063 ラスター、己の気持ちを明かす



「このタイミングで言うのもどうかと思ったけど――やっぱり、ちゃんと言わないといけないと思ったから、言わせてほしい!」

「……分かった。話してみなさい」


 頷きを返す父親に、一瞬だけ喜びを込めた小さな笑みを浮かべるラスターは、改めてこの数日間の出来事を語り始めた。


「ボクは魔界で、姉さんが話していたヒカリさんと、仲良くなったんだ――」


 ずっと、迷いを抱いていた。

 騎士団長の息子として生まれた自分は、騎士の道を歩まなければならないと、幼い頃から思い込んでいた。

本当はそんな気持ちなんて、これっぽっちもないのに。

剣を持って戦うことに興味はなく、作物を育てたり料理を作ったりすることに、大きな興味を抱いていたという本当の気持ちを、ずっと押し殺してきていた。

 そんな迷いを、ヒカリと出会い、彼に打ち明けて話したことで、今までの重々しい気持ちが軽くなった。

 同時に改めて決意した。もう自分の気持ちに嘘をつくのはやめようと。


「父上――ボクは、騎士になるつもりはありません」


 ラスターは顔を上げ、しっかりとその目を見ながら、堂々と宣言した。


「ヒカリ兄さんに言われたからじゃない。自分で考えて決めたことなんだ」


 大聖堂にいる以上、どうにもできない――そんな諦めの気持ちを抱いていた。それがヒカリと出会ったおかげで、色々とスッキリしたのだ。

 この数日で、自分の中にある考えを変えた。

 両親にも自分の口でちゃんと言おうと決心し、今に至るというわけだ。

 そしてそれは――隣に座る姉も、しっかりと気づいていた。


「あたしからもお願いだよ。ラスターは間違いなく本気だからね」


 ヤミは弟の頭を撫でながら、目の前に座る親たちに、真剣な視線を向ける。


「ラスターはこの数日間、あたしの弟分がやっている畑仕事を手伝い、自分から色々と教わっていたんだ。遊びに来るスライムたちにも懐かれて、それはもう、すっごい楽しそうに、クワで畑を耕してたんだよ」


 毎日のように顔を出しては、その姿をしっかりと見てきた。最初は確かに、遊びの域を出ていなかったかもしれない。しかしそれもすぐに、本気という二文字を込めたものに切り替わったことは、ヤミもなんとなく気づいてはいた。


「せめて、この子が言ったことを受け止めてほしい。子供の言葉とかで、簡単に片付けようとせずにね」

「わたしからもお願いします! ラスターの気持ちを、軽く見ないでください!」


 レイもテーブルに身を乗り出し、対面に座る父へと視線をぶつける。一歩も引くつもりはないという、双子の妹としての強い意思表示が込められ、それを見たアカリは軽く狼狽えながら視線を右往左往させている。

 一方、ベルンハルトは腕を組んだまま、厳しい表情を浮かべていた。

 まっすぐと息子を見据え、数秒ほどの無言が続く。どことなく緊張する雰囲気が漂っていた、その時だった。


「――思えば、初めてかもしれないな」


 先に表情を綻ばせたのは、ベルンハルトのほうであった。


「ちゃんと俺の目を見て、自分の口から正直な気持ちをぶつけてきたのは」

「ベルンハルト……」


 アカリは別の意味で驚いていた。しみじみと語る夫の横顔が、どこか安心しつつも誇らしげな笑みだったからだ。

 そしてその目は、優しいそれとなって開かれ、目の前の息子に向けられる。


「ラスターの好きにするがいい。お前の気持ちは、よく分かった」

「父上……ありがとうございますっ!」


 がばっと勢いよく頭を下げるラスター。その隣から、嬉しそうな表情とともに、姉の手が乗せられる。


「良かったね、ラスター」

「くきゅーっ♪」


 そしてシルバも、嬉しそうな鳴き声を上げながら、彼の頭に飛びついた。

 更に――


「やったね!」


 双子の妹も、思いっきり抱き着いてきた。


「ラスターの説得、とてもカッコよかったよ。わたし見直しちゃった♪」

「……うん、ありがとう、レイ」

「あ、でも……」


 腰にギュッと手を回したまま、レイがあることに気づいた。


「ラスターが騎士にならないのなら、そのうちこの家にいるのも難しくなるよね?」

「うん。それはボクも考えた。仕方がないことだとは思うけど」


 騎士になるか聖職者になるか、またはその関係者となるか。

 大聖堂という環境下では、そこで暮らす子供たちの進路は自ずと決められる。少なくともラスターが興味を抱くものに関しては、全くの専門外となり、大聖堂が面倒を見れる範囲ではなくなる。

 そんな者を呑気に置いておけるほど、大聖堂も甘くはない。

 たとえ聖女と騎士団長の子供だとしても――否、名のある二人の子だからこそ、厳しい対応を取らされる可能性は、十分に高いとも言えてくるだろう。

 たとえ親である当の本人たちが許しても、周りが許さない。

 そうなっては、庇いたくても庇いきれなくなるのは、子供ながらにラスターもレイも感づいているのだった。


「大丈夫だよ」


 そこにヤミが、優しく語り掛ける。


「もしそうなったら、あたしがヒカリのところで暮らせるよう、話してあげるさ」


 その瞬間、双子たちの驚いた視線が向けられる。ヤミはそれを受け、改めて強く頷きを返すのだった。

 お姉ちゃんに任せなさいと、そう言わんばかりに。


「――そうだね」


 驚いていたレイも、安心したような笑みを見せる。


「むしろラスターにとっては、そっちのほうがいいような気がする」

「うん。ボクもちょっと楽しそうかなって思えてきた」


 そう言いながら笑うラスターも、満更ではなさそうであった。

 全てはあくまで、もしもの展開に過ぎない。しかし、双子たちの予想が現実になる可能性は、十分にあり得る。それを承知した上で、嫌がる素振りを全く見せていないということは、紛れもない事実であった。

 そしてそれは――目の前に座る両親を、更に驚かせることとなっていた。


(全く……この数日の間で、えらく変わってくれたものだな)


 双子たちが魔界へ飛ばされてから、本当にたったの数日しか経過していない。その短い時間の中で、子供たちの心を強く動かす何かがあったことは、もはや認識せざるを得ないことであった。

 それが、洗脳の類でないことはすぐに分かった。

 自らの意思で動き出したくなる――それほどの環境を体験したのだと、嫌でも感じさせられてしまう。


(まぁ、一人の父としては、喜ばしいことではあるが……)


 自分なりに気持ちの整理をつけかけたところで、ベルンハルトは気づいた。隣に座る妻が、とても複雑な気持ちを、表情に表していることに。


「まだ神様は……私をお許しになられては、いないのかもしれないわね……」


 アカリが呟いた言葉に、ベルンハルトは何も答えられなかった。


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