032 必殺技、効かず



「――まぁ、こーゆー展開になるってことくらいは、想像してたけどね」


 ヤミは肩を回しながら、ニヤリと笑う。


「受けて立つよ。こっちとしても、分かりやすくてありがたい」

「ですわね。わたくしたち二人で彼らを倒し、捕えてブランドン様に引き渡せば、この問題は全て解決ですわ」


 オーレリアもヤミの隣に立ち、不敵な笑みを浮かべる。しかしそれはバロックたち二人も同じであった。

 魔族の男が一歩前に出ながらビシッと指をさす。


「へんっ! そう粋がってられるのも今のうちっしょ。なんたってこっちには、魔法の達人であるバロック様がいるんだ! テメェらごときなんざ、それこそサクッと吹き飛ばしちまうってんだよ!」

「…………」


 気持ち良さそうに言い放つその隣で、バロックが魔法を操作する。魔族の男は、全くそれに気づいていない。


「さぁ、バロック様! 一思いにやっちまってくださ――いぃっ!?」


 最後まで言い切ったその直後に、魔族の男は魔力の鎖で拘束されてしまう。

 一体何事かと魔族の男が視線を動かすと、鎖はバロックの手元から伸びてきていることに気づいた。

 それが一体何を意味しているのか――男が気づかないわけがない。


「バロック、さま? これは一体どーゆーことで……」

「うるさい男を黙らせるついでに、私の力を見せつけてやろうと思ったまでだ」


 淡々と語るバロック。もう十分に大人しくなったにもかかわらず、バロックは魔族の男を解放しようとはしなかった。

 それに焦りが生まれたのか、男の顔から大量の冷や汗が湧き出てくる。


「ま、まさかバロック様は、このまま俺っちごと、あの嬢ちゃんたちを仕留めようとか思ったりなんかしちゃったりとか……」

「…………」


 沈黙は肯定と見なす――それをバロックは無表情とともに表現していた。魔族の男もそれを察し、必死に恐怖を取り除こうと笑みを取り繕う。


「えぇ? や、やだなぁバロックさまってば。おちゃめなジョーダンにしては、ちょっとばかし悪趣味ッスよ?」

「…………」

「バロック様ってばぁ~。俺っちはもうこのとーり反省してるんで、そろそろこの魔力の鎖から解放してほしいなぁ、みたいな――」

「…………」

「あ、もしかしてバロック様、次に何を喋ろうか浮かばなくて困ってるとかそんな感じだったりするんじゃないっスかね? やだなぁ~、それならそうと早く言ってくれれば良かったのに。何のために俺っちがいると思ってるんスか? 決めゼリフの一つや二つなんざあっという間に――ぎべべべべべ!?」


 早口でペラペラと必死に述べていく魔族の男に、突如放たれた電流に酷似した衝撃が襲い掛かる。鎖で繋がっているバロックに被害がないところを見ると、彼が何かをしたということが分かる。

 衝撃か、それとも痺れなのか。魔族の男は遂に何も発言できなくなった。


「――さて、少しばかり邪魔が入ったな。ようやく静かになった」


 そう言い終えると同時に、魔力の鎖から魔族の男が解放され、そのまま地面に顔から勢いよく倒れる。

 そしてバロックがニヤリと笑いながら視線を向けると、ヤミは引きつらせた表情を浮かべた。


「うわぁ。こりゃまた、えげつない拘束魔法だねぇ」

「彼が一番に得意としている魔法ですわ」


 オーレリアが身構えながら言う。


「学生時代以来、久々に見ましたけど、また更に腕を上げられたようですわね」

「お褒めに与り光栄です。できればそのままあなたの心も、私の魔法で拘束して差し上げられれば良かったのですが」

「それこそ要らぬ気遣いというものですわ」

「これは手厳しい。ここで私のモノになると言ってくだされば、あなただけでも助けるという選択肢もあったかもしれませんが……残念です」


 バロックが目を見開くと同時に、彼から無数の鎖が噴き出すように発生する。それらが一斉に迫り、オーレリアは目を見開く。


「しまった!」

「ハーッハッハッハッ! 私の拘束魔法から逃れることは誰にもできない――それを嫌というほど教えて差し上げますよ!」


 勝ち誇った表情を浮かべるバロック。まんまと自分のペースに持ち込み、憎き相手に狙いどおりの魔法を発動させたのだから、当然と言えるだろう。

 してやられたと、オーレリアは思った。

 コントじみた手下の男とのやり取りに呆れを抱いてしまった。それすらも相手の狙いだったのかもしれない。わざと詰めの甘さを露呈し、相手の油断を誘っていた可能性も考えられる。

 どちらにせよ言えることは、この一発で完全に追い詰められるということだ。

 今から魔力の鎖を避ける術などない。大人しくバロックに掴まり、古代の竜を復活させるための道具になるしかないというのか。

 時間にしてわずか数秒――迫り来る鎖が妙にスローモーションになっているような気さえしていた。

 オーレリアが悔しそうに歯を噛み締め、観念したその時であった。


 ――ばきいぃんっ!


