020 ヤミとオーレリアの語り
「――気にしなくていいよ」
頭を下げるオーレリアに、ヤミはニッコリと笑った。
「それだけあんたが、あのブランドンを大切に思ってるってことでしょ? 立場とかそんなものなんて関係ない感じでさ」
「えぇ。何年も前から、ずっとお慕いしておりますわ」
「だとしたら、気が気でなかったのも無理はないんじゃない?」
「……お恥ずかしい限りです」
顔を赤らめながらも、肩を落とすオーレリア。あれほど決闘上では勇ましかったというのに、まるで別人のようだと、ヤミは思ってしまった。
「まぁ、とにかく事態も解決したことだし、あんたからの謝罪も受け取るよ。これでこの話は終わりにしよう。いつまでも引きずるものでもないからね」
「はい。ありがとうございます!」
そしてオーレリアは、ヤミからの言葉に笑顔を輝かせる。これは女でも惚れてしまいそうだわと、ヤミは思わず苦笑していた。
「何か?」
「いや、別になんでも」
首を傾げるオーレリアに、ヤミは手のひらを仰ぐように振った。
「そんなことより、城の外のほうは大丈夫だったのかな?」
「えぇ。そちらのほうでも大量に魔物が出現していたみたいですわ」
「ありゃりゃ、あたしたちの想像どおりってことか」
「そういうことになりますわね」
オーレリアは軽く肩をすくめるが、すぐに誇らしげな笑みを浮かべてきた。
「けれど、騎士や冒険者の方たちが出撃し、無事に撃退したそうですわ。国民の皆さんも迅速に避難されて、多少の怪我人こそ出たものの、巻き込まれて亡くなられた方は一人もいなかったそうです」
「へぇ、そりゃ凄いね」
「勿論です! 魔界の騎士や冒険者の方々は、皆さん揃って優秀ですから」
ヤミが素直に驚く表情を見て、オーレリアは胸を張る。彼女を驚かせたことが、密かに嬉しく感じたのだ。
「そんなわけで、もう事態は収束しましたので、ご安心くださいませ」
「そっか。それは良かった。でも――」
安心こそしているが、それと同時にヤミは気になることもあった。
「なんでまた、あんな騒ぎが起きたんだろう?」
「今、調査中だそうです。恐らく誰かが手引きしたのだと予測されていますが……」
「流石に自然発生ってことはないか。早く判明するといいね」
「全くですわ」
ヤミとオーレリアが、二人で苦笑し合う。確かに落ち着いたかもしれないが、まだ全面的な解決には至っていない。今はそれだけでも、心に留めておかねばなるまいと思うのだった。
「けれど、心配には及びません。ブランドン様ならばそう時間もかけずに、真犯人を暴き出すことでしょう」
胸元に手を添え、オーレリアが堂々と宣言する。その誇らしげな口調はどこまでも自信に満ち溢れているようにヤミは見えた。
「随分と言い切るねぇ。やっぱり婚約者だからって感じ?」
「それも確かにありますけど、わたくしは昔から、ずっとあの方を見てきているものですから。むしろこれくらい迅速にやってもらわなければ、ですわね」
「そんなに長い付き合いなんだ?」
「えぇ。もうかれこれ十年は超えてますわ」
「あたしとヒカリ以上じゃん」
思わず苦笑しながら答えるヤミだったが、それがオーレリアには引っかかりを感じたらしく、きょとんとした表情を浮かべてしまう。
「……ヤミさんは、ヒカリさんとの関係はそんなに長くないんですの?」
「いや、割と長いほうだよ。ただ十年は超えてないってだけ」
「そうでしたのね……わたくしはてっきり、幼い頃からずっとご一緒されていたものかと思いましたわ」
「ハハッ、そんなふうに見えてたんだ?」
「えぇ」
軽い口調で言い放つヤミだったが、オーレリアの表情はどこまでも真剣だった。
「丸一日ずっと目を覚まされないヤミさんを、ヒカリさんは付きっきりで看ておられましたから。流石に休まれたほうがいいと思いましたので、今はこうしてわたくしが代わっていますが」
