078 そして、一週間後・・・
「――流石におかしいです」
ベルンハルトの執務室にて、アカリは怪訝な表情を浮かべていた。
「いくらなんでも、連絡の一つくらいあってもいいと思うんですけど……」
「確かに……もう一週間だからな。俺も同感だ」
ヤミが修業に出かけて以来、アカリたちの元に情報が一切入ってきていない。最初はそれだけ集中しているのだろうと判断していたのだが、それが何日も当たり前のように続けば、不安を覚えずにはいられない。
ベルンハルトも違和感を覚えており、気にするなというほうが無理な話であった。
「俺も仕事の合間に、それとなくシスターたちに探りを入れてみた。しかしいい情報を得ることはできなかった」
「一応。聖女の修業という扱いですから、簡単に明かせないのも致し方ないかと」
「そこなんだ」
「えっ?」
アカリがきょとんとしながら見上げたそこには、腕を組みながら重々しい表情を浮かべる夫の姿があった。
「伏せているとかではなく、単純に誰も『知らない』様子だったんだ。どれだけ耳を澄ませてみても、ヤミ君について話す声すら全く聞こえてこない」
「私も同じですね。それを相談したくて来たんです。突然押しかけてしまって、迷惑になるかと思いましたが……」
「気にするな。俺もちょうどアカリに、それを話そうと思っていたからな」
苦笑し合うおしどり夫婦。しかしその空気は、有体に言って微妙であった。
騎士団長を務めるベルンハルトの執務室であったのは、むしろ良かったと言えるかもしれない。別に隠すようなことではないが、余計な話を広めて騒ぎを広げるような真似は、なんとか避けたいからであった。
「……あの子たちのためにも、早急に情報を得たいところなのだがな」
ベルンハルトは、脳裏に愛する子供たちの姿を思い浮かべる。その表情は明るい笑顔とは程遠いものであり、思わず苦笑してしまう。
「俺がアイツらのために時間を作ると言って、当のアイツらがあんなに驚くとは思わなかったがな」
「いきなり『お前たちのために仕事を休む』と言えば、そうなりますよ」
アカリも苦笑せずにはいられない。確かにベルンハルトは頼れる夫であり、騎士団長としての威厳も素晴らしいことは間違いないが、子供に対しては妙に不器用なところがあるのも確かではあった。
ある意味、絶対的な欠点とも言えるだろう。
完璧な人などこの世にはいない以上、至っておかしい話ではない。しかしアカリからしてみれば、子供たちのことで必死に悩むベルンハルトが、どうにも新鮮に見えてならないのだった。
その姿が妙な形で、アカリの心を和らげていたのも、また確かではあった。
もっとも、あくまで単なる一時しのぎでしかなかったが。
「ベルンハルト――正直に言いますが、私はもう待てません」
アカリは表情を引き締めつつ、そう切り出した。
「アマンダから正式に話を聞こうと思います。ご迷惑でなければ、ベルンハルトにも付いて来てほしいのですが……」
「勿論だ。俺にとっても、他人事ではない話だからな」
ベルンハルトも立ち上がり、かけていたマントを羽織る。
「ヤミ君を案内したのが彼女であれば、きっと何かを知っているはずだ」
「はい。私もそう思って、先日問いかけてみたんですけど、気にしなくて大丈夫だと言われてしまって……」
そこでもう一足踏み込んでいればとアカリは思う。しかしできなかった。そんなことをすれば、彼女に疑いをかけていることを意味しており、ショックを受けさせてしまうことを恐れたのだ。
アカリにとってアマンダは、単なるシスターなどではない。
何年も聖女の仕事をサポートしてきた、いわば側近のような存在だったのだ。彼女のおかげで大いに助かっていると、アカリは常日頃から感謝しており、大いに信頼を寄せてもいた。
アマンダを疑うような真似はしたくない――それがアカリの本心でもあった。
「私が甘かったんです。アマンダへの情を優先させてしまったのですから……」
「その気持ちは分からんでもないさ。まぁもっとも、仕方がないで済まされる問題でもないがな」
「分かっています。だから今度こそ、私からアマンダに話を――」
その時、コンコンとノックされる音が聞こえてきた。二人は顔を見合わせ、そして再び扉のほうに視線を向ける。
「どうぞ」
ベルンハルトの返事と同時にドアが開けられる。そして――
「失礼します!」
「しますっ!」
「くきゅー!」
姿を見せたのは、夫婦もよく知る双子たちであった。そしてちゃんと、二人の大好きな姉から預かっている小さな白い竜も、勢いよく飛び込むように入室する。
そしてその後ろには、申し訳なさそうな表情で覗き込んでくる、これまた先ほど話題に出していた、シスターの姿があった。
「ラスター、レイ。それに……」
「失礼します。アマンダでございます。突然の訪問、誠に申し訳ございません」
「あ、あぁ、それは別に構わんが……一体どうしたんだ?」
まさかの来訪に、ベルンハルトは本気で驚いていた。それはアカリも同様であり、何をどう切り出していいか分からない。
するとそこに、彼女を連れてきたのであろう双子たちが、一歩前に出てきた。
「父上! アマンダさんがデタラメなことを言ってくるんだ!」
「絶対に許せないよ!」
「くきゅー!」
「ま、待て待て! ラスターもレイも、それにシルバも!」
双子たちと小さな白い竜が出す気迫の凄さに、ベルンハルトは更に戸惑いの色を濃くする。もはや騎士団長らしさは欠片もない状態であり、それがアカリの中で微妙な新鮮さを感じさせていたが、今はそれを口に出している場合ではなかった。
「とにかく落ち着いて事情を話してくれ。このままではどうにもならん」
「――分かりました」
父の言葉にラスターはひとまずの落ち着きは見せたが、その表情はしかめられたままであった。
そして彼の口から語られた言葉に、ベルンハルトとアカリは目を見開く。
「ヤミ君が、大聖堂を出ていった……だと!?」
ベルンハルトが呆然としながら言葉を紡ぎ出すその隣で、アカリもまた、信じられないと言わんばかりに、両手で口元を抑えていた。
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