033 古代の竜



「ぬおおおああああぁぁぁーーーーっ!」


 凄まじい勢いで噴き出す魔力とともに、バロックの叫びも大きくなる。それは、痛みを通り越した衝撃によって出されているものなのか、それとも自らの復讐を行わんばかりの気合いなのか。


「きゃあっ!」


 魔力発生の衝撃で、オーレリアが後方へ飛ばされる。それをヤミがすかさず抱きとめる形で、倒れるのは免れた。


「あ、ありがとうございます」

「どーいたしまして」


 戸惑うオーレリアに、ヤミがニッコリと笑う。

 その瞬間――


「ぎゃああああぁぁぁーーーーっ!」


 凄まじい絶叫が聞こえ、ヤミたちは驚きながら視線を向ける。そこではバロックの手下の男も、魔力を吸い取られている姿があった。

 しかしバロックとは違い、どうも彼の様子は少しばかりおかしかった。


「な、なんで……なんだよこれ! いだいいだい、ぐわあああぁぁっ!」

「ははは! 道連れだ。お前の魔力も糧とさせてもらうぞ」


 凄まじい衝撃が走っているはずなのに、バロックはニヤリと笑いながら、もがいている手下の男を見る。


「私とお前は運命共同体……契約の印として魔力と魔力で繋がっていることを、忘れてもらっては困るというものだ」

「なっ、そんな……じゃ、じゃあ最初から俺っちを……」

「決まっているだろう。そうでなければお前みたいな軽々しい男を、好き好んで側近になどしないわ!」

「う、うらぎ、ったってか、がはぁ……」

「貴様が勝手にそう思い込んでいただけの話――ぐああぁっ!」


 魔力を吸い取られながらも会話を続けるあたり、この二人は凄いように見えてきてしまうから不思議であった。

 呆然とその光景を観察していたヤミは、ハッと我に返る。


「のんびり見てる場合じゃない! なんとかしてこの状況を止めないと――」

「危険ですわ、ヤミさん!」


 バロックたちの元へ歩き出そうとしたヤミを、オーレリアは慌てて止める。


「あれは自らの魔力を生け贄に捧げる禁忌の魔法です。無暗に近づけば、ヤミさんの魔力も吸い取られてしまうかもしれません」

「でもこのままじゃ、最悪の事態まっしぐらだよ!」

「それはわたくしも分かっております!」


 顔を突き合わせ、声を荒げだしていく二人の少女たち。このままではヒートアップし続けることは明らかであった。

 この緊急事態にそれはよろしくない――ヒカリはそう思いながら動き出す。


「はいはい、そこまでだよ!」


 ヒカリは手を大きく叩きながら声を上げた。ヤミとオーレリアがポカンと呆けた表情で振り向いてきたのを見て、ヒカリはため息をつく。


「少し落ち着きなって。ここで言い争っても、何もならないじゃないか!」

「あ……」

「そう、ですわね」


 説教されて頭が冷えたのだろう。ヤミとオーレリアは揃って勢いを落とし、反省の色を示す。

 とりあえず少しは落ち着いたようだと、ヒカリはひとまずの安心感を覚えた。しかし事態は解決していない。むしろ悪い方向に進み続けている。


「とにかくもう、こうなってしまった以上はどうにも――うわっ!」


 ――ゴゴゴゴゴ!

 突如、激しい揺れが発生する。魔力の流れも大幅に乱れており、ただの地震でないことはすぐに分かった。

 あまりの不意打ちに、ヤミは思わず尻餅をついてしまう。


「な、なにこれえぇっ!?」

「古代の竜が目覚めようとしているのですわ! となるとあの二人は――」


 全力で揺れに耐えながら、オーレリアは倒れているバロックたち二人に視線を向けてみる。既に魔力と命を吸い尽くされたらしく、二人は瞳孔が開いた状態でピクリとも動かなくなっていた。


