117 栄誉称号、その名も――



 ヤミのあっけらかんとした声が、またしても微妙な空気を一掃した。少し前にも似たような光景があったと、トラヴァロムは思い出す。


「……ヤミは本当にブレないな」

「えっ? 何が?」

「いや、気にしなくて良い。そんなことよりもだ――」


 コホンと大き目の咳ばらいをしつつ、トラヴァロムは周囲を見渡す。


「ここでワシから、皆にいくつかの知らせを告げる。心して聞いてほしい」


 その瞬間、その場にいる全員の表情が引き締まった。ずっと食べていたヤミでさえも手を完全に休み、咀嚼していたものもしっかりと飲み込んで、トラヴァロムに注目している。

 シルバとノワールは意味こそ分かっていないが、なんとなくただならぬ空気となったことは感じており、それぞれヤミとヒカリの胸元へ飛び込む。

 しかし鳴き声を上げることはなく、テーブルの下から周囲を覗き込むようにして、大人しく視線を動かしていた。

 ヤミとヒカリが無意識に小さな竜たちの体を優しく撫でていると、トラヴァロムが話を切り出した。


「まず、ヤミのお披露目会の件だが――無期限の延期ということになった」


 その瞬間、ザワッとしたどよめきが広がった。しかしうるさいというほどでもないと判断したのか、トラヴァロムはそのまま構うことなく続ける。


「今回の件は収束こそしたが、全てが解決したわけではない。特にアマンダの裏に潜む組織めいた存在は、流石に考慮しないわけにはいかん。ワシはその旨を各国に書面で伝えた。今回の件も概ね明かす形でな」


 再びざわめきが発生する。流石に黙っていられなかったのか、眼鏡をかけた貴族の男が挙手をした。


「一つ、よろしいでしょうか?」

「うむ」

「その明かした内容は、お話ししていただけるのでしょうか?」

「無論だ」


 トラヴァロムは重々しい口調で即答する。そして改めて話を切り出した。


「シスターアマンダの暴走……それは『聖女』という存在を想い過ぎたが故であり、それを現聖女のアカリは対処しきれなかったこと。そしてそれを抑えたのが、光の柱を発生させたヤミであること。更に――」


 ヤミに向けられていたトラヴァロムの視線が、今度はアカリに向けられる。


「彼女がアカリの実の娘であることも、しっかりと伝えさせてもらった」

「――っ!」


 アカリは息を飲んだ。ベルンハルトも目を見開いており、他の面々も同じような反応を示していた。

 そんな中、スッと一つの手が挙げられる。


「しつもーん」


 相変わらず場の空気を壊しかねないほどの、呑気な声が響き渡る。その正体は話題にも挙げられていた少女であった。


「あたしのことを発表したのはいいけど、まさかあたしが聖女になる……って方向で伝えたわけじゃないよね?」

「安心せい。お前さんの気持ちを無視するようなことは、断じてしとらんわい」


 ジト目を向けるヤミに、トラヴァロムは噴き出すように苦笑する。重々しくなってきた空気を換えてくれて助かったと、彼がひっそりと心の中で思っていたのはここだけの話である。


「ヤミは幼い頃、聖女アカリと生き別れた実の親子であること。ヤミは最初から聖女になるつもりは全くなく、光の柱が発生したのは、アマンダの策略も相まって、偶然に偶然が重なってしまった結果であることも、ちゃんと明かしておいた」

「そっか。それなら別にいいや」

「うむ。納得してくれたようでなによりだ」


 お互いに笑顔を見せ合うヤミとトラヴァロム。まるで祖父と孫の関係性が披露されているようであり、改めてその光景を見させられた貴族たちは、やはりそれなりに驚いてしまうものがあった。

