119 優しく見守る光の少女(完)



「け、結婚!?」

「お兄ちゃんとお姉ちゃんが? ホントに!?」

「うん。本当だよ」


 驚きを隠せないラスターとレイに、ヒカリが笑顔で頷いた。そこにヤミも、シルバとノワールを抱えて歩いてくる。


「この子たちも、あたしたちに懐いてくれてるからね。このまま一緒に二人で育てていこうってことになったの」

「つまり僕たちは、正式にこの子たちのパパとママになるってことだね」


 ノワールを受け取りながらヒカリは微笑む。


「それで話していった結果、ちゃんと結婚したほうがいいんじゃないかっていうことで決まったんだよ」

「とまぁ、そんな感じで……」


 ヤミは片手でシルバを抱え直しつつ、ヒカリの腕に抱き着く。


「あたしたちはこの度、結婚することになりました♪」

「突然だけど、よろしくね」


 そんなヤミとヒカリの告白に、双子たちは数秒ほど思考が止まっていた。そしてその表情は、次第に輝かしい笑顔へと切り替わっていった。


「すごーいっ! お兄ちゃんとお姉ちゃん、結婚するんだねー!」

「やったね。ボクたち応援するよ!」

「うん。ありがとうねー」


 はしゃぎ出す双子たちの頭を、ヒカリは優しく撫でる。ここでレイが、ヒカリに飛びつく勢いで見上げてきた。


「ねぇねぇ、結婚式はどうするの?」

「今のところはどうするか、決まってない感じかな」


 ヒカリが困ったように苦笑しながら頬を掻く。


「僕たちは別にいいかなーって思ってるんだけどね……ウチの兄さんにこのことを知らせてみたら、結婚式ぐらいしたほうがいいぞっていう返事が届いてさ」

「ブランドンさんが?」

「うん。兄さんも王様の仕事で忙しいから、どうなるかは分からないっていうのが、正直なところかな」

「ふーん、そうなんだ……」


 レイもひとまずの納得は示していた。大好きな兄と姉の結婚式は是非とも見てみたいと思っていたが、色々な事情があるのも八歳の子供なりに理解はしている。だから我儘を言うつもりはない。


「とりあえず決まってるのは、あたしたちが魔界で暮らすってことだけだね」


 ヤミが切り出しつつ、ヒカリに視線を向ける。


「住む場所ってどうするんだっけ? 流石に、あのお城ってわけじゃないでしょ?」

「うん。魔界の郊外に一軒家を用意してもらったから、そこに引っ越す感じ」

「一軒家? またいつの間に……」

「兄さんが結婚祝いにって、新しく建ててくれるみたいだよ。かなり広い土地で、森や川や広い池もあって、かなり静かな場所だってさ」

「また自然豊かだねぇ」


 それでも、広々としているのはありがたいと、ヤミは思っていた。少なくとも狭い路地裏なんかよりは全然いいだろうと。

 しかしここで一つ、ヤミは気になることが浮かぶ。


「ん? それじゃあ、今までの菜園は?」

「一緒に持ってくよ」


 あっけらかんとヒカリが笑顔で答えた。


「最初は引っ越し先で新しく菜園を作ろうかなと思ってたんだけどね。あの菜園は僕が管理してこそだって、兄さんが断固譲らなかったんだ」

「いや、それはいいんだけど……持ってくって、どうやってさ?」

「兄さん曰く、魔法を使えばどうとでもできるみたい」

「……魔法便利過ぎでしょ」


 思わずため息をついてしまうヤミ。あの大きな菜園をごっそり持っていくなど、どんな魔法を使えばできるのだと真剣に尋ねたくなってくる。

 とりあえず言えることは、もう深くツッコミを入れるまいということだった。

 気を取り直しがてら、ヤミは改めて双子たちに視線を戻す。


「だからあたしも、魔界へ戻ることにしたよ。多分、明日にでもヒカリの迎えが来ると思うから、それで一緒にって感じかな」

「そっか……姉さんたちとも、これでお別れになるんだね」

「ちょっと寂しいなぁ……」

「別にこれっきりってわけじゃないし、そんな湿っぽい顔しないでよ」


 苦笑しながらヤミは、トラヴァロムも似たような顔をしていたなぁと思い出す。

 実は食事会の前にひっそりと顔を出して、この旨を伝えたのだった。ヤミとヒカリが結婚するという事実には大きな感激を示しており、また二人が魔界へ戻るという話をした瞬間、笑顔の中に確かな寂しさが入り混じっていた。


