008 大したことない



「なっ、何を言ってるのかな、キミは?」


 我に返ったヤドラが、必死に笑みを取り繕いながらヤミに言う。


「他の誰かと勘違いしてるんじゃないのか? デタラメなことを言わないでくれ。俺たちは真っ当なんだぞ。今だって仲間を失った悲しみを――」

「その割には、なんかすっごい慌ててたじゃん。もし本当にあたしの見当違いなら、慌てる必要なんて全くないよね?」

「ぐっ――!」


 ヤミの返答と問いかけに、ヤドラは言葉を詰まらせる。その反応が既に白状しているようなものだが、本人はまだ気づいていない。


「きゅ、急に出てきて何を抜かしやがるんだ!」

「そうだそうだ! 変な言いがかりをつけるんじゃねぇってんだよ!」

「俺たちは高ランクの冒険者だぞ! 変なことを言ってタダで済むと思うな!」


 ヤドラの仲間たちが、こぞって声を上げた。表情は慌てふためいており、声も少し裏返っている。当たり前のように、涙も完全に引っ込んでいた。

 さっきまで泣いていたのは何だったのか――そんな疑問が周りからも漂う。現に何人かの冒険者たちが首をかしげていることに、ヤドラも気づいていた。


(ま、まずい……早くこの状況を立て直さねぇと!)


 心の中で焦りを広げていくヤドラ。しかしそれを表面に出すことはなく、それとは真逆の笑顔を浮かべ、ヤミに視線を向ける。


「キミが何者かは知らないが、そんなに俺たちを疑っているということか?」

「うん」

「だったら証拠を見せてもらおうか。この場にいる全員が納得できる証拠をな!」


 途端に強気な口調となり、表情も割と醜さを増した睨みに切り替わる。彼の仲間たちも同じような態度を見せてきていた。

 もはや『仲間を失って悲しみに明け暮れる冒険者』の姿は欠片も見られない。

 そんな彼らの様子に、周りはより不審に思い始めているのだが、当の本人たちは全く気づいていない。

 更にヤミは、そんなヤドラたちに対して臆する様子も見せていなかった。


「あいよ。んじゃ今から『再生』するから、しっかり聞いといてね」

「――えっ?」


 ヤドラが呆気に取られた声を出す中、ヤミは六角形の平らな物体を取り出した。そしてそれは魔力を帯びてぼんやりと淡い光を解き放ち――


『ど、どういうつもりですか、これはっ!?』


 その物体から声が聞こえてきた。それも切羽詰まったような慌てた声が。


「これ……わたしの声?」


 口元を抑えながらリコスが驚く。


『どうもこうもねぇよ。お前がここで、俺たちのための生け贄になるってだけさ』

『なんで……どうしてですかっ!?』


 そしてヤドラらしき声もしっかりと聞こえてきた。周りも驚きを隠せず、あちこちからどよめきが広がってくる。

 流石に黙っていられなかったらしいヤドラが、慌てて口を開いた。


「だ、騙されるな! これは別に俺の声なんかじゃ――」

『答えてください、ヤドラさん! わたしが一体、何をしたって言うんですか1?』

『別に何も』

「っ!」


 しかしそれは、最悪のタイミング以外の何物でもなかった。リコスの声でしっかりと相手の名前を呼び、相手もそれを否定せず素直に受け答えをしている。


『新人冒険者であるお前なら、消えたところで誰も困りはしない。だから俺たちはお前を誘ったのさ。使い捨てにはちょうどいいからな』

『そ、そんな……』


 ヤミが掲げている六角形の物体から、会話は止めどなく放たれていく。まるでその場にいるかのような錯覚にさえ陥らせてくる。

 そんな中、ある冒険者が気づいた。


「――あの嬢ちゃんが持ってんのは魔法具か」


 その呟きを聞いた他の冒険者も、ハッと目を見開いた。


「会話を記録するヤツか。でもなんか凄い鮮明に聞こえるよな?」

「そりゃお前、かなり質のいいヤツなんだろ? もしくはその場にいたとか……」

「まさか」


 そんな冒険者たちのやり取りを聞いていたリコスもまた、はたと気づいたような反応を示し、ヤミに視線を向ける。しかしヤミは不敵な笑みを浮かべて、呆然としているヤドラたちを見据えるばかりであった。