 ヤミに鎖が触れた瞬間、それらは全て粉々に砕け散る。オーレリアやヒカリもきょとんとしており、被害が及んでいる様子はない。


「なにぃっ!?」


 バロックは唖然とした様子で声を上げた。


「バ、バカな……私の拘束魔法が破壊されただと?」


 魔力は粒子と化して、もはや魔法としての機能を果たしていない。そんな目の前の現象を、バロックはとても信じられず、体を震えさせる。


「あり得ない。あり得んぞ、こんなバカげたことは! 貴様ら、一体どんなトリックを使ったというのだ!?」

「いや、それはまぁ、なんとゆーか……」


 ヤミは頬を掻きながら苦笑する。なんか昨日も、別の人物から同じような反応を受けたなぁと思ったのだ。


「実はあたし……拘束魔法に触れると、それを全部破壊しちゃうんだよねぇ」

「な、なんだとぉっ!?」


 心の底から驚いたらしく、バロックは大きな声を上げた。


「どういうことだ! 貴様が破壊するのは、封印魔法の類ではなかったのか?」

「うん。正確には『拘束魔法も』だね。なんでかは知らないけど」


 特に隠す理由もないので、ヤミは素直に即答する。ここで彼女は、彼の言い分に対して少し気になった。


「てゆーか、封印魔法の件は知ってたんだね? もしかして昨日の騒ぎとかも、ちゃんと覗き見的なことをしてた感じ?」

「そんなことはどうでもいい! ふざけたことをしてくれやがって……」


 わなわなと震えながらバロックは表情を歪ませる。もはや完全に口調が崩れてしまっているが、本人を含め、誰もそれを気にする様子はなかった。


「バロックのことです。恐らく何かしらの方法で、昨日のヤミさんたちの一件も、しっかりと把握していたのでしょう」


 オーレリアが小さなため息とともに、苛立つバロックを見据える。そして改めて表情を引き締め、声を上げた。


「バロック! もう観念なさい! ヤミさんがいる限り、あなたの必殺技は効かないも同然なのですから!」

「わ、私の拘束魔法が……ふ、ふざけるなあああぁぁーーーっ!」


 バロックは激高しながら、再び拘束魔法を打ち込む。しかし魔力の鎖は、ヤミに触れると同時に粒子と化して消えてしまう。

 結果は同じだった。ヤミが何かした様子はない。本当に彼女の体質がそうさせているということが見て取れる。

 だからこそバロックは、心から納得できなかった。


「この私が何年もかけて鍛え上げた、絶対的な拘束魔法なんだぞ! それを意味の分からない体質一つに阻まれてしまうなど、決してあってはいけないことだ!」

「いや、でも現にあり得ちゃってることだからねぇ……」

「うるさい、うるさい、うるさあぁーーい!」


 ギュッと目を瞑り、思いっきり顔を左右に振り回すバロック。もはやそれは、完全に上手くいかなくて癇癪を起こしている子供の姿であったが、当の本人はそんなこと知ったことではなかった。

 バロックは鼻息を荒くしつつ、血走った目でヤミたちを睨みつける。


「この私をコケにした罪は重いぞ。貴様ら全員、地獄に送り――ごふぅっ!」


 しかしそこに、素早く動いたオーレリアの拳が彼のみぞおちに叩きこまれる。完全なるノーガード状態であり、まともに喰らう形となった。


「そう何度も、好き勝手に行動させませんわ」

「おぉー、お見事っ♪」

「やったぁ」


 ワインレッドのロングヘアーをなびかせるオーレリアに、ヤミとヒカリが笑顔で拍手を送る。

 バロックは呻き声を上げており、彼の手下の男は未だ気絶している状態だった。


「さて、後は彼を魔法で眠らせた上で、ブランドン様に連絡を――」

「そうは……させんぞ」


 オーレリアが魔力を動かそうとしたその時、バロックが呻き声を出してくる。


「私の全てと引き換えに、古代の竜を目覚めさせてやる!」


 その瞬間、バロックの体から眩い光とともに、大量の魔力が放出された。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る