「そっか……それは心配かけちゃったな」
夜も寝ずにタオルを絞る姿がありありと想像できてしまい、ヤミは申し訳ない気持ちに駆られた。
「割と無茶するところあるからねぇ、ヒカリってば……」
「そのヒカリさんも、ヤミさんに対して同じことをおっしゃられてましたわよ?」
「あらら、それはそれは」
オーレリアからの言葉に、ヤミは軽く噴き出してしまう。
そこに嫌な気分はまるで浮かんでこない。むしろ暖かいような――ほんのりと嬉しさすら感じていた。
ヤミがひっそりと笑みを深めた、その時であった。
「――ところで、ヤミさん。一つ提案があるのですが」
オーレリアが満面の笑みを浮かべ、手をパンと軽くたたき合わせる。
「丸一日寝ておられたことですし、ここは一つお風呂に入って、身も心もサッパリさせてはいかがでしょうか?」
◇ ◇ ◇
「まっさか大浴場があるなんてねぇ……」
オーレリアと二人で並んで歩きながら、ヤミは軽く驚いたような口調で呟く。
「狭い仕切りで区切られただけの、共用シャワールームだけかと思ってた」
「それもありますけど、やっぱりお風呂は最高のリフレッシュになりますから」
人差し指を立てながらオーレリアが微笑む。
「前は王族――つまり前魔王とそのご家族のみが使うことを許されてましたが、今では兵士や騎士、そしてメイドの方々も利用できるよう、ブランドン様がそれぞれ場を新しく設けられたのです」
オーレリアが誇れしげに語る姿に、ヤミは軽く目を見開く。
「へぇ。あのお兄さんもやるもんだ」
「勿論です。魔界を根元から変えるために、何年も頑張られてるんですから。むしろここからが勝負と言えますわ」
「ハハッ、そうかい。あんたもちゃんと支えてやりなよ?」
「それこそ言われるまでもございません」
「ん。そりゃ失礼」
ヤミとオーレリアは、二人で声を上げて笑い合った。そしてヤミは、歩きながらふと思ったことを口に出す。
「なんてゆーか、不思議な気分だなぁ」
「えっ?」
「いや、実を言うとあたし、同年代の女の子とこうして肩を並べて歩くって、殆どなかったもんでさ」
「そうだったんですか?」
「うん」
驚きながら振り向いてくるオーレリアに、ヤミはあっけらかんと頷く。
「ただ一緒に歩くだけで言えば、それなりにあるんだけどね。なんかお姉ちゃん的な扱いされることが多かったってゆーか……」
「あー。なんかそれ分かるような気がしますわ」
「そうかな?」
「ヤミさんって、見るからに面倒見が良さそうな感じですもの」
オーレリアがニッコリ微笑むと、ヤミは小さな笑みとともにため息をつく。
「……前に全く同じことを、ヒカリにも言われたよ」
「じゃあ、わたくしの見当違いということもなさそうですわね♪」
「そんなに喜ばれてもなぁ……」
「ふふっ」
そんな雑談を繰り広げながら廊下を歩き、やがて『大浴場(メイド専用)』と書かれた場所に辿り着く。
扉を開けると、広い脱衣所があり、そこは二人だけの空間でもあった。
「わたくしからお願いして、しばらく貸し切りにさせてもらいましたわ。メイド専用の場所なので、男性が入ってくることもありません」
「そっか。じゃあゆっくり入れるね」
ヤミは適当な場所を陣取り、迷いなく服を脱ぎ始める。同姓しかいないのだから恥ずかしがる理由もない。
それ自体はオーレリアも同じ気持ちであり、彼女も服を脱いでいく。
しかし――二人揃って下着姿になったその瞬間、オーレリアは驚愕した。
「……えっ!?」
思わず声に出してしまう驚きの声。ヤミの体に向けられたその視線は、何度も上下を往復させている。
オーレリアがそうするのも、無理はなかった。
長袖のシャツと黒いタイツで隠されたヤミの肌は――傷痕だらけだったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます