050 お姉ちゃん



「――へぇ。レイたちには、本当のお姉ちゃんがいたんだ?」

「うん。名前は『ルーチェ』っていうの。会ったことはないんだけどね」


 本来ならば、五歳年上でいたはずの姉――ルーチェ。

 聖なる魔力にとても強く恵まれていたらしく、大聖堂の未来は親子二代にして明るいと言われていたのだとか。

 しかしルーチェが生きていた期間は、とても短いものだった。

 生まれてすぐ大きな事故に巻き込まれてしまい、そのまま成す術もなく、命を散らせてしまったのだという。


「お母さまも凄いショックを受けたらしくて、何年かずっと、聖女のお仕事をお休みしていたみたい」

「そっか……まぁ、無理もないとは思うけど」

「うん。わたしもそう思う」


 流石に話の内容が内容なだけに、空気も少しばかり重くなる。とりあえずヤミは、頭に思い浮かんだことを口に出してみることにした。


「五歳年上ってことは……生きていれば、十三歳になってるってことかな」

「そうなるね」

「じゃあ、あたしともちょうど、五歳違いってことになるわ」

「え、そうなの?」

「うん。だってあたし十八歳だもん」

「へぇー、なんか妙な偶然だね」

「確かに」


 二人は小さな笑みを零す。ほんの少しだけ、重々しい空気が晴れた気がした。

 しかしそれも、ほんの数秒のこと。レイが再び、笑みを浮かべながらも重々しい雰囲気を纏わせてくる。


「実はね――わたしはずっと、ルーチェと比べられてきたんだ」

「え? だって、ルーチェはもう……」

「うん。それなのに……ね」


 レイも聖なる魔力に恵まれてこそいるが、実のところルーチェほどの輝きは、確認できなかったのだという。

 故に周りは、自然とルーチェと比べてしまっていたらしい。


「ルーチェ様の時はあんなに輝いていたというのに。もしルーチェ様が無事にご成長なされていれば、きっと今頃はもっと……なーんてこと言っている人たちが、あちこちにいたりするんだよね」

「……陰口ほど聞こえちゃうもんはないからねぇ」


 大人たちと違って、レイからすればルーチェというのは、『知らない人』そのものである。そんな人と比べられても、どう反応していいか分からないのは、至って自然なことと言えるだろう。

 しかしそれを考慮しきれないのも、残念ながら珍しいことではない。

 良かれと思ってしていることが、単なる余計なことでしかないと、全く気付こうとすらしないことも含めて。


「もしかして――」


 ここまで話を聞いたヤミは、頭の中にある一つの可能性を見出す。


「レイが聖女に対してコンプレックス的なものを感じてたのは、そーゆーこと?」

「あー、うん。そんなつもりなかったんだけど……そう見えてたんだね」


 たはは、と笑うレイの頬は、ほんのりと赤くなっていた。


「両親も気づいてくれて、気にしなくていいとは言ってくれてるんだけど、やっぱりどうしても意識せずにはいられなくて……」

「周りが周りなだけに?」

「うん。それに両親――特にお母さまはルーチェに対して、未だに思うところが強く残っているみたいなんだよね」

「それはまぁ……無理もない話なんじゃない? 母親なんだから」

「確かにそうかもしれないけど。わたしからすれば……なんかちょっとね」


 知らない姉のことを引き合いに出されても、ピンと来ない。どう反応すればいいか分からず、笑みを浮かべて誤魔化すことが基本だった。


「まぁ、確かにねぇ……知らないお姉ちゃんのことを言われたところで、気持ちを分かれって言うほうが無理な話か」


 ため息交じりに放たれたヤミの言葉に、レイはきょとんとする。自分が思い浮かべていたことを、ピンポイントで突いてきた気がした。

 察した、というわけではないのだろう。

 恐らくたまたま答えに辿り着いただけであり、そこに深い意味もない。ついでに言えばそこから話が続くことも、なさそうな気がしてならない。

 だが――


(……ふふっ♪)


 レイは思わず、笑みを浮かべながら心の中で笑う。

 純粋に嬉しくなった。気を遣っているとかそんなのではなく、純粋な心からの言葉であるだけに、尚更であった。


「お母さんがそんなんじゃ、何かと大変だったってわけだ?」

「あー、えっと……そんなことない、とは……正直ちょっと言えないかなーと……」

「だよねぇ」


 歯切れが悪いながらも認めるレイに対して、ヤミは噴き出すように笑う。


「下手に知らないとか分からないって言えば悲しそうな顔をされて、周りからうざったい注意やら何やらを受ける……そんなところかな?」

「……違うとは言えないです」

「なるほどね。そりゃー尚更気にしちゃうのも、なんか分かるような気がするわ」

「でも――」


 ここでレイが、今までとは違う晴れ晴れとした笑みを見せてくる。


「お姉ちゃんと話したおかげで、ほんの少しだけスッキリした気がするよ」

「ハハッ、そりゃ光栄だね」


 ヤミもつられるように笑い出す。そして二人が笑い合う中、レイは両手の小さな拳をギュッと握りしめる。


「お母さまのことも気にせず、わたしはわたしなりの聖女を目指してみせるよ」

「ん? 聖女にはなるつもりなんだ?」

「あくまで、ルーチェと比べられるのがキツイってだけだから。もっとも、周りの人たちは否定するかもしれないけど」

「だったら安心しな。あたしは否定なんてしないから」


 その声は、妙に響いたような気がした。レイが呆気に取られたような表情で見上げてみると、ヤミの真剣な横顔が視界に飛び込んでくる。


「たとえ周りのみんなが否定しても、あたしはレイを絶対に否定しない。レイがなりたいと思う聖女の姿を、あたしは応援するよ」

「お姉ちゃん……ありがとう! わたし、頑張ってみせる!」

「うん、その意気だよ」


 レイの頭にヤミはポンと手を乗せる。そして二人は額をくっつけるように頭を近づけて笑い合う。

 その姿は完全に、年の離れた姉妹の微笑ましい姿そのものであった。

 凛としたヤミの表情をレイは見上げる。そして無意識に呟いた。


「ヤミさんがホントのお姉ちゃんなら良かったのに……」

「こらこら。あたしはもう、レイのお姉ちゃんになってるでしょ?」

「――そうだったね♪」


 そして二人は、再び額をくっつけ合いながら、明るく笑い出す。二人だけの空間はとても穏やかで暖かく、緩やかな時が流れるのだった。


「……くきゅ?」


 その時、ヤミの腕の中で、もぞもぞと小さな存在が動き出した。当然ヤミも、それに気づいて視線を下ろす。


「あ、ごめん、シルバ。起こしちゃった?」

「くきゅ……きゅう」

「いいよ。もう少し寝てな」


 そして再び、シルバは夢の世界へと旅立つ。そんな小さな存在に可愛らしさを覚えた二人は、思わず顔を見合わせ、ひっそりと笑い合うのだった。


 一方その頃――ラスターとヒカリも、彼女たちと似たような話をしていた。


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