052 姉さんとお兄ちゃん
程なくしてイノシシパーティーもお開きとなり、後片付けはギルドが請け負うからと言われ、一番の功労者であるヤミとヒカリは一足先に引き上げた。
ラスターとレイ、そしてたっぷりお昼寝して元気いっぱいなシルバとともに、城下町を経由して城へ戻ろうとする、その最中――
「むー、ズルいズルい、ズールーいーっ!」
レイが頬を目いっぱい膨らませ、これ以上ないくらいのご立腹さを表現していた。
「ラスターってば、ヒカリさんを『兄さん』だなんて……抜け駆けは卑怯だよ!」
「そーゆーレイだって、イノシシ討伐の前には、ヤミさんのことを『お姉ちゃん』って呼んでたじゃないか」
「それとこれとは話が別だよ! レディーファーストって言葉を知らないの?」
「……それこそ絶対に関係ないと思うんだけど」
ぎゃーぎゃーと文句を言ってくるレイに対し、ラスターも一歩たりと引かない。
ここは妹に譲るとか、適当に認めて場を収めるとか、そう言った考えは全く持っていない様子であった。
血を分けた兄妹だからなのか、それとも双子だからなのか――互いが互いに対し、容赦するという概念は一切ない様子であった。
「ほらほら、落ち着いて」
ここでヒカリが、二人の頭を撫でながら止めに入る。
「言い争ったところで何もならないよ。ここはケンカする場所じゃないから」
「「……ごめんなさい」」
そっぽを向きながらも謝罪の言葉は出る。その仕草が、二人揃って全く同じタイミングである点は、流石は双子だとヤミは思った。
「要するにアレでしょ?」
シルバの頭を撫でながら、ヤミは言う。
「それぞれ呼びたい呼び方があるってことなら、遠慮せずに呼べばいいじゃん。あたしたちは別に拒否ったりしないから……そうでしょ、ヒカリ?」
「もちろん! 僕たちのことは、二人の呼びたいように呼んでくれて構わないよ」
ヤミとヒカリが、かがむようにして優しい表情を向けてくる。それに対して双子たちは、背筋に緊張を走らせた。
最初に意を決して口を開いたのは――ラスターであった。
「――ね、姉さん!」
「うん、よく言えたね♪」
一歩前に出ながら放たれた言葉に、ヤミは笑顔で頷く。
そして――
「お、お兄ちゃん!」
「はい、よくできました♪」
同じく一歩前に出ながら振り絞られた言葉に、ヒカリが優しく笑みを浮かべる。
双子たちが揃って笑顔を浮かべたのは、その直後のことだった。
「姉さんっ!」
「お兄ちゃんっ!」
ラスターがヤミに、そしてレイがヒカリに、それぞれ抱き着いた。ヤミとヒカリは優しく受け止め、そして互いに顔を見合わせ微笑む。
真っ赤な夕焼け空の下で、大きな一つの影が出来上がる。
そんな中、小さな翼を羽ばたかせる影が、飛び立つように生まれた。
「くきゅーっ」
元気な鳴き声とともに、シルバが双子たちの間に割り込むように降り立つ。思わずレイが受け止めると、そのまま小さな白い竜の体が、すっぽりとレイの腕の中に納まるのだった。
「あらら……」
思わず驚きの声を出すヤミだったが、シルバは落ち着いていた。むしろここが落ち着くと言わんばかりに、レイの腕の中で寛いでいる。
「へぇ、シルバが僕とヤミ以外で懐いたのは、レイが初めてだよ」
「そうだね。きっとこの子がレイを認めたのかも」
その言葉を証明するかの如く、シルバはレイの胸元に顔をこすりつける。レイも嬉しくなったのか、はにかみながら指で頭を撫でていた。
一方、ラスターの表情は少しだけ浮かない。
レイだけが認められた――そんな疎外感を覚えているのだ。双子なのにどうして、という気持ちも含まれている。
と、その時だった。
「――くきゅっ」
「わわっ!」
シルバは長い首を動かし、ラスターの頬をペロッと舐める。そして互いに数秒ほど見つめ合い、ラスターがそっと手を差し出すと、シルバが再びその指を舐めた。
「……ははっ」
「くきゅー」
ラスターの表情に笑顔が戻り、シルバも嬉しそうな鳴き声を上げる。
そんな彼らの光景を、兄と姉も微笑ましそうに見ていた。
「どうやらラスターのことも、ちゃんと認めていたみたいだね」
「うん。お兄ちゃんだけ除け者だなんて寂しい……って、そういえばさぁ……」
