022 城下町の炊き出し



 城下町はとても賑やかな声で活気づいていた。

 魔物の襲撃であちこちの建物や設備が壊れてしまったものの、人々はそれを復活させるべく、せわしなく動き回る。

 そこに絶望の二文字はない。過去を振り返ることなく、前を向いている。

 決して立ち止まる姿勢を見せない姿は、とても輝いていた。

 数年前では決してあり得ない光景。それが実現されているのもまた、クーデターが成功したからだと言える。

 少なくともヒカリにはそう見えていた。


「はーい、みんな順番に並んでねー! 慌てなくて大丈夫だよー!」


 そんな明るく大きな声が、隣から聞こえてきた。

 頭にバンダナを巻き、白い割烹着を身に纏ったヤミが、大鍋からシチューを器に盛りつけ、次々とそれを手渡していく。

 兵士や職人、冒険者など、復興作業を行う人々に笑顔をもたらしていった。

 腹が減っては戦はできぬ――全く言い得て妙だとヒカリは思う。


「ヤミ! 次の大鍋、もうすぐ仕上がるよ」

「りょーかいっ!」


 小皿で味見をしながら告げたヒカリの声に、ヤミが明るく答える。その声が更に待つ人々をワクワクさせる表情へと変化させていった。


(にしても……いつの間にか僕たち、炊き出しを手伝っちゃってるよなぁ……)


 最初は買い出しがてら、城下町を散歩するくらいの軽い気持ちだった。

 程なくして炊き出しの美味しそうな匂いにヤミがつられ、そこで人手が足りないという話を聞き、手伝う流れとなった。

 それからは行列続き。

 既に一時間以上が経過しているが、人が途切れる様子を見せない。

 理由はヒカリの作ったシチューにあった。


「うんめぇ~♪」

「こんなに上手い炊き出しがあっていいのかよ!?」

「俺、お代わりしてぇな!」


 ただ単に腹を満たすだけでなく、気持ちをもしっかりと満たし、働く男たちからは大絶賛の嵐。しかもただ美味しくするだけでなく、調理も他の炊き出しメンバーに比べると明らかに早いのだ。

 つまりそれだけ、ヒカリの料理の腕前が凄いということ。

 それがここにきて発揮され、妙な形で認められることとなったのだ。

 更に――


「はーい、ちゃんと順番守ってねー! こらそこー! 邪魔になるからそこで食べ始めないでってば! あっちに食べるスペースは作ってあるから!」


 配膳しながら声をかけ、時にはスペースへ移動してたむろしている人を捌き、散らかしたゴミをまとめて片付ける。そんな彼女の機敏な動きに、係の人々は目を輝かせながら言った。

 救世主が来てくれた、と。

 実際、ヤミ一人で三人分の仕事はしていると、係の一人が言っていた。

 心なしか兵士や大工たちの表情も、先日に比べると豊かになり、場の空気も幾分かは良くなっているとか。

 ヒカリのシチューの美味しさも相まって、そうなっているに違いないとも。


(僕たちが手伝って役に立ってるのなら、嬉しいことだよね)


 そう思いながらヒカリは、バターと小麦粉を炒め、シチューのルーを作る。この分だと追加で大量に作ったほうがいいと考え、そこではたと気づく。


(そういえば……さっきから全然、食材が届かないような……)


 火を止めて周囲を見渡すも、追加で運び込まれた様子はない。いくらルーをたくさん作っても、食材がなければシチューはできない。

 どうしたのだろうかとヒカリが思っていた、その時――


「た、大変ですぅっ!」


 炊き出しメンバーの一人である魔族の少女が、大慌てで戻ってきた。

 ヒカリやヤミ、そして列を成している者たちからも一斉に注目を集める中、その少女は大慌てで身振り手振りをする。


「さっきそこで馬車が壊れて、食材がグチャグチャ! だ、だからその……」

「落ち着いて。ほら、水を飲んで」

「ひゃ、ひゃいぃ! んく、んく、んくっ――ぷはぁっ!」


 ヒカリから受け取った冷たい水を流し込み、頭が少し冷えたらしく、少女は落ち着きを取り戻す。

 そして改めて目をクワっと見開き、そして言った。


「炊き出し用の食材が全滅です。このままでは何も作れませんっ!」

「「「「えぇーっ!」」」」


 叫びにも等しい言葉に、並んでいる人々が一斉に声を上げる。


「もう食えねーってのかよぉ!」

「俺まだ二杯しかもらってないんだけどなぁ!」

「二杯も食ったなら十分だろうよ! 俺まだ一杯しか食ってねぇんだぞ!」

「それをいうなら、あたしはまだ食べてないんだけどー!」


 男女問わず不満の声が広がる。ほんの数十秒前までの平和な空気は、一気に吹き飛んでしまった。


(マズイな。一気に険悪なムードになってきちゃったよ……)


