051 ヒカリとラスターの語らい



「――そっか。ラスターも色々と大変なんだね」


 ヤミとレイが場所を変えて話をしている頃、ヒカリもラスターとともに物陰へ移動したうえで、相談を受けていた。

 解決策を出してあげることはできないかもしれないけど、話してみるだけでも気分は軽くなると思う――そうヒカリから切り出したのだ。

 最初は渋っていたラスターだったが、やがて遠慮がちに相談を持ち掛ける。

 相談と言っても実際は、単なる愚痴を零すだけのものだった。

 しかしヒカリは、それでもいいと思っていた。何せ一番の目的は、ラスターの心を少しでも助けられればというもの。懐いてくれている彼が、まるで弟のように思えてきており、それ相応の保護欲に目覚めたと言われれば否定もできない。

 何もなければそれで良かった。

 それならそれで、自分の思い過ごしだったと素直に認めて謝罪し、明るい話へと切り替えれば済むことだった。

 だが実際は、持ちかけて正解だったと、ヒカリは思っていた。


「お父さんが騎士団長ともなれば、自然と息子であるキミに期待がいくのも、致し方ないことだとは思うよ」

「……ですよね」

「まぁもっとも、ラスターの気持ちも分かるつもりではあるけどね」

「どうも」


 ラスターの声に感情は込められていない。相談相手となってくれているヒカリが、社交辞令の類なのではと思っており、まだ心を開き切れていないのだった。

 それはヒカリも感じており、無理もないと納得はしている。

 いきなりは不可能だ。少しずつ手を伸ばしていくしか方法はない。

 それを改めて胸に刻み込みつつ、ヒカリは優しい表情で、ラスターの顔を覗き込むように視線を向ける。


「それで? ラスターはそもそも、お父さんみたいな立派な騎士になりたいの?」

「……なりたい、とは……正直ちょっと言えないです」


 ラスターは言葉を紡ぎ出す。本当に言っていいのかどうか――そんな迷いがありありと出ており、ヒカリもそれを感じていた。

 しかし何も言わず、穏やかな笑みを浮かべたまま、黙って聞いている。

 ちゃんと最後まで喋らせる――それも心得ている一つであった。


「周りの人たちは、ボクが父上と同じ騎士になるんだって決めつけてるけど……ボクはそんなになりたいとは思ってないんです。そもそもボクは、戦ったりすることが好きじゃないし」

「なるほどね。じゃあ、どんなことだったらやってみたいと思う?」


 ヒカリの問いかけに、ラスターは軽く頬を染めながら視線を動かし、やがて恥ずかしそうに見上げる。


「……笑いませんか?」

「うん。絶対に笑ったり、からかったりもしないよ」


 穏やかに、それでいて絶対的な意志を込めた口調でヒカリは言う。明るければいいというものではない。確かな誠意を見せなければ、この子は答えてくれないと、ヒカリは思ったのだ。

 そしてそれは正解だった。

 ヒカリの返答にラスターは軽く驚き、そして意を決したように口を開いた。


「美味しい料理を作ったり、畑で野菜や果物を育てたりしてみたいです。ヒカリさんみたいなことを!」

「へぇー、そうなんだ。立派な夢だと思うよ?」

「……騎士団長の息子が騎士にならないだなんて、おかしい話だと思って」

「おかしくなんかないさ」


 断言する声にラスターが軽く驚いて顔を上げると、ヒカリが真剣な目とともに、穏やかな笑みを向けてきていた。


「たとえ王族や貴族の跡取りでも、家や仕事を継がずに、自分のやりたいことをやる人はいる。ここ数年はかなり増えているみたいだし、珍しい話でもなんでもない。だからキミの言うことに、おかしさなんてない。少なくとも僕はそう思う」

