027 消えたヒカリ
「ヒカリが魔法陣に巻き込まれて消えた、か――」
執務室にて、ブランドンが重々しい表情を浮かべていた。
「まだ事態が終わっていないことは承知していたが、まさかこうも早く手を出してくるとはな」
「申し訳ございません。オーレリア様とヤミ様に監視の目を集中させており、ヒカリ様のほうまで手が回りませんでした」
「いや、私も想定外だった。もう少し深く考えておくべきだったな」
側近の謝罪に対し、気にするなと手をかざして示しつつ、ブランドンは考える。
まさか弟を狙ってくるとは思わなかった。しかし考えてみれば、むしろ当然とすら思えてくる。
(戦闘能力を持たないヒカリならば、狙いやすいことこの上ない。聖なる魔力を持つヤミの関係者とくれば尚更だ)
ブランドンは机の上に置かれている手紙に目を落とす。ヒカリが消えた場所に落ちていたのだ。
そこにはご丁寧に、犯人の名前も書かれていた。
「バロック……やはりヤツが動き出したか」
真犯人の存在自体は、最初から分かっていた。魔界騎士からの報告で、手下とともに逃げ出したという情報は得ていたため、なんとしてでも見つけ出すよう命じた矢先のことだった。
このまま大人しくしているはずがない――その予測は、悪いタイミングで的中してしまった。
「出来損ないの追放魔界王子を助けたければ、聖なる魔力を秘める白髪の女を連れてグラードマウンテンへ来い――か」
手紙にはそう書かれていた。これだけでバロックが何をしようとしているか、嫌でも分かってしまう。
「あの男……やはり古代の竜を呼び覚まそうとしているようだな」
「十五年前の事件と同じということですか?」
「あぁ」
側近の問いかけに頷きつつ、ブランドンは脇に置いてある資料を手に取り、それをめくり出した。
(何故、バロックがこのような行動に出たのかは、未だ掴めていない。しかしこうなってしまった以上、それを考える必要性はなくなったも同然か)
既に事態は動き出している。ヒカリを助け出しつつバロックを捕えれば、自ずと全てが明らかとなる。
ならばこれからするべきことは、ただ一つしかない。
「――ブランドン様」
するとここで、側近が頭を下げながら、落ち着いた口調で切り出した。
「僭越ながら申し上げさせていただきたいのですが」
「言ってみろ」
「では」
そして側近は顔を上げ、真剣な表情をブランドンに向ける。
「ヒカリ様はあなた様の弟君。大切に思われておられることは、この私もよく存じております。しかし現在の魔界王家とは何の関係もないと言われれば、それまでの存在でもあるのです」
「……何が言いたい?」
「ここで無暗に動かれては、相手の思う壺かと」
「ほぅ――」
見捨てるのが得策、ヒカリが消えたところで痛くも痒くもない――そう言いたいのだとブランドンは察した。
事実、そのとおりではある。間違っている部分はない。
今の自分は魔界のトップに君臨する存在。ならば優先する順位も、自ずと決まってくるというものだ。
(納得してはおらんが……如何せん反論できる余地もないな)
重々しく目を閉じてブランドンが頷こうとした――その時であった。
「ブランドン様! すみませんっ!」
ドンドンドン――と、けたたましくノックをしてくる音とともに、酷く慌てた声が聞こえてくる。
声からしてメイドの一人であると気づいた。
ブランドンの頷きを合図に、側近がゆっくりとドアを開ける。
「どうしましたか? 何か緊急事態でも?」
「そ、そうなんですっ!」
語り掛けてきた側近を押しのける勢いで、メイドのキャシーが飛び込んでくる。そして無理やり息を整えつつ、口元を震わせながら告げる。
「ヤミ様とオーレリア様が、飛竜に乗って城を飛び立ってしまいました!」
その瞬間、側近は口を開けて呆然とする。それはブランドンも同じだったが、すぐさま顔を伏せながら、口元をニヤリとさせた。
やはりそうきたか――と、言わんばかりに。
◇ ◇ ◇
魔界の荒野のど真ん中を、一匹の飛竜が翼を羽ばたかせ飛んでいる。その背には二人の少女が、真剣な表情で乗っていた。
「まさかこんな簡単に抜け出せるなんて……ヤミさんのおかげですわ」
オーレリアがギュッと手綱を握り締める。その後ろからは、ヤミが彼女の腰に手を回して、しっかりとしがみついていた。
「正確には、魔法具をくれたオババ様のおかげだけどね」
使用者の気配を消す効果は、厳しく見張っている兵士たちの目を、いとも容易くすり抜けてしまった。
おかげで騒ぎになることもなく、こうして飛び出すことができたのだが、流石に上手く行き過ぎてる感が強く、仕掛けた張本人であるヤミも、後になって軽く戸惑ってしまっていた。
「いやー、まさかここまで凄い効果があるとは、正直思ってもみなかったよ」
「魔法具としては一級品モノですわね。そんなものを臨時報酬でもらうだなんて、そのお方はとても太っ腹なのだとお見受けいたしますわ」
「……そうだねぇ」
確かに勢いの凄いおばあちゃんだった――それがヤミの正直な感想である。
加えて言えば、この手の魔法具もあのおばあちゃんならば、当たり前に持っていそうだと何故か思えてしまい、何の不思議にも思うこともなかったのだ。
(じいちゃんの知り合いっていう点でも、アレだもんなぁ……)
思い浮かべたのは、どこか懐かしい笑顔であった。しかし今はそれどころではないのも確か。ヤミは即座に気持ちを切り替え、話を本題に戻すことに。
「ところでさ。そのグラードマウンテンってのは、どれくらいかかるの?」
「この調子で飛んでいけば、そう長くはかかりませんわ」
威勢よく答えつつ、オーレリアは手綱を操作し、飛竜の高度や方向がずれないよう調整する。
そして軽く後ろを振り向き、強気の笑みを浮かべてきた。
「ですからヤミさんも安心してくださいまし。ヒカリさんは無事です。わたくしたちで必ず助け出しましょう!」
「オーレリア……」
とても頼もしい友人の励ましに、ヤミは軽く感激する。それと同時に、少しばかりの申し訳なさをも感じてしまっていた。
「なんか、ホント悪いね。ここまで付き合ってもらっちゃってさ」
「気にすることはありませんわ」
オーレリアは前を向いたまま答える。
「ヒカリさんの救出へ付き添うと決めたのは、わたくし自身の意志によるもの。たとえ何かあっても、それは全てわたくしの責任に他なりませんわ」
「そうかな?」
「えぇ。とりあえず事が終わったら、一緒に謝ってくれると助かりますが」
「それは勿論だよ。むしろあたしからお願いしたいくらいだし」
「ならば決まりですわね♪」
そして二人は笑い合う。緊迫した状況の最中ではあるが、下手にずっと緊張し続けるよりはいいのかもしれない。
「わたくしとしては、ヤミさんの決断力のほうに驚かされましたわ」
落ち着いた声に戻しながら、オーレリアが言う。
「ヒカリさんを連れ去ったお相手から、わざわざわたくしたちの元に手紙が転移されてきた……あなたはそれをご覧になられて、迷うこともなく動きましたわね。罠である可能性は考えませんでしたの?」
「そりゃーあたしだって、それくらいのことは考えたよ。でもね――」
自然とオーレリアの腰に手を回すヤミの力が、少しだけ強くなった。
「ヒカリはあたしの弟分――いや、それ以上に大切な存在なんだ」
「大切な、ですか?」
「うん。だからあの子は、あたしが自分の手で助けてやりたい。それだけだよ」
ハッキリとした口調で言い切るヤミの言葉に、オーレリアは前を向いたまま軽く呆然とする。しかしすぐにその表情は、小さな笑みとなった。
「ヤミさんのお気持ちは分かりましたわ。その強い意志に、わたくしはどこまでも従わせていただきます」
「――ありがとう。じゃあまずは、目的地まで一気に飛ばしちゃってよ!」
「はいっ!」
二人の少女の意気込みに答えるかの如く、飛竜も勢いよく雄叫びを上げ、翼を力強く羽ばたかせる。
荒野の先には、黒雲に覆われている険しい山がそびえ立っていた。
目指すグラードマウンテンは、もはや目と鼻の先であった。
― あとがき ―
本日より更新再開となります。
また、旧001話の前段階の展開として新001~003の三話分を執筆し、新しく差し込む形で公開しました。
それに伴い、これまで公開したお話の話数も修正させていただきました。
(例えば旧001話は『004話』となっています)
混乱させるようなことになってしまい、本当に申し訳ございません。
これからも本作品を、どうぞよろしくお願いします<(_ _)>
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