028 ヒカリ、捕らわれる



(……ジッとしてるのも飽きてきた)


 ヒカリは心の中で呟いた。それが妙な空しさを引き起こし、気分を重くさせる。それを少しでも払拭したいがために、深いため息をつく。


(あーもう、なんかすっごい面倒なことになってきちゃったもんだなぁ……)


 拘束されて身動きが取れないながらも、ヒカリは改めて少しでも状況を把握しようと周囲を観察する。

 光が殆ど差し込まない薄暗さであるため定かではないが、恐らく小屋らしき場所にいるのだということが分かる。少なくとも城の敷地内ではない。耳を澄ませても風の音くらいしか聞こえず、木の葉を揺らす音はまるで聞こえてこない。

 植物の少ない荒野のど真ん中か山か――少なくとも森ではなさそうであった。

 しかしそれが分かったところで、状況が変わることもなかった。


(そもそもなんで僕は、こんな目にあってるんだっけ?)


 ヒカリは空を仰ぎながら記憶の糸を手繰り寄せる。


(えっと……いつもと同じように畑仕事をして、ついでにヤミの分の朝ごはんも作ろうとして厨房へ……そうだ、そこでいきなり足元が光り出したんだっけ)


 そして気がついたらこの有様である。

 時間が経過したことで、いい加減に冷静さも戻ってきており、それなりに情報を整理することぐらいはできるようになっていた。


(アレって多分、魔法だったんだろうな。転移魔法かなんかで僕を連れてきて、ここに閉じ込めてるってところか)


 魔法の存在自体は、至って不思議でもなんでもない。転移魔法そのものはヒカリも何度か見たことがあるため、尚更であった。

 問題は何故、自分がこのような目に巻き込まれたかである。

 如何せん存在そのものが色々と微妙な点も多く、心当たりが全くないとは言い切れないのが正直なところであった。


(今頃、城は大騒ぎになってるんだろうな……周りにメイドもいて、バッチリ見られてたと思うし)


 見られていたどころではない。厨房を借りてもいいかどうか、コックに話しかけようとしていた。当然コックもヒカリの存在を認識している状態だったため、誰も気づかれずに巻き込まれたということは、決してあり得ない。

 妙な場所に連れて来られてから、それなりの時間は経過している。しかし暗い場所であるため、昼か夜かは分からなかった。


(参ったな……本当に捕まってる以外の状況がよく分からないや)


 せめて誰か来てくれればと、そう思っていた矢先――扉の開く音がした。


「おっ、なになに? やっと起きてくれた的な?」


 なんともチャラチャラした口調を放つ魔族の男が、ニヤニヤとした薄気味悪い笑みを浮かべてくる。

 ヒカリは一瞬で思った。この男とは絶対に仲良くしたくないと。


「折角俺っちが連れてきたってのに、ずーっとグースカ眠っちゃってさ。もーマジ退屈極まりないってんだよねぇ。あり得なさ過ぎるわ」

「……それで?」

「だからこうして起きたことが嬉しいってのよ。そうすれば俺っちと色々と会話的なことができるじゃん? もーこんな山ン中じゃなにもねぇから、マジでヒマ過ぎてたまんねぇっつーかなんつーかさぁ!」

「ふーん……それで?」


 どこまでも気持ち良さそうに語る男に対し、ヒカリはどこまでも冷めた表情を浮かべるばかりだった。

 流石に気づいたらしく、男は顔をしかめて見下ろしてくる。


「なになにぃ? つまんねー反応ばっかりじゃん? キミってば自分の立場ちゃんと分かってたりしないの? 人質だよ? ひ・と・じ・ち!」

「人質、ねぇ。お金でも欲しいの?」

「そんなんいらねぇよ。これだから出来損ないは頭が弱いから困るってなぁ♪」


 肩をすくめながらヘラヘラと笑う魔族の男。ヒカリは目を細くするが、それは怒りではなく、彼の放ったとある一言に注目したからだった。

 しかし魔族の男は、それを怒りだと判断して見下す笑みを浮かべる。


「おぉ、怖いカオしちゃって。戦う力もないのに、そんな態度しちゃってホントに大丈夫なのかニャー? 現にお城にオーガや魔物たちが襲って来た時も、キミってば周りに騒ぎを知らせる以外、何もできなかったっしょ?」

「まるで見てきたかのような言い方だね」

「いやぁ、ホントあれは圧巻以外の何物でもないよね! 首輪を外した動物があんな暴れ方をするんだなぁって、改めて思い知らされた気分だったよ」

「ふーん」


 人の話を聞かない魔族の男に対し、どこまでも淡白な反応しか示さないヒカリ。しかし彼は敢えてそうしていた。


(ベラベラとよく喋る人だなぁ……)


