009 一件落着、そして・・・



 気絶したヤドラたちを連行するべく、ギルドマスターが席を外している中、オババからリコスに事の真相が全て明かされていた。


「――えぇっ? オババ様がヤミさんに依頼してたんですか!?」

「うむ。そーゆーことじゃ」


 素っ頓狂な声を上げるリコスに、オババは笑顔であっけらかんと頷く。そして厳しくも優しさを込めた視線を弟子に向けた。


「リコスよ。お前さんはいつも薬の調合ばかり考えておって、世間のことなどまるで見向きもしておらなんだ。そんなんではワシの元から巣立った際、手酷い目にあうことは明らかじゃった」

「そ、そんな! わたしはちゃんと……」

「現にお前さんは、まんまと騙されておったじゃろうが」

「うぅ……」


 何も言い返せないリコスは、しょんぼりと項垂れてしまう。そんな弟子の姿にオババはため息をつきつつ、ヤミに視線を向ける。


「此度はアンタにも、大きな苦労を掛けてしまったのう」

「いや、まぁ……」


 指で頬を軽く掻きながら、ヤミは苦笑する。


「いくらオババさんからの依頼とはいえ、飛び出さずに録音し続けるなんて、あたしも結構キツかったですけどね」

「……え? じゃあヤミさん、最初からずっとあそこに……」

「そうじゃなかったら、あんなにしっかり録ることなんてできないよ」


 呆然とするリコスにヤミは頷く。そして何か言いたそうにしている彼女に、念を押すような形で言った。


「言っておくけど、すぐに助けてくれればーってのは無理だったよ? それもオババさんからの依頼に含まれてたからね」

「うむ。そのとーりじゃ」


 ヤミの言葉にオババも強く頷いた。


「ワシはどうにかして、リコス――お前さんに世間の厳しさというモノを教えてやりたかった。少々手荒にはなったが、その甲斐はあったようじゃな」


 そして、やや厳しめの視線をリコスに向ける。しかしそれはすぐに、優しい笑みに切り替わった。


「どうじゃリコス? 今回の件で、お前さんも少しは身に染みたじゃろ?」

「……はい。わたしはまだまだ何も知らない子供でした」


 心から申し訳なさそうな表情とともに、リコスは頭を下げる。


「これからは調合だけでなく、世の中のことも一つずつ勉強していきます。もう焦って大きな結果を出すようなことはしません」

「うむ。千里の道も一歩からじゃ。精進するが良いぞ」

「――はいっ!」


 姿勢を正しながら威勢よく返事をするリコスに、オババは満足そうに笑う。そこにヤドラたちを連れて離れていたギルドマスターが戻ってきた。


「やぁ、どうも」

「あのボウヤたちはどうしたね?」

「地下にある牢屋に一人ずつ入れておきました。それぞれに、魔力と体力を大幅に下げる魔法具の腕輪を装着させたうえで」


 ギルドマスターがそう言った瞬間、周りから安堵の声が漏れ出てきた。内心では途中で逃げ出さないかどうか、皆揃って不安だったのだ。

 そしてそれは、リコスも同じであり、あからさまに安心した表情を見せる。


「よ、良かったあぁ~っ」

「全くこの子は……情けない声を出すんじゃないよ」

「あだっ!」


 ポカッ、と乾いた音が鳴り響くとともに、リコスが両手で頭を抑え、涙目になりながらうずくまる。そしてその傍らには拳を握り締めるオババ。何があったのかはもはや考えるまでもない。

 しょうがないなぁと言わんばかりに苦笑するヤミに、ギルドマスターが晴れやかな表情で近づいてくる。


「この度は本当にありがとう。おかげでアイツらをしょっ引くことができたよ」

「いえ。なんか前々から、色々とやらかしてたみたいですね」

「そうなんだよ」


 ギルドマスターが腕を組みながら頷いた。


「表向きは正義感の強い冒険者ではあったんだが、裏では色々と問題ばかり起こすような連中でしたからね。それでいて一戦は超えていないから、ギルド側も厳重注意ぐらいしかできないという始末だったんだよ」