 そしてその後のやり取りも、しっかりとギルドのロビーに響き渡ってゆく。

 もはや誰が聞いても、疑いようのない事実が晒された。

 流石に言い訳も通用しない領域に来てしまっていることに、ヤドラたちも認めざるを得ず、苦虫を噛み潰したような表情を見せる。


「――とまぁ、こんなところかな」


 魔法具の展開を終えたヤミが、それを懐にしまいながら得意げに笑う。


「証拠としては十分でしょ。四の五の言わず、さっさと認めちゃったほうが……」

「う、うるせぇっ!」


 ヤドラの叫びがヤミの言葉を遮る。これには流石のヤミも驚き、目を見開きながら視線を向けてみると、彼の表情は怒りで染まっていた。


「要はその証拠がなくなればいいだけの話だ。ソイツを渡してもらうぜ」

「……渡すワケないでしょーが」


 手を伸ばすヤドラに、ヤミは深いため息をつく。


「大体、仮にあたしからこの証拠を奪ったところで、今の録音は周りのたくさんの人たちが聞いちゃってんだよ? もう逃れようがないと思うけど?」

「はんっ! そんなの、ここにいる全員が黙ってればいいだけの話だろうが!」


 ヤドラは両手を広げながらそう言い放つ。完全に開き直った口振りに、ヤミは思わず呆気に取られた。

 一瞬、冗談でも言っているのかとさえ思いたくなった。それぐらいヤドラの発言は馬鹿げているとしか言えないほどだ。

 しかし彼は、どこまでも悪い意味で真剣だった。


「俺たちはこのギルドでは高ランク。黙らせる方法はいくらでもある。下手に逆らえばどうなるか……嬢ちゃん、テメェにも分からせてやるぜ!」


 血走った目をしながら、ヤドラは剣を抜き、ヤミにまっすぐ突きつける。他の冒険者たちも止めるべく動こうとしたが、ヤドラの仲間たちに睨まれ、すぐさま足が動かなくなった。

 それだけ彼らの実力が上であるということだ。

 リコスも恐怖に駆られて涙目となる。しかし当のヤミは――


「はぁ……どうやら本気で言ってるみたいだねぇ」


 どこまでも平然としたまま、呆れかえった表情を浮かべていたのだった。


「要するに力づくで黙らせようってんでしょ? ならさっさと来なよ」

「……正気か? 嬢ちゃん如きが俺たちまとめて倒すとでも?」

「そーだよ」


 それがどうかしたのかと言わんばかりに、ヤミは投げやりな態度を見せる。そんな彼女に対して、ヤドラは更に苛立ちを募らせていく。


「どこまでも舐めやがって。もう女だろうと容赦はしねぇぞ――やっちまえっ!」

「「「おおおおぉぉぉーーーーっ!」」」


 ヤドラの脇から、彼の三人の仲間たちが武器を手にヤミへと迫る。

 しかし――


「ふっ!」


 ヤミが地を蹴った瞬間、武器を振り上げる一人の懐に入り込んでいた。そして当然その体制では、ヤミからすれば相手はがら空きも同然であった。


「ぐお!」

「うぐっ!」

「ごばぁっ!」


 立て続けに拳と蹴りをクリーンヒットさせ、三人は成す術もなく倒れる。まさかの事態に驚くヤドラも、すぐさま怒りを燃やしながら剣を握り締めた。


「テ、テメェよくも、俺の仲間たちを――」

「遅い!」


 ――ばきぃん!

 ヤドラの手から剣が払いのけられ、それはクルクルと回転しながら宙を舞い、彼の後ろの床に突き刺さる。

 そして呆気に取られるヤドラのみぞおちに、ヤミは拳を叩きこむ。


「ごぉ……っ!」


 防御する間もなく攻撃を喰らい、ヤドラはそのままゆっくりと倒れた。

 あっという間に四人が倒れ、周りの冒険者たちや受付嬢、そしてリコスも、皆揃って呆然としていた。

 一方、ヤミは倒れた男たちを見下ろしながら、ため息をつく。


「ここまで大したことないなんて……ちょいと予想外が過ぎたかなぁ」

「いやいや、これぐらいは想定の範囲内じゃろうて」

「え?」


 突然聞こえてきた第三者の声に、ヤミは軽く驚きながら振り向く。そこにはさっきまでいなかったはずの二人が立っていた。

 一人は老婆、そしてもう一人は髭を蓄えた妙齢の男性。

 その二人の姿に、リコスは目を見開きながら口元を抑える。


「お、オババ様っ!?」

「ギルドマスターも……」


 受付嬢も振り向きながら呟く。ギルドマスターと呼ばれた男性が片手で挨拶し、オババ様と呼ばれた老婆とともにヤミの元へ向かう。

 そしてオババは、ヤミに向けてニカッと笑顔を浮かべた。


「よくやってくれたねぇ。やっぱりアンタに依頼したのは正解だったようだ」

「そりゃどーも」


 苦笑するヤミのすぐ後ろで、リコスはポカンと呆けるのだった。


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