034 声が聞こえる



「すっごい……あれが古代の竜なんだ?」


 空から見下ろすヤミは、珍しいものを見たことによる興奮が湧き出ていた。


「鱗も真っ白でキラキラ光ってるし。あたし古竜なんて初めて見たよ!」

「古代の竜、略して『古竜』か……その略称はなかなかいいね」


 呑気な口調で答えるヒカリだったが、ブランドンもオーレリアも、それに対して文句の類を入れることはなかった。

 むしろ『古竜』という略称を歓迎していた。それは言いやすくていいなと。

 資料でも呼び名は『古代の竜』としか書かれておらず、特に名前が付けられていたわけではなかったのだ。それ故に、古代の竜としか呼ぶことができず、少しばかりまどろっこしさを感じていたことは否めない。

 ブランドンたちも、これからは『古竜』と呼ぶことを密かに決めていた。

 その時――


「グルオオオオオォォォォーーーーーッ!」

「うわぁっ!」


 ひと際大きな咆哮が解き放たれ、風圧が襲い掛かる。ヤミは思わず声を上げ、ドラゴンたちも若干飛んでいるバランスを崩しかけてしまった。

 果たしてそれは声の衝撃だったのか、それとも偶然にも風が吹きつけたのか。

 いずれにせよ、更なる緊迫感をヤミたちに与えたのは間違いない。


「ねぇ……なんかメチャクチャ怒ってない、あれ?」

「無理やり起こされたようなもんだし、むしろ当然かもしれないね」


 ドン引きするヤミに、ヒカリが苦笑しながら言う。それを聞いたブランドンも、ひっそりとため息をついた。


「まぁ、恐らくそれで正解だろう。癇癪を起している子供のようなものだが、あの巨体に秘める力は、正直計り知れないと言える」

「このまま放っておけば、この山一帯がどうなっても不思議ではないと?」

「むしろそれで済めばいいほうだな」


 オーレリアの問いかけにブランドンは率直に答える。それを聞いたヤミたちも、彼が何を言いたいのかは、大体分かってしまう。


「魔界そのものがどうなってもおかしくない……みたいな?」

「だろうね」


 引きつった表情を浮かべているヤミに対し、ヒカリは幾分冷静さを保っていた。もっとも『一周回って逆に――』という意味合いに等しかったが。

 それ故に、古竜の様子を観察することもできていた。

 適度に咆哮を放ってきてはいるが、その全てが一つの方角に向けられていることにヒカリは気づく。


「あの古竜……なんか、ヤミをジッと見つめてきてる気がするんだけど……」

「恐らくヤミが持つ聖なる魔力だろう」


 ブランドンが、ヒカリの呟きに答える形で語り出す。


「城に残っていた記録によれば、古竜は聖なる魔力に導かれる性質を持つ。そしてそれは、ヤツの決定的な弱点とも言える」

「ヤミの聖なる魔法なら、あの古竜もなんとかできるってこと?」

「理論上はな」


 そう言いながらブランドンはヤミに視線を向ける。ヒカリやオーレリアからも注目される中、ヤミは顔をしかめていた。


(あたしの聖なる魔力は……まだ目覚めたばかりで安定していない)


 それはヤミも自覚していることであった。しかしこのままでは、魔界が手当たり次第に破壊され、多くの被害が出る。

 友達であるオーレリアも、未来の王妃として大いに心を痛めるだろう。

 それだけは避けなければならないと、ヤミは思っていた。


「……戦いながら、なんとかしていくしかないね」


 決意を固めた声でヤミは言った。


「あんなに怒り爆発状態じゃ、もう倒す以外に収める方法なんてないでしょ?」

「そうだな。かなり危険な賭けになってくるが、全員で力を合わせ、この場を乗り越える他はあるまい」


 ブランドンも表情を厳しくさせつつ、古竜を見下ろす。時折あげる咆哮が空気そのものを振動させており、いくら待っても大人しくなる様子はない。

 やはり戦う以外の選択肢はないと、改めて認識せざるを得なかった。


「よし、じゃあ始めようか!」


 パンッと手のひらを叩く景気のいい音を響かせながら、ヤミは気合いを入れる。


「あたしの聖なる魔力で、あのでっかいドラゴンを倒して――ん?」


 その瞬間、生き生きとしていたヤミの表情が、神妙なそれに切り替わる。


(今、なんか聞こえたような……)


 鳴き声でもなければ、誰かの声とも違う。そして何故かヤミは、ジッと見上げてくる古竜の視線から目が離せなかった。


 ――たすけて。


 確かにそれは聞こえた。

 頭の中に直接響いてくるその声は、弱弱しく囁いてくるものであった。それでいて確かに伝えようとする必死さも感じられる。

 理屈など全く分からない。けれど間違いない――そんな謎に満ちた確信が、ヤミの中で膨れ上がる。


「……ヤミ?」


 そしてヒカリもまた、ヤミの様子がおかしいことに気づいた。古竜の動きが少し大人しくなっているのを見計らい、神妙な表情を浮かべている彼女に近づく。


「どうしたの? 何かあった?」

「助けて、って言ってる」

「え?」

「あのでっかいドラゴン、凄く苦しんでいて怖がってる。助けて、って……」


 決して大きくないその声は、風に乗ってしっかりと周りにも広がっていた。ヤミだけでなく、ブランドンやオーレリアも、彼女の言葉に注目している。


「ヤミ、それは本当か?」

「そもそもドラゴンの言葉が分かるんですの?」

「正直なんでかは分からないけど、助けてって言ってるのは間違いないよ!」

「……そうか」


 闇の言葉に相槌を打つブランドン。そのまま数秒ほど考えを巡らし、やがて一つの仮説を出す。


「ならば一つだけ、倒す以外の手があるかもしれんぞ」

「え、それってどんな?」

「聖なる魔力だ。その使い方を変える形でな」


 ブランドンの言葉に、皆の視線が一斉にヤミに向けられる。


「聖なる魔力は攻撃だけでなく、魔力そのものを浴びせることで、禍々しい魔力を浄化できるらしい。あの古竜が苦しんでいる原因が、悪い魔力によるものである可能性は十分にあるだろう」

「つまり、ヤミさんの聖なる魔力で、元に戻せるかもしれないと?」

「あくまで個人的な推測だ。裏付ける証拠はない」


 不安そうなオーレリアに対し、ブランドンの表情は厳しい。

 できれば弟の意見を取り入れて動きたいが、不安定な結果に向けて動くというのがどれほど危険なことか、それを考えれば自ずと選択肢も限られる。

 まさにそれは――


「一か八かの賭けか……分かった、それでやってみよう!」

「ヤミ!?」


 ブランドンが目を見開いた。賭けだと分かっていながら乗る選択肢が、どうしても理解できなかった。

 そしてそれは、オーレリアも同じであった。


「い、いくらなんでも危険過ぎますわ! 聖なる魔力で元に戻るかどうかは、まだ分からないのですよ!?」

「何を今更。アイツと戦う時点で、危険じゃないなんてあり得ないよ」

「それは、その……うぅ……」


 ヤミの言葉に、オーレリアは何も言い返せなかった。それだけ強い意志を持っているということが分かってしまったのだ。


「――僕は賛成するよ」


 そこにヒカリが強い意志を込めて発言した。その表情は、どこか楽しそうな笑みを浮かべている。


「一度やるって決めたらとことんやる……それがヤミだもんね」

「ヒカリ……ハハッ、そうだな」


 そしてブランドンもまた、弟の言葉を聞いて噴き出した。


「普通に戦って倒す選択肢も、安全性に欠けていることに変わりはない。ここはヤミの決断に従おう」

「ブ、ブランドン様! いくらなんでも、それは……」

「迷っている時間はないからな。そろそろ動き出さないと、本当に手遅れになる」


 それはそれで正論だと、オーレリアは思った。もたもたしているうちに時間がどんどん過ぎていく。助けられる命が助けられなくなるかもしれない。

 それだけは避けなければならない――オーレリアも覚悟を決めるのだった。


「――分かりましたわ。わたくしの魔法で、ヤミさんのサポートを行います」

「ということだ、ヤミ! 頼んだぞっ!」

「お任せあれっ!」


 ブランドンが放つ威勢のいい掛け声に対して、ヤミも力強く返す。その視線はまっすぐと古竜を見据えており、臆している様子は全くない。

 むしろどこか、ワクワクしているように笑っていた。


「さぁ――行くよ!」


 ヤミの掛け声とともに、彼女たちを乗せた飛竜は、一斉に動き出した。


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