031 誇り高き正義のために
オーレリアは代々続く魔界貴族の家柄に生まれた令嬢だ。
しかしながら彼女は、生まれや身分にこだわる姿勢を殆ど見せず、最低限の線引きこそすれど、基本的な評価は実力重視であった。
たとえどんなに凄い家柄であろうと、実力がなければ見向きもしない。
生まれが貧乏な孤児だろうと、実力があれば評価をする。
それに異を唱える者もいなかったわけではない。しかしそれはごくわずか。いたとしても、彼女の存在を知ったばかりの若造くらいであった。
すぐさま思い知らされる形となった。オーレリア自身の実力の高さを。
言うだけのことはあると、認めざるを得ないことを。
だからこそ、彼女の人気は絶大であった。家柄も申し分なく、厳しくも愛されて育ってきたオーレリアを取り込みたいと願う者は、決して少なくなかった。
――あなたこそ貴族令嬢の鏡だ。是非とも我が妻になってほしい!
――私とともに、我が家を極限まで繁栄させましょう!
――その剣と魔法の才能を、我が劇団の舞台でこそ輝かせることができます!
そんないずれの口説き文句も、オーレリアに通用することはなかった。
笑顔にすることはできても振り向かせることは不可能――それがオーレリアという女性に対する周りからの評価なのだった。
それでも、彼女の優しさに心から救われた者は多い。
バロックがまさにその一人だった。
――これだけ凄い魔法が使えるんですもの。評価しないのはおかしいですわ。
学校の魔法実技試験にて、同級生である彼女がそう言ってきた。
笑顔でそう言ってくれたのが、どれほど嬉しかったことか。父親を失って以降、引き取られた親族から白い目を向けられ、それが周りの派閥にも広まり、誰もバロックの成果を評価しなかった。
それをオーレリアの一言が覆した。まさに鶴の一声であった。
急に周りの対応が大きく変わることはなかったが、それでもバロックからすれば天と地の差があったと断言できるほどだった。
――これは運命だ。
バロックはオーレリアを妻にしたいと思うようになった。
自分の狙いは魔王への復讐。彼女も魔界の在り方を変えるべく、今の魔王を退けたいと言っていた。
ならば手を取り合って然るべき。深い関係になれば相乗効果を発揮して、互いが抱く願いも最高の形で叶えられるだろうと信じていた。
しかし――オーレリアの目が、バロックに向くことはなかった。
彼女の隣には常に、ブランドンという名の『付き人』が存在していた。
有り体に言って邪魔だった。彼女と将来について深く話し合わなければならないというのに、無関係であるお前が隣にいるんじゃないと、バロックはブランドンを心から煙たく思っていた。
そしてバロックは、ある日その気持ちを、直接本人に言ってしまった。
それがまさに運の尽きであった。
――わたくしの大切な付き人に、余計な手出しは許しませんわよ?
オーレリアは射貫くような鋭い目つきでそう言い放ち、それ以降バロックに話しかけることはおろか、近寄ることすらしなかった。
笑顔を向けてくれなくなった。出した実績に対する評価こそしてはくれたが、それだけであった。
同じ学園に通う『赤の他人』――それ以上でもそれ以下でもなくなった。
それ以上の関係になる価値などないと、そう言わんばかりに。
明るかった生活に黒い影が差した。
それまで話しかけてきていた貴族たちが、こぞって指をさしながら、クスクスと嘲笑してくるようになった。
表立った虐めこそなかったが、友好という言葉とは殆ど無縁となった。
学校を卒業したことで、オーレリアとの接点も消えた。しかしバロックは諦めきれなかった。
至らぬ点を改善し、今度こそ彼女を自分に振り向かせてみせる――そう決意を固めた矢先にクーデターが発生したのだった。
――オーレリア様の付き人が、倒された魔王の息子だったって話だぜ?
――何年も前から念入りに準備を進めていたそうだ。
――あの二人の絆が勝利を掴んだってことか。
――新たな魔王と王妃が誕生するのも、そう遠くはないだろうね。
そんな声が聞こえてきた。レジスタンスが前魔王を葬り去り、オーレリアとブランドンの名前は、魔界中にとどろいた。
新たなる魔王に就任したブランドンが、自らオーレリアとの婚約を発表した。
周りはそれを祝福する中、バロックだけが歓迎できていなかった。
――心を弄ばれた!