 ――またいつでも遊びに来なさい。遠慮しなくていいからな。


 そう言いながら、優しく抱き締めてきたその温もりは、ヤミもヒカリも一生忘れることはないと思っていた。

 もう一人の祖父のような存在に喜んでもらえるのは、やはり嬉しいものなのだ。


「あ、でも……」


 しかしながらヒカリは、一つ懸念していることがあった。


「アカリさんは、その……どう思うかな? 僕たちが結婚すること……」

「別に気にしなくてもいいでしょ」


 しれっと言い放ちながらヤミは笑う。


「あたしが誰と結婚しようが、そんなのあたしの自由だもん。仮にあれこれ言ってきたとしても、サラッと聞き流すだけの話だよ」

「あぁ、うん、そうだね……」


 ヒカリは軽く表情を引きつらせる。ヤミらしいと言えばそれまでだが、やはり実の母親に対して――という気持ちは拭えないのだった。

 そんな二人の様子を見ていた双子たちは、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「すみません。お母さまが情けないばかりに」

「ボクからもお詫びします」

「あぁ、いいよいいよ。別にあんたたちが気にする必要なんてないんだから」


 手をパタパタと振りながら明るく笑うヤミ。そんな姉の表情に、双子たちの内心はますます微妙な気持ちとなっていた。


(母上……多分、すっごい複雑な顔するだろうなぁ……)

(まぁでも、仕方ないよね……)


 恐らく姉の言ったとおりになるだろう。あっけらかんと報告して母が驚き、そして心配してあれこれ言うも、それを姉はサラリと流し、母が納得することもないまま話が終わる――というより自然消滅するも同然に打ち切られる。

 その光景がありありと浮かんできてしまう。この数日間を見ていれば、むしろ想像できないほうがおかしいくらいだ。


((あそこまで思いっきり噛み合ってないんじゃ、どうしようもないし……))


 もはや双子たちからすれば、諦めに等しい気持ちを抱いていた。

 まさに匙を投げると言ったところか――もしかしたら、生まれて初めて心からそう思ったことかもしれない。

 あの母娘がどうなっていくかは、それこそ神のみぞ知るというものだろう。

 完全に割り切った気持ちで先へ進み続ける姉と、未だ過去を引きずって娘を想い続ける母親――この二人の未来がどうなるかは、誰にも分からないのだ。


「くきゅぅ~」

「きゅるる、きゅるぅ~」


 するとここで、シルバとノワールの気の抜けた鳴き声が聞こえてきた。二人が視線を下ろすと、二匹ともうとうとしているのが分かる。


「あらら、眠くなっちゃったんだ?」

「たくさん食べたもんね。ゆっくりお昼寝しときな」


 ヤミとヒカリがそれぞれ小さな竜の背中を優しく撫でる。大好きな親たちに撫でられた二匹は、すぐさま夢の世界へと旅立ってしまう。

 スヤスヤと寝息を立てる子供たちの姿に、ヤミとヒカリは視線を交わす。


「そろそろ僕たちも戻ろうか――ママ?」

「うん。明日に備えて、あたしたちもゆっくり休まないとね――パパ♪」


 そう言って笑い合う二人を、ラスターとレイが微笑ましそうに見守っていた。やがて一同は墓地を後にし、ゆっくりと歩き出す。


 ――ありがとう。


 また、その声が聞こえてきた。ヤミだけがそれに気づいて立ち止まり、目を見開きながら振り向くと、確かにそこにいたのだった。

 とても見覚えのある、光に包まれた小さな少女の姿が。


 ――おねえちゃんのおかげで、やっとここに帰ってこれたよ。

 ――どういたしまして。


 ヤミもニッコリと微笑んだ。


 ――ところでさっき、なんか凄くわたしに話しかけてきてたよね?

 ――うん。もしかして見当違いだった?

 ――そうは言ってないよ。ただ、後ろの弟や妹たちがコテンとしてたから。

 ――なーに? カワイイとか思っちゃったとか?

 ――まぁね。

 ――認めるんだ?

 ――当たり前だよ。わたしの弟と妹でもあるんだから。

 ――ハハッ、そりゃそーだ。


 ウインクをする少女に、ヤミも嬉しさを込めた笑みを見せる。この心地良い時間が続けばいいのにと思えてくるが、それも叶わぬものであることは分かっている。


 ――じゃあ、そろそろ行くよ。


 だからこそヤミは、後腐れなく切り上げることができた。そして少女もまた、同じ気持ちであった。


 ――うん。またねっ、おねえちゃん♪


 にっこりと笑いかけてくる少女の姿に、ヤミも小さく笑いながら言った。


「どういたしまして。ばいばい――ルーチェ」


 そう呼びかける前には、もう誰もいなかった。踵を返して歩き出すヤミは、もう後ろを振り返る様子を見せない。


 光に包まれて消えゆく少女が、その後ろ姿を優しく見守っていた――





【第三章 ~完~】





― あとがき ―


『傷だらけの聖女』は、ここで完結とさせていただきます。

本当はもう少し先の展開も考えてはいたのですが……色々と考えた結果、このような結論に至りました。


次の新作もいくつか考案しており、構想を練りつつ執筆を進めております。

公開した際には是非ともお立ち寄りくだされば幸いにございます。


ここまで本作を読んでくださった皆さまに、改めてお礼申し上げます。

ありがとうございました。<(_ _)>



壬黎ハルキ


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傷だらけの聖女 壬黎ハルキ @mirei_haruki

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