「ふん。大方、それも見越してのイタズラだったんだろうね」


 オババは忌々しそうに鼻息を鳴らす。


「今回は流石に悪戯の域を超えた。騙された弟子も弟子ではあるがね」

「ご心配なく。ギルドマスターとして、処分は厳しい処分を下していきますので」

「ホント頼んだよ? 手加減したら承知しないからね!」

「はは、お任せください」


 胸を叩きながら自信満々の表情を浮かべるギルドマスターに、オババも満足そうにニヤリと笑う。

 ようやく事態は一段落ついた様子を見せていた。


「――あのっ!」


 すっかり落ち着きを取り戻したリコスが、ヤミに話しかけてくる。


「改めてお礼申し上げます。本当にありがとうございました」

「いいよ。あたしはただ、自分の仕事をしただけさ」


 ヤミのニカッとした笑みにつられ、リコスも小さな笑みを零す。


「それにしても、まさかずっとあの場にいたなんて、気づきませんでした」

「気配を消すための魔法具を、オババさんが貸してくれたんだよ。それがなければこなせなかったと思う。あのダンジョンの最下層じゃ、特にね」


 ここでヤミは、そういえばと思い出し、懐からもう一つの魔法具を取り出す。それこそがオババから借りていた、気配を消す効果がある代物であった。


「オババさん、これはお返ししますね」

「いや、それはお主に託すさ」


 ヤミが差し出してきた魔法具を、オババは首を左右に振って受け取らなかった。そして改めてヤミに、何かを見抜くような鋭い視線を向ける。


「アタシの目に狂いはなかった。弟子を助けてくれた臨時報酬がてら、どうか受け取っておくれ」

「ホント? ありがとう。大切にするよ」

「はは、喜んでくれてなによりさね」


 嬉しそうな表情を浮かべるヤミに、オババも表情を綻ばせる。そしてその表情は一転して、厳しい視線がギルドマスターに向けられた。


「――ほれほれギルマス。早くこの子に報酬を支払ってやらんかい!」

「分かってますよ。もうここに用意してますから」


 しかし彼も慣れているのか、ギルドマスターは全く動じずに、受付嬢が持ってきた報酬の入った袋を、ヤミに差し出してきた。

 ずっしりと重みのある袋を手に取り、ヤミは思わずにししっと笑みを零す。


「結構重たいね。まいどー♪」


 嬉しそうにその袋を、腰に携えている小箱に入れる。まるで吸い込まれるように袋は消えた。

 その光景を見たギルドマスターは、軽く目を見開いた。


「ほう、アイテムボックスを持っているのか」


 魔法具の一種であるその入れ物は、指定容量の範囲内であれば、大きさに関係なくなんでも入れることができる。店には売っておらず、特定の素材を手に入れ、ギルドを通して作ってもらうのが主な入手方法である。

 アイテムボックスは、冒険者が一人前に上がるための登竜門的な存在なのだ。

 ちなみに制作時、本人の血液で所有者が登録されるため、盗まれたりして勝手に使われる心配も、基本的にはない。


「やはりキミの力は本物だったな。今回の件で改めて感服したよ」

「いやいや……」


 腕を組みながら満足そうに頷くギルドマスターに、ヤミは苦笑する。流石に称え過ぎだろうと思い、少し抑えるよう促そうとした。

 別に大したことじゃない、と。

 しかし――


「ご両親である大聖堂の聖女様と騎士団長殿も、さぞかし喜ばれていることだろう」

「えっ?」


 その瞬間、ヤミからは自然と口から漏れ出たような声しか出てこなかった。ギルドマスターもそれに気づいて視線を向けると、無に近いきょとんとした表情で彼女が見上げてきていた。

 一体何を言ってるんだこの人は――そう言っているかのように。


「え? いや、だってキミは……」


 何かがおかしいと、ギルドマスターは思った。自分の考えを言おうとしたが、喉元から引っかかるように出てこない。

 それは『正しくない』のだと、誰かが引き留めているかのようであった。

 リコスとオババの二人も、様子がおかしいことを察する。

 どうも何かが決定的に噛み合っていない。それがここにきて表面化し、微妙な雰囲気を作り出していると。


「ちょっと待って。さっきから、一体何の話を……」


 ヤミがきょとんとした表情で問いただそうとした、その時であった。


「へぇ、そういうことだったのか」


 ――ぞわっ!

 ヤミは急に背筋が震えた。突然知らない声が聞こえてきただけではない。その声が背中から心臓を突き抜けて来るかのような、そんな気分を味わった。

 そして同時に現れる、一つの気配。

 一瞬にしてギルドのロビーを埋め尽くすおぞましいそれに、ヤミは表情を強張らせながら振り向いた。


「お前があの聖女の娘なのか。真っ白な髪の毛だから気づくのが遅れちまったぜ」


 その人物も、ヤミの髪の毛の色に負けないくらいの白い肌をしていた。そして頭から生えている二本の角に少し長めの耳。

 それらが示す人種は、この世界においては一つしかなかった。


「なんてことだい。まさか『魔族』が侵入してくるとはね……」


 顔をしかめながら呟くオババに、その魔族の男はニヤリと笑うのだった。


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