026 ヤミに隠された謎



「いやー、終わった終わった」

「結構かかったね」


 魔王城の廊下を歩くヤミとヒカリ。路地裏で起きた騒ぎの事情聴取を終えると、既に外は真っ暗となっていた。


「まさかブランドンが直々に取り調べするとは思わなかったよ」

「兄さんも呆れてたね。炊き出しの件も含めて」

「別に悪いことはしてないでしょ?」

「まぁ、ね」


 しれっと言い放つヤミに、ヒカリは苦笑する。殆ど散策に等しい買い出しが、どうしてこのような大きな出来事に繋がるのかと言いたくなる気持ちは、あながち分からなくもない。

 現にヒカリも、似たようなことを炊き出し中に思っていたため、尚更あれこれ言い返すこともできなかった。


「でもほら、兄さんも別に説教してきたわけじゃなかったから」

「似たようなもんだと思うけどねぇ。少しは大人しくしてくれてもいいんだぞ、なんて言い方されたらさ」


 ため息交じりに不満を漏らしながら、ヤミは部屋の扉を開けた。


「そもそもあたしたちは巻き込まれただけじゃんか。自分から騒ぎを起こした覚えなんてないっつーの」

「ハハッ、兄さんも色々と大変なんだよ。立場ってものがあるからね」


 ヒカリも一緒の部屋に入り、扉を閉めた瞬間、ボフッという音が聞こえる。ヤミがベッドにでも飛び込んだのだろうと思って振り向いてみたら、案の定の姿を披露していた。

 そのまま沈み込み、ベッドと同化するのではないかという勢いで。


「そりゃまー、立場持ってる人が色々と面倒なのは、分からなくもないけどさー」

「ヤミには理解できそうもないね」

「うん」

「あ、そこは頷くんだ」


 天井を見上げながら同意の声を出すヤミに、ヒカリは軽く呆気に取られる。下手な言い訳をしないという点では潔いと言えそうではあるが、それはそれでどう切り返したものかと迷ってしまう。

 もっともそれが、ヤミの良いところでもあるとも思ってはいたが。


「それにしてもさー」


 ヤミが寝転がったまま、間延びした口調で切り出してきた。


「まさかヒカリを奴隷にしてヤツが来るなんて、思いもしなかったわ」

「全くだね。アレは僕も流石に驚いたよ」


 ヒカリも近くに置いてあった椅子を引っ張り出し、そこにゆっくり腰掛ける。


「ヤミがいてくれてホント助かった。もし僕一人だったら、今頃また奴隷紋章の餌食となっていただろうからね」

「だねぇ。あたしも久々に、自分の特殊体質を思い出しちゃったよ」

「ん? ってことは今まであまり……あぁ、封印魔法を仕掛けられること自体、そうあることじゃないか」


 あまりなかったのかと尋ねかけたヒカリだったが、そもそものケースに思い立って苦笑する。なんとも間抜けなことを聞きそうになったものだと笑いながら、改めて姉貴分の体質について思い出してみた。


「その特殊体質も、僕の奴隷紋章を破壊したことで、初めて発覚したんだっけ?」

「うん。それからもじいちゃんが実験材料を持ってきてくれて、色々と試してはみたんだけど……」


 その時のことを思い出したヤミは、思わず吹き出してしまう。


「これがまた、面白いくらいにバンバン破壊しちゃってねー」

「はは。あのお爺さんも、よくそんなに用意したもんだ」

「ホントだよ」


 あはははは――と、二人の笑い声が部屋に響き渡る。純粋に面白くて仕方がないと言わんばかりの光景が広がっていた。

 しかしここで、ヤミの笑い声がフッと途絶える。


「でもさ。今はまたちょっと、別の意味で不思議だったりするんだよね」

「ん、どんな?」


 きょとんとするヒカリに、寝転がっていたヤミが勢いよく起き上がってきた。


「それがね、今までは魔力が思うように放てないって感じだったんだけど、今はなんかスムーズになってるってゆーか……心なしか体そのものも、かなり軽くなったような気分なんだよね」