「……敵ながら哀れですわね。わたくしの言えた義理ではありませんが」

「オーレリアは何も気にすることないでしょ。バロックが勝手に暴走して、勝手に自分たちを犠牲にしただけなんだから」

「ヤミの言うとおりだよ。色々な意味で、最初から手遅れだったさ」


 それこそヒカリの言うとおりだと、ヤミは思っていた。説得できるだなんて予想すらしていなかったし、ましてやバロックが自ら改心する姿など、想像のその字もできなかった。

 彼らの末路は避けられなかった。

 仮に自分たちが焚きつけるようなことを一切しなかったとしても、結果はさほど変わっていなかったように思えてならない。


「まぁ、それはそれとして――」


 ヒカリは表情を引き締めつつ、改めて周囲を見渡す。


「とにかく急いで、ここから逃げないと……」

「でも、あたしたちのドラゴンは、転移魔法でどこかへ飛ばされちゃったよ?」

「今から走って逃げても、無事に山を下りられる保証は――ひゃっ!」


 更に揺れが強くなってきた。もはや走るどころか、その場で体制を保つことすら難しくなってきている。

 それこそ魔法でも使わない限り、この場からの脱出は困難だと言えていた。


「まさに万事休す、ですわね。何かいい手でもあれば……あっ!」


 苦し紛れに周囲を見渡したその時、オーレリアはそれを見つけた。

 遠くから近づいてくる、大きな翼を羽ばたかせる巨大な生き物が数匹。そしてその背に乗っている婚約者の姿を。


「ブランドン様――来てくださったのですわ!」

「えっ、マジで?」


 ヤミもなんとか振り向いてみると、確かに数匹の大きな飛竜が、まっすぐと近づいてきていた。

 そしてその中の一匹がゆっくりと下りてきて、ばっさばっさと翼を勢いよく羽ばたかせたまま、宙に浮く形で留まる。


「――みんな! どうやらなんとか無事みたいだな!」


 飛竜の背中から、魔界の若き王が顔を覗かせてきた。


「どうしても心配で我慢できず、こうして私も飛んで来てしまったよ!」

「申し訳ございませんブランドン様。お叱りは全てが終わったら、しかと受けさせていただきます!」

「構わん! それを言うなら私も似たようなものだからな!」


 翼を羽ばたかせる音が響き渡っているため、互いに声を張り上げないと聞こえないくらいであった。

 それでも互いの会話はしっかりと聞き取れており、緊迫する中にも幾ばくかの冷静さを取り戻すいいきっかけとなる。


「――お前たち、ドラゴンの背中に乗れ! そこにいたら危険だ!」


 ブランドンが叫ぶと同時に、用意していた笛を吹く。その特殊な音に反応し、空を羽ばたいていた飛竜たちが一斉に動き出した。

 揺れで上手く動けないヤミたちを、急降下して上手く抱えて拾い上げ、飛竜たちがそれぞれ自身の背中に放り出すような形で乗せていく。

 流石は魔王管轄のもと、特殊な訓練を積んだ飛竜たちだと言うべきか。

 あまりのスピーディーかつ正確な行動に、ヤミは不思議な気分にさらされ思わず呆けてしまう。


「あ、ありがとう……」

「グルゥッ!」


 ヤミの口から思わず漏れ出た礼の言葉に、飛竜が唸り声で返事をする。ヒカリも飛竜の背中を撫で、笑顔を浮かべていた。

 そしてオーレリアは、ブランドンの背中にしっかりとしがみつく。


「助かりましたわ」

「婚約者が危険な目にあっていると分かって、ジッとしてられないからな」

「まぁ。勇ましいことですわね」

「魔王として当然だ」


 大地が揺れ動く中、二人の間に暖かな空気が流れ出す。心なしか別世界とも言えそうな雰囲気となりつつあったが、のんびりとそれを楽しむ暇はなかった。


「――ブランドン、オーレリア! なんか来そうだよ!」


 二人の様子など露知らず、ヤミが地上を見下ろしながら叫ぶ。同時に地面が大きくひび割れてきていた。

 ブランドンたちもすぐさま気持ちを切り替えた、その時であった。


 ――ばきぃんっ!


 突き抜けるような勢いで、凄まじく大きくて太い棘のような物が姿を見せる。そしてゆっくりと地面をえぐるようにしてそれは姿を見せた。

 棘のような物が、立派な『角』であることが、すぐさま判明する。


「グルルルル……」


 巨大なそれは、ヤミたちが乗っている存在と同種のもの。違いは大きさと、翼を持たないという点だろうか。

 土にまみれていながらも分かるほどの純白な鱗。黒雲の切れ目から覗き出る太陽の光に照らされて、キラキラと光るそれは、綺麗を通り越して恐ろしい。


「グルオオオアアアアァァァーーーーッ!」


 放たれた凄まじい雄たけびに、ヤミたちは表情を引きつらせた。


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