが、双子たちの視線に気づき、シルバを抱えて立ち上がった。そしてそのまま双子たちの元へ歩いてくる。


「二人とも、ちゃんと食べてる?」

「あ、うんっ。美味しいよ、お姉ちゃん」

「そっか、それは良かった」


 即座にレイが答えると、ヤミは満足そうに笑う。するとここでレイが、神妙な表情を浮かべ、そして意を決して顔を上げた。


「お姉ちゃん、ちょっと二人で話したいんだけど、いい?」

「――分かった。場所移そうか」


 その声にヤミは一瞬だけきょとんとするも、すぐさま頷いて歩き出す。ちなみにシルバは抱きかかえたままだったが、目を覚ます様子はない。


「ラスター。悪いけど次の仕込み、ちょっと手伝ってくれる?」

「あ、はいっ、分かりました!」


 背中のほうで、反対方向に歩き出していくヒカリとラスターの声を聞きながら、ヤミは前を向いたまま口を開く。


「それで? 一体何が聞きたいのかな?」

「うん……」


 草を踏む音が響き渡る中、レイはヤミを見上げた。


「お姉ちゃんって……もしかして、聖なる魔力が使えるの?」


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