048 ヤミと聖なる魔力



 レイの言葉にヤミはわずかに眉を動かす。返事はしなかったが、レイは構うことなくそのまま話を続ける。


「さっきお姉ちゃんは、ビッグボアに魔力をぶつけてたよね? あの白い光は、わたしがよく見たことがある魔力そのものだったよ」

「聖なる魔力?」

「うん」


 ヤミの問いかけにレイは頷いた。


「だから、もしかしたらそうかなーって思って、ちょっと聞いてみたの」

「ふーん……」


 生返事をしつつ、ヤミは少し考える。正直に話そうか否か――面倒事は避けたいところだが、都合の良さげな言い訳も思いつかなかった。


「……まぁ、そうだね。確かにあたしは、聖なる魔力が使えるよ」


 故にヤミはそのまま明かすことに決めた。


「ついこないだ、聖なる魔力に目覚めちゃったって感じでね」

「急に?」

「そ、なんか知らないけど急に」


 あっけらかんと答えるヤミを見上げるレイは、軽く茫然としていた。驚いていることは間違いないが、さほどでもない。

 今日の時点でヤミには驚かされっぱなしだったためか、今更それほど大きな衝撃を受けることもなかったと――その可能性は大いにあり得るだろう。


「……聖なる魔力って、血縁とかそーゆーのは関係してたりするのかな?」

「基本的にはそうらしいけど、必ずそうだとは限らないみたい」


 周りに誰もいない物資置き場の物陰――手頃な木材を椅子代わりに、二人は並んで腰を下ろす。


「お母さまがまさにその例外だって、お父さまも言ってたから」

「珍しいことなの?」

「少なくとも、周りは『奇跡が起きたー! 神に選ばれし存在が、我らの元に降り立ってくれたのだー!』とか言って、すごい騒いでたみたい」

「そんなにか」


 思わずヤミがツッコミを入れてしまう。同時に一つの疑問が浮かんだ。


「そもそも聖女って、そんなに凄いもんなの?」

「らしいよ。なんでも聖なる魔力を使いこなせる人が、かなり少ないみたいで」

「要は魔力そのものがレアってことか」

「多分そんな感じだと思う。わたしは正直、そんなものなのかなーとしか思ってないんだけどね」

「……まぁそれはそれで、割とフツーの反応だとは思うけど」


 実のところヤミも、レイと同意見だったりする。

 ここ最近になって割と耳にするようになった『聖女』という肩書きだが、ヤミからしてみれば『何がどう凄いのか?』の純粋な一言に尽きる。

 要するにそれくらい興味がないということでもあり、聖なる魔力が使えるようになったからと言って、それを誇らしく思うつもりは基本的にはない。

 あくまで新しい魔力に興味があるだけだ。

 地位も肩書きもどうだっていい。

 だからこそレイの言いたいことも分かるつもりであり、むしろ否定する要素が見つからないくらいであった。


「レイも聖女の娘ってことは、魔力のほうも?」

「うん。わたしもお母さまと同じ、聖なる魔力の素質は持ってるよ」

「目覚めてはいるの?」

「一応ね。まだちゃんと使いこなせるわけじゃないけど……」

「それでも素質があるんだから凄いよ」


 ヤミが微笑みながら、レイの頭を撫でる。


「じゃあ将来は、レイがお母さんの跡を継いで、大聖堂の聖女を務めるんだ?」

「……だと思ってたんだけどね」


 どこか疲れたように、レイはため息をつく。


「先月くらいだったかな? 強い聖なる魔力を持つ者が現れたって、大神官様から教えてもらったの」

「へぇ、そーゆーのって分かるものなんだ?」

「神様のお告げみたいな感じらしいよ。わたしもよく分からないんだけどね」

「ふーん、それで?」

「その現れた人を大聖堂に呼んで、聖女になってもらうとかどうとか……そんな話し合いが始まってるみたい」


 レイの言葉を聞いたヤミは、頬杖を突きながらも、わずかに表情を強張らせた。


「……その現れた人ってのが、あたし?」

「もしかしたらそうなんじゃないかなって、ちょっと思っただけだよ」


 苦笑するレイだったが、かなり高い確率で当たりのような気はしていた。

 ヤミが聖なる魔力に目覚めたのと、大神官がお告げを聞いたというタイミングが、あまりにも近過ぎる。なにより外部の人が、聖なる魔力に目覚めることなど、そうそう起こり得る話ではないのだ。


「ちなみにだけど、お姉ちゃんは聖女さまになりたいって思う?」

「いや、全然興味ない。てゆーかむしろなりたくない」


 即答だった。迷いのない声を出すヤミに、レイは思わずきょとんとする。


「そ、そんなに?」

「うん」


 またしても即答。見上げるヤミの顔はかなり冷めており、間違いなく本気で言っていることが、幼いレイにも強く感じられた。

 そんな少女に対して、ヤミは深いため息をつく。


「だってなんかメンドくさそうだもん。聖女なんて肩書きもらっちゃったら、自由に冒険したり暴れたりするなんて、多分できない感じでしょ?」

「それは……」


 レイが何か言い返そうとしてみるも、言葉が思い浮かばなかった。自分の母を思い出したことで、その答えが見えてきてしまったのだ。


「そう、だね……お母さまもお祈りや巡礼とか、毎日のように忙しくしてるし」

「やっぱり」


 ヤミは肩をすくめ、軽く笑い出す。


「自由にやりたいこともできない聖女なんて、こっちから願い下げだよ」

「はは……まぁ、お姉ちゃんらしい気もするけどね」


 引きつった声こそ出しているが、それはそれでレイの本心ではあった。そんな少女の安心したような笑みを、ヤミはジッと見つめる。


「もしかして……あたしが聖女になるかもしれないから、不安に思ってたりした?」

「えっ?」


 突然切り出してきたヤミに、レイがきょとんとしながら見上げる。


「急に何の話?」

「いや、だってこのままフツーに行けば、レイがお母さんの跡を継いで聖女になるはずだったんでしょ? あたしがその道を邪魔しそうになったのかなーって、ちょっとばかし思ったもんだからさ」

「あ、ううん、それは別にいいよ」


 今度はレイがあっけらかんと答える。予想に反した表情だったため、ヤミは軽く目を見開いてしまう。


「随分あっさりしてるね」

「少し気になっただけだから。そうなったらそうなったで、わたしも別にいいかなーって思ってたし」

「あらら、そうなの? もしかしてそんなに、聖女になるのが嫌だったとか?」

「嫌ってわけじゃないんだけど……」


 レイは頬を指で掻く仕草を見せながら、恥ずかしそうに笑った。


「結構大変なんだよね……『聖女の娘』っていうのもさ」


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