030 グラードマウンテン到着!
魔界の荒野のど真ん中にそびえ立つ山。険しく高く、それでいて木など植物の類は殆ど自生していない。
グラードマウンテンと呼ばれるその周囲には、村や集落も存在しない。
余程の事情でもない限り、好き好んで訪れる場所ではないだろう。だからこそ、この場所に何かがあると言われれば、納得できなくもなかった。
「人はおろか、野生の魔物すらも、殆どいなさそうだね」
一直線に飛竜が向かう先を見下ろしながら、ヤミが目を細くする。
「あの手紙のとおりなら、ヒカリはあそこにいるはずなんだけど……」
「とりあえず行ってみるしかありませんわ」
オーレリアの声が風に流れてゆき、飛竜は翼を羽ばたかせ、山の頂上を目指して飛んでいく。
手綱を握りながら、オーレリアは山の周囲を見渡す。
(空を飛んでるおかげで、到着するだけなら簡単そうですわね)
グラードマウンテンという山は、いくつもの小さな山が連なって、出来上がった大きな山の総称であった。
目的地は、その中心部にそびえ立つ高い山の頂上。地上から行くとなれば、まず間違いなく小さな山を何回か上り下りする羽目となるだろう。山と山を繋ぐつり橋のような存在も確認はできない。
事実上、飛竜などの空を飛ぶ魔物でも使わない限り、頂上への到達は不可能に等しいと言える。
(相手もそれを見越しているのでしょう。わざわざ手紙をよこしてくるなど、悪趣味にも程がありますわ!)
オーレリアは顔をしかめる。自然と手綱を握る力も強くなっていた。そんな中、ヤミは前方に見える広場の存在に気づき、勢いよく指をさす。
「頂上ってあそこじゃない?」
「えぇ。ひとまずあそこへ降りましょう」
オーレリアが手綱を動かし、飛竜を促してゆっくり降下させていく。程なくして荒れ果てた地面に着地した。
重々しい音と砂煙を立てたにもかかわらず、それ以外は静かだった。
それだけ近くに野生の魔物などがいないということが分かる。二人は少し周りを見渡してみたが、植物も生き物も全く存在していなかった。
「……ホンットに何もない場所だね」
「これほどのものだと、逆に何かがあると言っているような気さえしてきますわ」
「確かに」
さああああぁぁぁ――と、風の流れる音が響き渡る。それ以外は静まり返っていると言えており、自然と緊張感が増してきた。
すぐ傍で地面に大きな魔法陣が光り出したのは、まさにそんなときであった。
「――っ!?」
ヤミとオーレリアが身構えると、そこから三人の人影が現れた。三人とも魔族ではあったが、そのうちの一人である少年はロープでしっかり拘束されており、まさに捕らわれの身である様子を示していた。
「ヒカリ……」
「やぁ。こっちはなんとか生きてるよ」
後ろ手で縛られながらも、苦笑しながらそう言ってきた少年の様子に、ヤミは少しだけ安心したような小さな笑みを浮かべる。見たところ傷つけられた様子もなかったため、尚更であった。
そしてすぐさま、表情を引き締めて現れた二人の人物を睨みつける。
「バロック。お望みどおり来てやったよ。早くヒカリを放しな!」
鋭い目つきで睨みながら、どこから出しているのか分からないくらいの低い声で呼びかける。そんなヤミに対して、バロックは肩をすくめた。
「おぉ、怖い怖い。少しは落ち着かないと長生きできませんよ、お嬢様?」
「戯言なんていらないよ。あたしは逃げも隠れもしない。ヒカリをこっちに渡すくらいのことは、してくれてもいいんじゃないの?」
「やれやれ。全くせっかちな――ん?」
どこまでも余裕な態度を崩さないバロック。だがそれは、ヤミの隣にいる女性の存在に注目した瞬間、呆気なく亀裂が入るのだった。
「なっ! オ、オーレリア嬢? あなたも来られていたのですかっ!」
「え、今頃気づいたの?」
そして険しかったヤミの表情も無と化す。ここにきて何を言ってるんだコイツはという口調だったが、当の本人には聞こえていない。
何故なら――
「ま、まさか彼女まで来るとは……これは流石に予想外にも程があるぞっ!」
頭を抱え、小声で呟くその様子は、我を失っているとしか思えない。そんな彼の隣にいる魔族の男が、はたと気づいた表情を浮かべた。
「そういえば言ってなかったッスかね? あの白髪の女の他に、赤い髪の美人も一緒に乗ってたんスけど……」
「聞いてないぞ。そしてお前は確かに見たんだな?」
「そりゃー勿論ッスよー♪ 流石に見逃すようなヘマはしませんって」
「――だったらちゃんと伝える努力をしろ!」
「あだぁ!?」
ちょっとしたやり取りの末に、バロックから落とされた拳骨で、魔族の男は涙目となる。その衝撃で、拘束していたヒカリを手放してしまい、当の本人はそそくさとヤミのほうへと向かっていく。
「ヒカリ! 無事で良かった」
「はは、おかげさまで」
ヤミは持ってきたショートナイフで、ヒカリのロープを切っていく。それを呆然と見ていたバロックは、再び鋭い視線を魔族の男に向けた。
「おい」
「な、なんスか?」
「お前はどうしてあの小僧の足も縛っておかなかった?」
「いや、あの……」
「どうしてだと聞いているんだが?」
「……足まで縛ったら、俺っちが運ぶのメンドいなーとか思っちゃったりして」
必死に言い訳を探す魔族の男だったが、更に凄まじさを増したバロックの睨みに抗えず、素直に明かすのだった。
しかし内容的に、とても間抜けとしか言いようがない始末であるため――
「こ、の……ドアホウがあああぁぁーーーっ!」
「ふぎゃっ!」
バロックから盛大な折檻を受けるのは、むしろ当然としか言えないだろう。
「貴様というヤツは――」
頭を押さえて身を縮めようとした男の胸倉を、バロックは掴み上げる。
「どこまでも私の計算を狂わせおって……ふざけるのも大概にしろ!」
「ひいぃっ! す、すんませんでしたッスうぅ~~~」
「すんませんで済む問題ではない!」
「ぶひいいぃぃっ!」
凄まじい声で怒鳴り散らすバロックに、魔族の男はただただみっともなく涙を流すことしかできない。
もはや最初に見せていた悪の威厳は、完全に消滅してしまっていた。
「――全く見苦しいですわね。くだらないイザコザは、そこまでになさい!」
その時、深いため息とともに、凛とした声が響き渡る。周りが注目する中、オーレリアの視線はまっすぐバロックに向けられていた。
「そもそも全て、あなたの詰めの甘さが招いた結果ではありませんか。部下の管理も碌にできないだなんて……そういうところはホント、学生時代から何も変わっていないことが、よーく分かりましたわ」
「オ、オーレリア嬢。私はただ、キミを――」
「気安く名前を呼ばないでくれませんこと? 恋人や友人でもないのですから」
「ぐっ……!」
バロックの表情が歪む。ショックを受けているというよりは、思いどおりにいかなくて悔しいと言ったほうが正しそうであった。
そんな中、ヤミが恐る恐る隣に立つ友達に声をかける。
「オーレリア。もしかして、あの男とは知り合いか何かだったり?」
「えぇ。遺憾なことに。何せ彼は――」
その言葉どおり、全力で忌々しそうな表情を浮かべ、オーレリアは言う。
「かつてわたくしに一目惚れした挙句、ブランドン様から敗北の烙印を押されてしまった哀れなお方ですもの」
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