 どうしたものかとヒカリは顔をしかめる。下手に声をかけても、火に油を注ぐ結果になるような気がしてならない。

 するとその隣で、ヤミが表情を引き締めていた。


「――ねぇ! 食材さえあれば、なんとかなるんだよね?」

「え? そりゃまぁ……」

「じゃあ、ちょっとあたしが調達してくるよ」

「ちょ、ヤミ?」


 ヒカリが声をかけるも、ヤミは返事もせずに割烹着姿のまま動き出す。そしてどこぞの冒険者らしき若者たちの元へ向かい、何かを尋ねていた。

 そしてそのまま、冒険者たちとともにどこかへ向かう。

 流石に呆然とするも、ヒカリはすぐに我に返り、パンパンと手を叩き出す。


「みなさーん! 今ちょっと食材を調達しているところです! すみませんが、もうしばらくお待ちください!」


 焼け石に水かもしれないが、言わないよりはマシだとヒカリは思った。これで少なくとも、暴動の類は起きないだろうと。

 しかし――


「……まぁ、それならなぁ」

「理由も事故なら、仕方がないってもんだろうし」

「てゆーかさ。俺たちもずっと、ここで油売ってるわけにもいかんだろう」

「だな」


 思いのほか苛立っていた人たちも、冷静さをすぐに取り戻した。その光景に、ヒカリは思わずきょとんとする。


(あらら、なんか大人しくなっちゃった……)


 てっきりギャーギャーと文句を言いまくって来るかと思っていただけに、むしろ拍子抜けしてしまう。結果的には良かったの一言ではあるのだが。

 並んでいた職人さんたちは、徐々に各々の持ち場へと戻っていく。冒険者たちも他の場所を手伝うべく動き出した。中にはぶつくさ文句を言う人も出てきたが、そこから大きな被害に繋がる様子は全くない。

 そしてヤミが戻ってくる気配が全くないまま、時間だけが流れていった。


(うーん……なかなか戻ってこないなぁ……)


 もはや炊き出しそのものが終了ムードと化しており、何人かの係は後片付けに突入している。

 軽く周囲を見渡しただけでも、ヒカリの目にはそう見えていた。


「あの人、もう戻ってこないんじゃないですかね?」


 すると炊き出しメンバーの一人である少女が、声をかけてきた。食材が全滅したことを知らせに来てくれた子であった。


「食材を調達するとか、テキトーなこと言って逃げたに決まってますよ。そもそもこの魔界の王都に人間がいること自体おかしい話です。あなたも心の底ではそう思ってるんじゃ――」

「ないね」


 肩をすくめ、鼻で笑う少女に対し、ヒカリは叩き切るように断言する。


「ヤミはそんなことしないよ。キミがどう言おうと勝手だけど」


 感情が込められず、どこまでも冷ややかな声色が放たれる。

 少女は唖然とした表情を向けるが、ヒカリはもう相手にする気もない、と言わんばかりに視線を逸らしてしまう。

 幸い、あまり大きな声でもなかったためか、周りに影響はない。

 何人かの人々がどうしたのかと視線を向けてくるが、すぐ気にしなくなり、各々の行動に戻る。

 ただ一人、少女はどうしたらいいのかと、困り果てていた。

 もっともそれをフォローする者はいなかったが。


 ――ざわざわざわ。


 するとその時、人々のざわめきが聞こえた。周りの人たちも、ある方向を見て、明らかな驚きを示している。

 何かあったのだろうか――ヒカリは視線を向けてみた。


「なっ!」


 思わずヒカリも声を出してしまう。のっしのっしと巨大猪を担いでこちらに向かってくる姿は、確かに驚かずにはいられない。

 そしてそれをしている人物は――


「ただいまー! ねぇ、見て見てヒカリー、巨大猪を仕留めてきたよー!」


 どこまでも無邪気に笑っていた。周りの冒険者たちは、未だ彼女が起こしている行動が信じられないのか、戸惑いを見せている。

 無理もないだろう。

 大柄な男でさえ数人がかりで運ぶであろう獲物を、彼女は一人で担いでいた。

 恐らく魔力で強化しているのだろうが、光景としては凄まじい。しかしそれを彼女は気にする様子はなかった。


「……流石はヤミ。驚かせてくれるねぇ」


 そこらの兵士や冒険者よりも、豪快な姿を見せつけてくる姉貴分の姿に、ヒカリは自然と腕をまくる。

 自分も負けていられないと――ひっそり気合いを入れていた。


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