118 墓参り



 色々と騒がしくなった食事会も終わり、ようやく解放されたヤミは、その足でとある場所へ向かった。

 辿り着いたのは大聖堂の片隅にある墓地だった。

 双子たちに案内される形で、ヒカリや二匹の小さな竜もしっかり同行している。どうしてもヤミは、この場所に来たかったのだ。

 その理由は――


「やっと来ることができたよ――ルーチェ」


 墓石に刻み込まれた名前を見て、胸の奥から何かが込み上げてくる気がした。持参した花束を優しく置き、しゃがんだ状態でヤミは見続ける。

 まるで自分と目線を合わせるかのように。


「思えばあんたには、助けられっぱなしだったね。あの山の戦いでシルバの声が聞こえたのも、きっとあんたのおかげ……洞窟の中でもそうだったし、こないだはちゃんと姿も見せてくれたよね。あたしもすっごい嬉しかったよ♪」


 特に隠す様子もなく、堂々と墓石に話しかけるヤミ。その光景自体は別におかしいものでもない。故人に報告したりする事例は、よくある話だろう。


「あの時からずっと、あたしの傍で見守っててくれて――本当にありがとう」


 しかしそれでも、姉の言っていることが分からないのも事実だった。故に双子たちは揃って首を傾げ合っていた。


「わたしたちの知らないルーチェお姉ちゃんと、何があったんだろう?」

「さぁ? でも姉さん、すっごい嬉しそうな顔してるよ」

「うん、そだね」


 双子たちもそれ以上、あれこれ何かを言うことはしなかった。まるで墓石を通して本当に『その姿』が見えていそうな姉の後ろ姿を、今は邪魔しないほうがいいということを、なんとなく無意識に感じたのだった。


「そうそう。あたし、称号もらったんだよ。まさかあたしが昨日言ったのが、そのまま形になるとは思わなかったけどね」


 ヤミは苦笑しながら話す。

 そう――『傷だらけの聖女』という称号名は、ヤミが自ら名付けたものだった。

 昨日、トラヴァロムに呼び出された際に聞かれたのだ。もしヤミが何か称号をもらうとしたら、どんな名前がいいかと。

 その際にヤミは数秒ほど考え、笑いながら答えたのがこの名前だった。

 しかしながら、それは真剣でもあった。


「そもそも聖女になる気がないっていうのに、聖女って名前が付くのも、なんかおかしい話だもんね。だからこんなフザけた名前にしちゃったんだわ。傷だらけっていうのも、あたしらしさ全開でしょ?」


 体に刻み込まれた無数の傷痕は、十年が経過した今でも消えることはない。しかしそれをヤミは、疎ましく思ったことなど一度もなかった。

 今回、新たに称号となって形となり、より前向きに思えるようになった気もする。

 どうせ一生背負うのだから、格好いい名前が付いたほうがいい――それがヤミの抱く率直な感想であった。


「そういえば、少し気になってたんだけど……」


 思い出した反応とともに、ヒカリが双子たちのほうを振り向く。


「今回の一件で、アカリさんの評判が下がったみたいだけど……大丈夫かな?」

「うーん……別に大丈夫なんじゃない?」


 答えたのはラスターだった。流石に即答はできなかったが、それでも苦笑いを浮かべているところから、それほど気にしてもいないことが見て取れる。


「母上にも悪いところがあったっていうのは確かだし、ちゃんと明かして正解だったと思うよ」

「要は『いいクスリ』ってやつだね」

「だから兄さんがわざわざ気にする必要はないよ」

「そうそう。お姉ちゃんと同じようにさ!」


 双子たちはヤミのほうを向く。そしてヒカリも同じように振り向くと――


「前にも言ったけどね。おかーさんの評判がどうなろうと、あたしはあたしだから」


 ヤミは肩をすくめながら苦笑するのだった。


「しっかりと顔を上げて、前を向いて突っ走る――ただそれだけの話だよ」


 そんなヤミの言葉に双子たちやヒカリも笑みを浮かべる。どこまでもヤミらしいと改めて思うのだった。


「ねぇ、お姉ちゃん。ちょっと話は変わるけど……」


 ここでレイが思い出したように尋ねる。


「ノワールちゃんの正体って、結局分からないままなの?」

「あー、それねー」

「きゅるぅ?」


 その場にいる皆に注目されたノワールは、コテンと首を傾げていた。


「少なくとも、黒竜の子じゃないっていうのは、どうやら確定っぽいんだよね」


 あの戦いの直後、ヤミたちは目を覚ましたラマント、ノワールのことについて話をしたのだった。

 そして判明したのが、ノワールは黒竜の群れとは無関係であることだった。

 見た目は確かに似ているが、全然違う種類の竜だとラマントは断言。他の群れたちもノワールに対しての反応は乏しく、本当に赤の他人もとい『他竜』としか見なしていない様子だった。

