021 傷痕だらけの体



「ん? あぁ、もしかしてコレのこと?」


 しかしヤミはすぐに察し、なんてことなさげな明るい声とともに、手のひらで傷痕の一部を撫でる。


「アハハ……やっぱり初めて見ると驚いちゃうか」

「お、驚くなんてものではありませんわ! そのお体はどういうことですの? ヤミさんに一体何が――」

「分かった分かった。ちゃんと話すから、とりあえずお風呂に入ろうよ」


 ヤミはそう促し、オーレリアもひとまずコクリと頷いた。確かにずっと下着姿のままでいるのも忍びない。話なら風呂の中でもできる。

 そして二人は下着も脱いでタオルを手に取り、大浴場に足を踏み入れた。

 湯気が立つその空間はかなり広く、煌びやかな造りとなっている。王族御用達と言われれば、すんなりと信じてしまいそうなほどだ。備え付けられている取っ手付きの風呂桶と椅子も、メイド専用だからと手を抜かれた造りはしていない。


「――あ~っ! もうサイッコー!」


 ざばぁっ、と桶に汲み取ったお湯を勢いよく体にかけた瞬間、ヤミは感激する。


「まさかこんな広いお風呂に入れるなんて思わなかったよ」

「やっぱり冒険者は、シャワーとかになりますの?」

「あればラッキーなくらいだね。ない宿屋もフツーに多いし、あったとしても水しか出ないケースもザラだし」

「……冒険者の方々が逞しい理由が、少しだけ分かったような気がしますわ」


 オーレリアも桶でお湯を静かにゆっくりと流す。隣で再び勢いよくぶちまけるようにかけているヤミとは、まさに正反対と言ったところか。

 しかしオーレリアからすれば、そんなことはどうでも良かった。

 それよりも最優先で話したいことがある。


「ところでヤミさん? 先ほど脱衣所で聞こうとした件についてですが……」

「えっ? あぁ、この体のことだよね? 分かってるよ」


 ヤミは改めて自分の体を見下ろす。そしてマイペースにシャンプーを手に取り、髪の毛をわしゃわしゃと両手で泡立てていく。


「なんてゆーか……ちょっとばかり信じられない話になると思うけど、まず最後まで聞いてもらえると嬉しいな」


 ヤミは髪の毛を洗いながら語り出した。

 この世界とは違う、地球という名の別世界からやってきたこと。幼少期では、明るい光が殆ど差し込むことのない『裏舞台』を生きてきたこと。

 そして――とある『事件』に巻き込まれたこと。

 それこそがヤミの体を傷だらけにする、直接的な原因であった。

 十年が経過した今でも、しっかりと残っているくらいの大きさと深さを誇る。それほどまでのダメージを受けて、今もなお五体満足で生きていられる。ましてや元気に冒険者として各地を旅して回れるなど、奇跡も同然。

 ある意味『恵まれた』存在という、大きな証明と言えるのかもしれない。


「――確かに、簡単には信じられないお話でしたわね」


 粗方の経緯を聞いたオーレリアは、放心したような口調で呟いた。体を洗う手も完全に止まってしまうほど、集中して聞いていたのだった。


「まさか別の世界からいらした方だったなんて……ヤミさんの言葉でなければ、受け入れるのは難しかったですわ」

「あれ? やけにすんなり信用してくれるじゃん?」

「ヤミさんが平気なお顔で、ウソを言えるようなタイプには見えませんもの」

「はは、さいですか」


 ヤミは苦笑しながら、体を纏う泡を洗い流していく。そして桶を置き、大きく息を吐きながら天井を見上げた。


「まぁ色々あったけど、なんやかんやでよくここまで来たなぁとは思ってるよ」

「わたくしも、ヤミさんの芯の強さの秘密を垣間見ることができて、本当に嬉しく思いますわ」


 オーレリアもお湯で泡を洗い流す。そしてヤミが湯船に入るべく立ち上がろうとしたその時――


「ヤミさん、一つお願いがあるのですが……」


 オーレリアが神妙な表情でそう切り出した。呆けた表情を浮かべるヤミに、真剣な声で申し出る。


「是非ともわたくしと、お友達になってくださいまし」

「……え? もうなってるでしょ?」

「それは光栄ですが、改めてあなたと握手を交わしたいのです」


 するとそこで、オーレリアの頬が赤く染まり、視線が逸らされる。


「実を言うとその……わたくしも、こうして同年代の女性と対等に話せるのは、殆ど初めてに等しい感じでして」

「ふーん。まぁ、いいよ。あたしとしても大歓迎さ」


 ヤミはあっけらかんと笑い、そしてスッと手を差し出す。


「対等な友達として、これからよろしくね――オーレリア」

「――はい、ヤミさんっ!」


 嬉しそうにはにかみながら、オーレリアはヤミの手を取り、立ち上がる。握手を交わす二人が、ここで改めて『友』という関係を築き上げるのだった。



 ◇ ◇ ◇



 ヤミとオーレリアは風呂から上がり、身も心もリフレッシュした状態で、二人並んで城の廊下を歩いていた。

 すると奥から、見知った魔族の少年が歩いてくる。


「――あれ、ヤミだ」


 相手もスッキリしたような声で笑みを浮かべてきた。それに対してヤミも、爽やかな笑顔を彼に向ける。


「やっほーヒカリ。そっちもお風呂?」

「うん。無事に目が覚めたんだね」

「おかげさまで。なんか凄い心配かけちゃったみたいで、ゴメンね」

「いいよ。ヤミが元気になって良かった」


 自然と笑い合うヤミとヒカリ。その姿にオーレリアは一瞬だけ目を見開くも、すぐに何かを悟ったかのように小さく笑い、スッと距離を取る。


「では、わたくしはこれで。ブランドン様とお話ししたいことがありますので」

「あ、うん。色々とありがとうねー」

「いえいえ。こちらこそ、楽しい時間を過ごさせてもらいましたわ♪」


 ワインレッドのロングヘアーをなびかせながら、オーレリアは歩き出す。

 その際に――


「うふ♪」


 なにやら思わせぶりな笑みを向け、そのまま颯爽と立ち去っていくのだった。そんな彼女の仕草に気づいたヒカリは首を傾げる。


「……何だろう、今の?」

「え、どうかした?」

「いや、別に」


 ヤミは全く気づいておらず、あっけらかんとした表情を浮かべていた。ヒカリもヒカリで気にしても仕方がないと割り切り、気持ちを切り替える。


「ところで、ヤミはもう、体調とか大丈夫なの?」

「え? あぁうん、大丈夫だけど」

「だったらさ――」


 きょとんとするヤミに、ヒカリはニッコリと微笑む。


「僕、これから城下町に行くんだけど、良かったら一緒に行かない?」


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