「……ちなみにそれって、いつぐらいから?」

「今朝、目が覚めたあたりから」

「ってことは……」


 ヒカリは顎に手を当てながら数秒ほど考え、やがてある一つの推測に辿り着く。


「もしかしたらそれ、ヤミの中にある『聖なる魔力』が覚醒したからかも」

「……聖なる魔力?」

「うん」


 首を傾げるヤミにヒカリが頷いた。


「兄さんが言ってたけど、ヤミがオーガに無我夢中で放った魔法――あれは聖女が使っていた『聖なる魔力』で間違いないそうだよ」

「へぇ、そうなんだ」

「だからきっと、聖なる魔力の目覚めが、ヤミの魔力コントロールを円滑にしてくれてるのかもしれないね」

「そっか……」


 ヤミは思うところがあり、俯いてシーツを握り締めながら考える。


(じゃあ、あの時に見た夢も――)


 何かと話していた、それは現実でないが現実だった――例えて言うならば、そんなところだったのかもしれない。

 そう考えれば、全てがしっくりくるように思えた。

 体が軽く感じるのも気のせいではなく、中で喜びを示している影響が出ているのだとしたら。

 証拠も何もない推論に過ぎないが、何故かヤミはそれを否定したくなかった。

 むしろこれしかない。そうであってほしいとすら思えてくるから、なんとも不思議な気分である。


「いずれにしても、まだまだ何か隠されていることがありそうな気がするね」

「うん。でもそれならそれで、ちょっと楽しみかも」

「楽しみ?」

「だってさー」


 どこまでも軽い口調で言いつつ、ヤミはヒカリに視線を向ける。


「そう考えるほうが、圧倒的に面白いでしょ?」


 そしてニカッと笑みを浮かべた。言葉のとおり、どこまでも楽しいということを表すかのような表情に、ヒカリはしばし呆気に取られるも――


「……そーだね」


 自然と体から余計な力が抜けるのを感じつつ、穏やかな笑みが出るのだった。

 どこまでもヤミは変わらない――それを改めて知れた気がして、ほんのささやかな嬉しさを感じながら。



 ◇ ◇ ◇



 そして翌朝――ヤミはオーレリアに誘われる形で、城の廊下を歩いていた。


「朝風呂なんて、あたし初めてだよ」

「そうなんですの? 気持ちいいですわよ。ヤミさんならもしかしたら、虜になってしまうかもしれませんわ」

「マジで? そりゃ楽しみだ」


 ヤミのケタケタと笑う声が、早朝の静かな廊下を流れてゆく。外から入り込むひんやりとした空気が、とても心地よく感じられる。


「そしてヒカリは、今日も朝早くから、裏庭で畑仕事か……」

「精が出ますわよね。ヒカリさんの作ったお野菜、とても美味しいですし」

「うん。もうすぐいくつか新しい実が成るって言ってたから、ホント楽しみだよ」

「えぇ」


 今度はどんな野菜を味見させてもらえるのか――二人してそんなことを考えながら歩いていたその時、一人のメイドが姿を見せる。

 ヤミとオーレリアを見た瞬間、血相を変えて駆け寄ってきた。


「た、大変ですっ!」


 切羽詰まった声で呼びかけてきたメイドのキャシーは、激しく息を乱していた。

 単に走ってきたからではない。もっと何か大きな理由があることは明白であり、只事ではないと二人は瞬時に判断する。


「どうしましたの?」


 オーレリアがキャシーの肩を抱くようにして、視線を合わせながら問いかける。


「何かあったのですね? 落ち着いて説明してくださいな」

「は、はい! 申し訳ございません。実は――」


 キャシーから話された言葉に、ヤミとオーレリアは驚愕する。

 何の前触れもなく魔法陣が急に出現し、それにヒカリが巻き込まれ、忽然と姿を消してしまったというのだ。


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