バロックの中にどす黒い何かが渦巻いて湧きあがる。二人が幸せになる姿など、到底許せるものではないと。
そして彼は決意した。
古代の竜を復活させて、新たな魔王を滅ぼしてやろうじゃないかと。
手の付けられない災厄により、ピンチに陥る新たな王妃ことオーレリアを、颯爽と助け出して彼女の心を鷲掴みとする――自分が古代の竜を従えればそれも十分に可能となると、バロックは目論んだ。
全ては誇り高き正義のために――バロックの歪んだ笑みが深まっていった。
◇ ◇ ◇
「……何、それ?」
黙って話を聞いていたヤミは、呆然とした表情で立ち尽くしていた。
「そんな理由でドエライことをしようとしてたっての?」
「何とでも言うがいいさ。貴様らにこの私の屈辱を理解することはできまい」
腕を組みながらバロックが誇らしげに言う。そんな彼の笑みを、ヤミはどこまでも冷めた目つきで見ていた。
(なんか急に回想話を始めたから、あたしもなんとなく聞いてたけど……)
オーレリアが一目惚れされたことを明かすと、バロックは途端に貴族の紳士らしい態度で話し始めたのだ。
あからさまに格好つけていて、鬱陶しいとすら思えていたが、とりあえず様子見も兼ねて聞いていようとヒカリに言われ、それに従った。
その結果、ただ単にため息をつきたくなる気持ちしか湧いてこなかった。
(こんなことなら、さっさと三人で逃げとくんだったかなぁ)
そもそも律義に最後まで話を聞く必要など、どこにもなかった。手下の男も呆然としているため、尚更だった。
オーレリアと二人で不意打ちを仕掛け、三人で待機させている飛竜に乗って離脱することは十分にできた。あとは全速力で城へ戻り、ブランドンに知らせて対策を取ってもらえば、それで話は全て終わっていたはずだったのだ。
完全に間抜けとしか言いようがない。
チラリとオーレリアに視線を向けてみると、彼女も苦虫を噛み潰したように苛立ちを示している。
どうやら同じことを考えているらしいと、ヤミは思うのだった。
「……なんか僕の聞いてた話と、かなり違う気がするんだけどなぁ」
ここでヒカリが、後ろ頭を掻きながら呟くように言った。
「もしかして父親の復讐云々の話はウソだったとか?」
「それはそれで本当の話さ。ただそれが全てではない――要はそういうことだよ」
両手を広げ、気持ち良さそうな口調で言い放つバロックに、ヤミとヒカリは冷めた表情のまま顔を寄せあった。
「むしろあたしには、今のオーレリア云々の話が全てに聞こえたけど?」
「うん。僕もそれ思った。まぁどっちにしろ、どうしようもない逆恨みからの憂さ晴らしってことに変わりはないけど」
「確かにね」
小声でささやき合う声は彼に聞こえていない。普通に話したところで、酔いしれている様子から耳に入っていた可能性は低いと思われるが。
するとその時――
「しかし……私の狙いを知ってしまったからには、黙ってここから帰すわけにもいかなくなったなぁ」
恐ろしく冷え切った声とともに、バロックが魔法を発動させる。ヤミたちの乗ってきた飛竜の足元に、大きな魔法陣が瞬時に展開され、気づいたときには巨体の姿が消えていた。
「な……ド、ドラゴンが消えた!?」
ヤミが周囲を見渡すが、どこにもそれらしき巨体は見当たらない。ヒカリも呆然としたまま言葉を失っていた。
一方、オーレリアは忌々しそうにバロックを睨み、歯をギリッと噛み締める。
「相変わらず見事な転移魔法ですわね」
「ふふ、今頃そんなふうに褒められても、嬉しくはないけどね」
バロックは笑みこそ浮かべていたが、その雰囲気は大きく変化していた。ヤミたち三人は勿論のこと、手下の男でさえも目を見開いて注目している。
心なしか小刻みに体を震わせているのは、恐らく気のせいではない。
「オーレリア嬢も含め、みんなまとめて、仲良くあの世へ送ってやるよ」
バロックがニヤリと歪んだ笑みを浮かべるとともに、彼の周囲を黒い魔力の粒子が浮かび上がってきた。
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