 ヒカリは心の中でため息をつきながらも、今しがた明かされた言葉に対して、少しだけ気になることがあった。


(あのオーガ襲撃も、コイツの仕業ってことなのかな? にしては、なんか他人事みたいに言ってるような……まぁ、犯人なんて大体そんな感じか)


 とりあえずヒカリはそう自己完結しておいた。

 色々と気になることはあるが、ここで下手に追及したところで、相手が口を閉ざすことは目に見えている。

 話が拗れるくらいなら余計なことはしない――そう思った時であった。


「――おんやぁ? 遂にダンマリ? バロックさんの作戦を遂行した俺っちが、そんなに怖くなっちゃったの? いやぁホント参ったなコリャ」


 心から気持ち良さそうな笑顔で、相手は勝手にベラベラと喋り始めてきた。

 これには流石のヒカリも、少しばかり驚いてしまう。


(いやいや、いくらなんでも喋り過ぎじゃない?)


 敵ながら不安に思ってしまった。彼の裏にいる黒幕的な存在も分かってしまい、もはや情報操作も何もあったものではない。

 とはいえ――


(まぁ、喋ってくれるのはいいとして、話が逸れるのだけは勘弁かな)


 ヒカリも関係ない話を黙って聞くつもりは毛頭ない。だからここでようやく、少しだけ焚きつけてみることにした。


「それで? 結局あんたたちは何が狙いなのさ? 何か凄いものでも――」

「トーゼンっしょ。今回俺っちたちは魔力的なヤツを……っと、いけねいけね。これ以上喋っちまったらどやされちまうぜ。あぶねーあぶねー」


 汗も出ていないのに手の甲で拭う仕草を演じてみせる男。それに対するヒカリは無表情だった。もはやウザいという気持ちすら出すのも億劫であった。


(……なんかもう、色々とフツーに分かっちゃったな)


 ヒカリは冷めた目で男を見上げていた、その時であった。


「何が『あぶねーあぶねー』だ? ベラベラ喋るにも程があるだろうが!」

「あだぁっ!?」


 後ろから近付いてきた上質な服装の魔族の男から拳骨を喰らい、男は両手を抑えながらうずくまる。


「まぁいい。どのみち私の口から全てを話すつもりだったからな。些細な問題だ」

「そ、それなら別に殴らなくても――」

「文句でもあるのか?」

「……ごめんなさい、ありません」

「よろしい」


 殴られた男は睨まれたことであっさり敗北を示す。

 そして――


「外の様子を見てくるッス~」


 と言って、そそくさと退出してしまった。ここにいたら、またバロックに殴られるのがオチだと思ったのだろう。

 それ自体は決して間違っていないと、ヒカリは思っていた。


「さてと、これでゆっくりと話すことができるな」


 上質な服装の男が、フッと笑いながらヒカリの前に出てくる。


「私はバロック。魔界貴族の一人だ」

(うん。名前はさっきの人から聞いたよ)

「あのバカが余計なことを話してくれたおかげで、私の話すことがなくなってしまったのは遺憾だが、まぁそれは別に些細な問題ではある」

(それもさっき聞いた)


 バロックと名乗った男が言葉を放つ度に、ヒカリは心の中で冷めたツッコミを淡々と入れていく。身の安全を守るために声を出さなかったことを、我ながら褒めてやりたいとすら思えてくる。

 そんな中、バロックは勝ち誇った笑みで見ろ押してきた。


「ここは一つよろしく頼むよ、かつて追放された出来損ないの魔界王子君?」


 完全なる説明口調でバロックは言う。確かにそのとおりではあるため怒ることもないのだが、やはり多少なりの苛立ちは感じてしまい、ヒカリは顔をしかめる。

 それを察したバロックは、フッと笑みを深めた。


「あぁ、これは失礼。別にキミをバカにしたわけじゃあないんだ」

「ふーん」


 馬鹿にしているようにしか聞こえない口調だったが、それを掘り下げたところでどうにもならないことは分かっているため、ヒカリは全力で横に流す。


「じゃあどんなつもりだったのさ?」

「いい質問だね」


 待ってましたと言わんばかりに、バロックが人差し指を立てる。ヒカリはもう真面目に聞く気すら失せ、目を閉じてしまったが――


「キミは私と境遇が似ている。だからこそ親近感を覚えてならないのだよ」


 それを聞いた瞬間、ヒカリは思わず目を見開いた。そして無意識に見上げると、これまた見事な笑みを浮かべたバロックが、ニヤッと唇を釣り上げる。

 その反応を待っていたと、そう言われたような気がした。


「全ての始まりは、十三年前――私の運命はそこから翻弄されていったのだ!」


 バロックは目を閉じ、懐かしむように語り出した。


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