「ヒカリさん……ありがとうございます」

「礼を言うほどじゃないさ。僕は個人的な感想を言ったまでだよ」


 それでもラスターからしてみれば、ありがたい言葉そのものであった。今までこんなことを言ってくれる人は、彼の記憶する限り、一人としていなかったのだから。


「ちなみにだけど――」


 ここでヒカリが、ふと思い立ったように切り出した。


「レイはこのことを知ってるのかい?」

「ちゃんと話したことはないですけど……多分気づいてるとは思います。ボクもレイが思っていることは、大体分かるつもりですから」

「単にキミがそう思い込んでるだけ、とかじゃなくて?」

「よく言われるんですけど、不思議とそーゆーのは全然ないんです」


 ラスターは苦笑しながら頬を掻く。


「わざわざ口に出して言わなくても、ボクとレイの間では、思っていることや考えていることが、普通に分かっちゃったりするんですよ」

「それは凄いね。まさに双子ならでは、ってことなのかな?」

「多分……」


 ちゃんと確かめたわけでもないため、確証はない。しかしラスターは、それで正解のような気はしていた。

 それだけ彼にとっても、レイは特別な存在なのだ。

 単なる妹や家族とは少し違う。自分自身の『半身』と言われれば、素直に頷けてしまうほどに。


「きっとレイも、今頃ヤミと色々なことを話していると思う」


 青空を見上げながら、ヒカリがぼんやりと呟く。


「あの子も何かしら迷いが吹っ切れて、スッキリした顔をしてるかもしれないね」

「――分かるんですか?」

「なんとなくね」


 肩をすくめるヒカリ。そしてある予想が思い浮かび、苦笑する。


「あの子はヤミのことをお姉ちゃんって呼び始めていたし、話したことで更に仲良くなっているかも」

「――あ、あのっ!」


 ここでラスターが、意を決したように声をかけた。


「ボクも……ボクも呼んでいいでしょうか?」


 震えながらも顔を上げてくる。それを声に出すべく、自然と拳を握り締め、必死に自分を奮い立たせながら。


「ヒカリさんのことを、その――『兄さん』って!」

「――っ」


 その言葉に、ヒカリは目を軽く見開く。ちょっとした衝撃を受けていたのだ。そのまま数秒ほど沈黙が流れ、やがてヒカリはフッと小さく笑う。


「うん、いいよ」


 それを聞いて軽い驚きの表情を浮かべるラスターの頭に、ヒカリはそっと優しく手を乗せる。


「こうして出会ったのも何かの縁だ。しばらくは僕が、ラスターのお兄ちゃんになってあげるよ」

「っ! ありがとうございます!」

「どういたしまして。あと、敬語もいらないよ。兄弟なんだから」

「はい……あ、いや、う、うん……」

「ハハハッ、まぁ、少しずつ慣れていけばいいさ」


 ラスターの敬語は妙に自然過ぎる。これも一種の育った環境なのだろうと、ヒカリは薄々ながら思っていた。

 しかし、全員が全員に対してではない。

 現に双子の妹であるレイには、ちゃんとため口で話している。年相応の子供らしい反応も見られていた。

 それを自分にも惜しみなく向けてくれていいと、ヒカリは心から思っていた。

 形だけとはいえ兄弟――遠慮してほしくない気持ちは極めて強い。


(恐らくヤミも、レイに対して似たようなことを言ってると思うしなぁ……)


 確証はどこにもないが、ヒカリはそんな気がしてならない。特にヤミの場合、雰囲気を出すなどよりも、まず言葉にしてしまう。

 だからこそ裏表が一切なく、そうすればいいのだと相手も判断しやすいのだ。

 もっともそれが、たまにとんでもない空気を生み出すこともあるのが、玉に瑕ではあるのだが。


「――兄さんっ」


 ぽふっと下腹部に小さな衝撃が走る。ラスターが抱き着いてきたのだった。


「えへへっ、兄さん……兄さんっ!」

「うん、よしよし」


 顔をうずめたまま呼んでくる小さな少年の頭を、ヒカリは優しく撫でる。見上げてくる嬉しそうな微笑みは、まさに年相応の甘えん坊な子供であった。


「……へぇー、また仲のいい兄弟がいるもんだ」


 たまたま通りかかった魔族の冒険者が、二人の姿を見てそう呟くのだった――


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る