 アカリやベルンハルトも例外ではない。しかし双子たちはというと、驚いているというよりは、尊敬の念を込めた眼差しを向けていた。

 純粋に姉の凄さを突き付けられた――その衝撃を受けているのだった。


「――すみません。僕からも一つよろしいでしょうか?」


 ここで手を挙げたのは、なんとヒカリだった。その瞬間に、またしてもざわめきが発生したが、トラヴァロムは気にすることなく頷いた。


「構わんぞ。遠慮なんぞせず、気になっていることを聞いてみなさい」

「では、お言葉に甘えて――」


 そしてヒカリは、少し困ったような笑みを見せる。


「僕を魔界に帰してもらえませんか? 騒動が落ち着いたのなら、僕がここにいる理由もないかなと……」

「あぁ。ちょうど先日、魔界の王と手紙のやり取りをしてな。迎えのドラゴンを、こちらによこすという返事が先ほど届いた。恐らく明日の朝には来るだろう」

「そうですか。良かったです」


 胸を撫で下ろすヒカリ。そんな彼に対して、トラヴァロムは申し訳なさそうな表情とともに頭を下げる。


「……此度は本当に済まなかったな。ワシの至らなさが招いた結果でもある」

「気にしないでください。ヤミたちがいてくれたおかげで、大きな事にはならずに済みましたから」

「そうか。そう言ってくれると助かる。ありがとう」


 大神官様が頭を下げ、そして笑みとともに礼を言った――その事実が周りに更なる驚きを与えたが、当の本人たちは気にも留めてすらいなかった。


「――おぉ、そうだ。もう一つ、皆に伝えておくことがあるのを忘れていた」


 改めてトラヴァロムは周囲を見渡し、コホンと咳払いをする。


「本当に色々とあったが、ヤミが聖女の試練を突破したことは事実だ。そして今回の騒動が収まったのも、間違いなくヤミのおかげ――その活躍を評した『栄誉称号』を与えようと思う」


 その瞬間、改めて周囲にざわめきが生まれる。しかし当のヤミは、きょとんとした表情を浮かべていた。


「……栄誉称号? なんか凄いの、それ?」

「凄いと言えば凄いし、そうでもないと言えばそうでもない」


 トラヴァロムは即答するも、ヤミは意味が分からず首を傾げる。


「えっと……どゆこと?」

「その名のとおり栄誉を示すものではあるのだが、特に表立った身分として扱えるわけでもなくてな。まぁ簡単に言えば、飾りみたいなものだ」

「ふーん。別に飾りだったら、無理して用意しなくても良かったのに」

「お前さんが良くてもワシらが良くないのだ」


 困ったように苦笑するトラヴァロム。これもまた、予期せぬ事態の一つだった。


「お前さんのしたことは、どれもこれも大き過ぎるものだ。何も与えないとなれば、それこそ周りから何を言われるか分からんのだよ」

「メンツが立たなくなるってことか」

「そういうことだ。とはいえ、あくまで栄誉称号――特に何か役割が与えられるわけでもないから、お前さんの今後を縛り付けるようなことにもならないだろう」

「そっか。まぁそれなら、遠慮なくもらうよ」

「うむ」


 ヤミの返事にトラヴァロムも満足そうに頷く。その姿があまりにも自然過ぎるせいなのか、もはや大神官に対してフレンドリーに接している姿を、この場にいる誰もが違和感を抱かなくなっていた。


「では大神官として、改めてこの場で宣言する」


 そしてトラヴァロムは表情を引き締め、広間全体に向けて言い放つ。


「ヤミには栄誉称号――『傷だらけの聖女』をここに授ける!」


 その瞬間、周りは騒然とした。アカリやベルンハルト、双子たちは勿論のこと、他の貴族たちも皆、大きな驚きに包まれている。

 一方ヤミは――


「あー、昨日トムじいが聞いてきた……アレって、こーゆーことだったんだ」


 驚きこそしていたが、すぐさま頬杖を突き、大きなため息をつく。その姿を見ていたヒカリは、何かあったんだろうなと苦笑するのだった。


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