029 壮大なる逆恨み



 十三年前――前魔王は人間界から聖女を連れ去ってきた。

 その際に主導で動いていた貴族がおり、転移魔法のスペシャリストとしても、魔界では有名であった。

 しかし、大聖堂の若き騎士が迅速に動いたことで聖女は奪還。神に選ばれし存在を傷つけたとして、魔界側の責任問題にまで発展した。

 そこで当時の魔王は、主導で動いていた貴族に全責任を擦り付けた。

 完全なる『トカゲの尻尾切り』であることは誰もが感じていたが、反論する声は終ぞ出なかった。


「しかし処刑されたのはその貴族の男のみ――家族は秘密裏に逃がされたのだ」

「ふーん。そーゆーことね」


 冷静な口調で言ってのけるヒカリに、バロックが眉をピクッと動かす。


「まるで分かっていたような口ぶりだな?」

「分かっちゃいないさ。兄さんたちの話を聞いて、ある程度の個人的な推測を立ててただけだよ。それが今の話で、ほぼほぼ確定したようなもんさ」

「ならば、その確定した推測とやらを話してもらおうか」

「別にいいけど」


 心の中で肩をすくめながら、ヒカリは語り出す。


「要はその処刑された貴族とやらの息子か何かが、あんたってことでしょ? ヤミの聖なる魔力を利用して古代の竜を復活させ、兄さんたちを――正確に言えば魔界王家に対して復讐しようとしている。推測したのはこんなところだね」

「ほぅ――なかなか見事だな」


 バロックは演技じみた拍手とともに笑顔を浮かべた。


「概ね正解であると言っておこう。よくぞ私の気持ちを推測してくれたものだ」

「そりゃどーも」


 目を逸らして吐き捨てるようにヒカリは言う。明らかに嬉しくないという気持ちを表現していたが、バロックからすればどうでもいいことであった。


「処刑された私の父上は、当時の魔王に忠実であった。どの貴族よりも一番の信頼を得ていたと、聞かされたこともある。それなのにあの魔王は――」


 誇らしげな笑みを浮かべていたバロックは、突如としてその表情を歪める。


「切り捨てたのだ! それどころか父上がそそのかしたと流し、周りもその言葉を信用させた。真実か否かは関係ない。誰も魔王の――王家のトップの言葉に逆らうことなどできないのだから!」


 そりゃそうだろうなぁ、とヒカリは頭の中で冷静に思う。

 本当に義理人情の欠片もない人であり、未だそれを恨んでいる者もいる。バロックがまさにその一人であることは、もはや疑いようのない事実だった。


「私は母方の遠い親戚に引き取られた。そこでの生活は、まさに地獄だったよ」


 この瞬間、ヒカリの中で一つの線が結びついた。境遇が似ているというのは、そこからも来ていたのかと。

 そんな彼の目を見開く姿に気づくことなく、バロックは続ける。


「当然と言えば当然だ。魔王に目を付けられて処刑された男の息子など、厄介以外の何物でもないことぐらい分かる」

「……それであんたは怒りの矛先を、全て魔界王家に向けたってことか」

「あぁ。そのとおりだ」


 冷静に呟くヒカリの声に、バロックは頷いた。


「父上を処刑して、当時の魔王が資料を全て廃却したのが功を奏した。おかげで私が水面下で動いていることも、周りは気づくことすらなかった。そして時が近づいてきたと思ったその時――クーデターが起こったのだ!」


 バロックは忌々しそうに歯をギリッと噛み締める。


「評判の悪い魔王が滅び、新たな魔王の就任に魔界中が喜んだ。しかし私はちっとも嬉しくなかった」

「獲物を横取りされたとでも思ったのかな?」


 語りを遮るように言葉が放たれる。バロックの視線が注目したのを見て、ヒカリは淡々と続ける。


「それで怒りの矛先を、魔界全体にでも向けたんじゃない? おおかた古代の竜を復活させたら、兄さんや魔王の城だけじゃなくて、この魔界全てを灼熱の炎で包み込もうとか思ったんじゃないの?」

「――素晴らしい。やはりキミは私の気持ちをよく理解してくれてるようだね」


 目を見開いていたバロックは、満面の笑みを浮かべて両手を広げる。


「やはり似たような境遇であるキミも、この素晴らしい計画に感動したようだ」

「呆れてるんだよ、僕は」


 ヒカリは大きなため息をついた。勝手な思い込みをされたくないと、比較的大きめの声になってしまう。


「聞いてみれば、単なる逆恨みもいいところじゃないか。要は肩透かしを喰らって悔しくて仕方がなくて、その憂さ晴らしがしたいってだけでしょ?」

「――黙れ! 貴様に何が分かる!?」


 バロックは激号する。突然の大きな声に、ヒカリは思わず驚いてしまう。


「ビックリしたぁ……」

「十三年もかけて壮大な復讐を計画してきたのに、あの野郎が全て横取りした。おかげで私がどれほどの喪失感を味わったか、貴様には分かるまい!」

「うん。分かりたくもないよ」


 本心ではあるが、本人からすればいい加減な返事に他ならないレベル。しかしバロックはそれに対して追求しない。何故なら、激しい怒りに燃えて聞いていないも同然であり、ヒカリもそれを見越しているのだった。

 もう何度目になるか、ひっそりとため息をつきながらヒカリは思う。


(とりあえず敵さんの思惑は分かったけど……厄介なことに変わりはないよねぇ)


 理由はどうあれ、古代の竜が復活して暴れ出せば、魔界の危機なのは確かだ。今のバロックならば迷いなく行う。それだけは間違いないだろう。


(おまけに僕も人質で、何もできない状態だからなぁ)


 あまりの事実に思わず色々と突っ込みを入れてしまったが、手足が拘束されて自由を失っている点は変わらない。ついでに言えば、ヤミのように戦う力も何一つ持っていないのだ。

 つまり、いつどのタイミングで、自分の命がどうなったとしてもおかしくない。

 状況は刻一刻と、悪い方向に転がり続けていると、改めて認識させられる。


(参ったな……ここらへんでヤミあたりが駆けつけてくれればと思ったんだけど、そんな都合のいい展開がそうそう起こるわけもないし……)


 それは決して高望みなどではない。良くも悪くも、弟分としてヤミの性格を知り尽くしている彼だからこそ思えることだった。

 ヤミも自分も、家族というものに恵まれてこなかった。

 それ故に互いが互いを大事にする。危険が迫れば黙っているつもりはない。

 ヒカリは戦う力を持たず、動ける範囲は限られてしまう。だから結果的に黙って待つしかない状況に陥りやすい。

 だが、戦う力も動く力もあるヤミの場合は――そんな期待もあったが、流石にこれは出来過ぎかとも思った。


(そうだよね。世の中そんなに事が上手く運べば、苦労なんて――)


 ヒカリが目を閉じて苦笑していたその時、ノックもなく扉が勢いよく開かれた。


「バロックさんっ! ドラゴンが一匹、こっちに向かってるッス!」

「何?」


 バロックが目を見開きながら振り向くと、手下の男が息を整えながら言う。


「その背中にはオンナが……例の白い髪の毛のヤツがいるッスよ!」

「……ほぅ、そうか。どうやらまんまと、我々の網にかかってくれたらしいな」

「はい。いよいよ始まるッスね!」


 ニヤリと笑うバロックと手下の男。見るからに不穏な空気を流す中、ヒカリは呆然とした表情で――


(うわ、本当に駆けつけてくれたよ。タイミング良くて助かったけど)


 緊張感もなく、そんなことを考えていたのだった。


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