ここでヤミが、素朴な疑問に辿り着く。そして視線をレイに向けた。
「レイからすれば、ラスターもお兄ちゃんになると思うんだけど……ラスターのことはお兄ちゃんって呼ばないの?」
「あー……特にそのつもりはないかなぁ?」
微妙に反応も鈍い。そう言えばそうだっけと言わんばかりだ。レイだけでなく、双子の片割れも同じような反応を示している。
「一応、わたしのほうが妹だって言われてはいるけど、殆ど形だけって感じで」
「ボクたちもそんな気にしてこなかったし、それで困ったこともないし」
「ちなみにだけど、ラスターは今も、何か気になったことってある?」
「別に」
「ん。だったら問題ないよね?」
「ないと思う」
そして双子揃って、ヤミとヒカリを見上げる。なんとなく合わせているのか、シルバも同じように見上げてきていた。
二人と一匹の視線を集め、二人の兄と姉は思わず呆気に取られる。
「あはは……これは僕たちも気にすることはなさそうかな?」
「そだねぇ」
当の本人たちが問題視していないのであれば、何も言うことはない。ヤミとヒカリはその認識を共有し、頷き合った。
人にはそれぞれの形がある。それが親子や兄弟でも、決して例外ではない。
「――ねぇねぇ、わたし思ってたんだけどさ」
するとここでレイが、思い出したようにラスターの服の裾を引っ張った。
「もしかしたらお姉ちゃんって、ホントにわたしたちのお姉ちゃんじゃないかな?」
「レイ……急に何を言い出すのさ?」
ため息交じりの表情は、明らかな困惑が込められている。ラスターの中で、言葉どおりの感情が沸き上がっていることは明白であった。
「確かに姉さんは母上と顔は似ているかもだけど、それだけじゃ……」
「それだけじゃないよ! 聖なる魔力だって使えるもん!」
「いや、だからといってなぁ……これで実際に本当の姉さんだとしたら、出来過ぎているにもほどがあるよ。他人の空似だと思うけど」
「むーっ! ラスターこそ忘れちゃったの? 前にお母さまが言ってたこと!」
双子の兄に顔を近づけながら、レイが感情的な声を出す。
「わたしたちには生き別れのお姉ちゃんがいるって! 十歳も離れたお姉ちゃんが、絶対に行くことができない、遠い世界で暮らしているはずだって!」
その瞬間――本当に一秒も満たないくらいの長さで、時が止まった気がした。しかしそれはあくまで周りだけであって、まくし立てている当の本人は、そのまま興奮気味に続ける。
「わたしたちの誕生日の時、ラスターも一緒に聞いたことあったじゃん!」
「うん……母上が珍しくお酒たくさん飲んで、ベロンベロンに酔っ払った状態でね」
「あ、その言い方、全然信じてないでしょ!」
「むしろあれで信じろっていうほうが、難しいと思うけど?」
「それに、お父さまだって否定してなかったじゃん!」
「そりゃしないでしょ。父上は母上に甘いから、軽く聞き流していただけだよ」
「あーもーっ! ラスターのわからずや!」
「なっ、レ、レイこそ、むやみに決めつけすぎるんだよ!」
「なにをーっ!」
押して受け流し手を繰り返すうちに、完全なる言い争いへと発展する。双子であるが故に上下関係もあるようでなく、容赦する様子も全く見られない。
無論、喧嘩すること自体は必要なことだろう。
それが成長へと繋がるのであれば、黙って見守ることも大切なことだ。
しかしながら、時と場合――そして場所も大事であることも、また確かである。だからこそ、黙って見ているわけにもいかないのも事実。
流石にここではと思ったヒカリは、少々慌て気味に動き出した。
「あぁもう、二人ともそこまで! ちょっと落ち着きなさい!」
双子たちの喧嘩に仲裁が入るのを、ヤミは苦笑しながら見ていた。
そして同時に考えていた。
双子たちの年齢は八歳であり、ヤミは十八歳。そしてヤミと双子たちの母親は、顔がとてもよく似ている。
実に辻褄が合い過ぎているような気がしてならなかった。
「まさか、ねぇ……」
なんとも言えないヤミは、首をかしげながら見上げてくるシルバの頭を、とりあえず撫でるのだった。
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