 その時点でヤミとヒカリは大いに驚き、納得もできなかったが、ラマントたちのほう素も本気であることが分かり、頷くほかなかった。

 しかも後日――食事会の少し前にあたる日に、別の黒竜が大聖堂に来訪。そこでラマントたちに緊急の知らせが届いた。

 里から盗まれた黒竜の卵が発見され、無事に全て保護したと。

 数も一致しており、ちゃんと全ての卵が孵化――元気な黒竜の雛が誕生したことが伝えられ、復興を手伝っていた黒竜たちはいっせいに喜びの声を上げていた。

 その一方で、それを聞いたヤミたちは呆然とした。

 色々と予想していたのだが、全て根底から覆されたも同然だった。


「この大聖堂に黒竜の雛がいるっていうのも、アマンダさんが悪い魔力でそう見せかけていただけだったって話だよ」

「じゃあ結局、ノワールの卵がどこからやってきたのかは、謎のままなんだ?」

「そういうことになるね」


 ラスターの問いかけにヒカリは答える。


「ノワールの卵が黒竜だったら、全ての辻褄も合わせられたんだけど……」


 黒竜の卵が盗まれたタイミングと、ノワールの卵が見つかったタイミングは、妙に一致していた。

 そこからヒカリは、一つの推論を組み立てていた。

 特殊な転移魔法によって魔界の城の裏庭に卵を転移し、それが偶然か仕組まれたものか――ヒカリの目の前で孵化。そのままヒカリごと大聖堂へ転移させ、今回の一連の騒ぎに発展してしまった。

 しかしこれは、根っこの部分から大きく外れてしまうこととなった。


「案外、この子もシルバと同じだったりしてね♪」


 ここでヤミが悪戯っぽく笑って見せる。それを聞いたヒカリはきょとんとした。


「シルバと?」

「うん。つまり古竜ってこと」


 そう言いながらヤミは、ヒカリの腕の中にいるノワールを両手で優しく掴み、そのまま抱え上げる。


「きゅるるぅー♪」


 高い高いをしてくれていると思ったのか、嬉しそうな鳴き声を上げるノワールに、ヤミも楽しくなってきていた。


「ちょうどシルバと逆に近い色だし。ラマントたちも分からないっていうんなら、むしろその可能性のほうが高いんじゃないかなーってさ」

「……まぁ、そう言われれば、そんな気がしてこなくはないけど」


 ヒカリも改めて、ノワールの姿をまじまじと見つめる。


「どうしてあの菜園に卵が現れたのか……それ自体がまだ何も分かってない。きっとノワールにも、何かしらの秘密があるに違いないよ」

「うん。でもそれをここで考えたところで、何も答えなんて出なくない?」

「それはまぁ……そうだね」


 ヤミの言うことはもっともだと、ヒカリも思うしかなかった。

 今のところノワールに危険性は見られておらず、害を及ぼすような行動もない。むしろ子供の竜と考えれば、大人しくて人懐っこいほうだとすら言える。まだ孵化して数日だというのに、刷り込みで親だと認識しているヒカリ以外に、ヤミですらも大いに懐いている状態であった。

 それは、知り合いとか友達というよりは――


「ほーらほらー、たかいたかーい♪」

「きゅるる、きゅるぅー♪」


 母親とその子供にしか見えなかった。そしてそんな光景を見て――


「くきゅぅーっ!」


 黙っているはずがない、もう一匹の子供もいたのだった。


「あー、はいはい。シルバも抱っこね」


 すっ飛んできたもう一匹の小さな竜も、ヤミは片手で器用に抱きかかえる。それで満足したのか、シルバも文句を言うことはなくなっていた。


(もうすっかりあの子たちの『ママ』って感じだなぁ……)


 二匹の子供に手を焼いている。しかしそれでいて、どこか楽しそうであるヤミの姿を見て、ヒカリは思う。


「ノワールもあれだけヤミに懐いてるし、これなら『大丈夫』そうかな」

「え、何が?」

「どうかしたの?」


 きょとんと首を傾げる双子たち。思わず声に出していたことに気づき、ヒカリは軽く目を見開きながらヤミに視線を向けて見ると、ヤミも「いいんじゃない?」と苦笑とともに頷いてきた。

 それを見たヒカリも、小さく笑う。どのみち話すことに変わりはないと思いつつ、双子たちに明かすのだった。


「――実はね。僕とヤミは、正式に結婚しようと思ってるんだ」


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