057 ヤミ、大聖堂にお邪魔する
「そうか、あの子たちが無事に帰って来たか」
大聖堂の本堂にて、大神官トラヴァロムが騎士からの報告を受けていた。
「分かった。ワシらはここで待っておると伝えてくれ」
「はっ、了解いたしました!」
兵士は敬礼し、颯爽と立ち去ってゆく。その後ろ姿を見送ったトラヴァロムは、隣に佇む女性に視線を向ける。
「アカリよ。もうすぐお主の子たちが帰ってくる。笑顔で出迎えてあげなさい」
「は、はいっ……うぅ」
一生懸命笑顔を取り繕おうとするアカリであったが、目から溢れ出るものを抑えることはできなかった。
それを見たトラヴァロムは、呆れを込めた苦笑を浮かべる。
「おいおい。泣くのはちと早かろうに」
「……申し訳ございません」
「まぁ、お前さんの気持ちも、分からんではないがな」
トラヴァロムは小さなため息をつき、先ほどの報告内容を思い出す。
「魔界で保護されていたラスターとレイが、ドラゴンに乗って送り届けられた。そしてその付き添いとして、聖女アカリにそっくりな少女も同行――ベルンハルトが客人として招き入れ、こちらへ一緒に向かってきておる……か」
更にその少女に、双子たちも大いに懐いているのだということも、しっかりと伝えられていた。まるで本当の姉弟姉妹のようであり、双子たちが魔界で酷い扱いを受けているようには見えなかったと。
双子たちの安否が確実であったこともそうだが、なにより当の二人――特にアカリにとっては、まさに二重の意味で嬉しさが込み上げてきていた。
「あの子たちが無事で……それに
両手で顔を覆いながらも、溢れ出る涙は収まりそうにない。今は大目に見ようかと思いながら、トラヴァロムはアカリの背中を優しくさするのだった。
◇ ◇ ◇
「くきゅーっ!」
「へぇ、中に入って見ると、また凄いもんだわ」
いくつもの大きな教会を連ねたような、立派な本堂。まだ街門を潜り抜けたばかりだというのに、自然と視界に入ってくるそれは、思わず声を上げてしまう。
肩にしがみ付いているシルバが、その長い首を乗り出してくるのを視界の片隅で感じながら、ヤミもまた大聖堂の様子に興味津々であった。
「これで国じゃないってんだからねぇ……」
ヤミの言うとおり、大聖堂はあくまで大きな教会の総称に過ぎず、国として正式に認められているわけではない。
しかしその周りには、普通の住居や店が並んでおり、ちゃんと貴族たちが暮らす立派な屋敷が並ぶエリアも存在している。
まさに王都並みの町がそこには広がっていた。
「大聖堂って教会みたいな建物ばかりかと思ってたんだけど、意外と普通の城下町みたいな感じなんだね」
「うん。確かにここらへんはね。普通の雑貨屋さんや武具屋とかもあるし」
レイが父親であるベルンハルトの元から離れ、ヤミに近づいてくる。
「でも本堂に近づけば、また雰囲気も変わってくるよ」
「貴族の家は教会の建物っぽいからね」
そしてラスターも同じく、レイと反対側のほうに回り、ヤミの隣に並ぶ。
「ちなみにボクたちが住んでる家も、教会っぽいお屋敷なんだ」
「後でわたしたちが案内してあげるね♪」
「うん、ありがと」
ヤミがはにかみながら、レイの頭を撫でる。くすぐったそうな笑みを浮かべる妹に対して、羨ましそうな表情を浮かべるラスターだったが、すぐさまその頭にも、もう片方の手が延ばされる。
わしゃわしゃっと乱暴気味に撫でられる双子の兄もまた、文句の声を上げつつも、体はしっかりと受け入れている。
拒否するという選択肢は、二人揃ってあり得ないと言わんばかりだ。
そしてその様子は、双子たちの父親をも軽く驚かせることとなっていた。
「――さぁ、そろそろ行くぞ」
とは言っても、すぐさま表情を引き締め直し、冷静さを保ってはいたが。
「本堂で母と一緒に、大神官様も待っておられるからな」
「「はぁい!」」
双子たちが声を揃えて返事をする。その際に元気よく手を挙げるタイミングも全く同じであり、流石は双子だと、ヤミは思わず感心してしまう。
そして一行は、ベルンハルトと双子たちが先導する形で歩き出した。
すると――
「くきゅきゅ、くきゅーっ」
程なくしてシルバが、長い首を伸ばしながら鳴き声を出してくる。
「ん? あっちに興味があるの?」
「くきゅっ」
「じゃあ、今度ゆっくり見に行こうか。今はあそこに見える、一番でっかい建物に行かなきゃならないからね」
「きゅぅ」
ヤミの言葉にシルバは大人しく従う。それ自体はいつものことであったが、初見であるベルンハルトからすれば、これもまた驚きの材料となっていた。
「あの小さなドラゴン、随分と彼女に懐いてるんだな」
思えば、最初から驚かされたものだった。
ヤミを案内しようと歩き出した瞬間、彼女のバッグの中から飛び出してきた際は、反射的に腰に携えていた長剣を抜いてしまったほどだった。
ベルンハルトを出迎える際、様子を見るために隠れていたらしい。
近づいてくるのが安全な人物かどうかを警戒するのは、至って自然なこと。それ自体は彼自身も納得していた。
しかしながら、小さな白い竜の存在には、流石に驚かずにいられない。
魔物の中でも特に気難しい種族として知られる竜。その子供が単身でヒトに懐くことは、ほぼあり得ないというのが常識として刷り込まれていた。それ故に、ヤミとシルバの関係性には、騎士たち共々注目してしまう。
――ゴメンゴメン。いきなり小さな魔物が飛び出してきたら、驚いちゃうよね。
そう言いながらヤミは謝罪してきたが、ベルンハルトは心の中で思った。
違う、そこじゃない――と。
「シルバはお姉ちゃんのことを、ママだと思ってるみたいなの」
父親の疑問に答えたのはレイであった。
「お姉ちゃんと一緒にあちこちで歩いてるから、シルバも慣れちゃったみたい」
「ボクたちにも結構慣れてくれたんだよ。昨日も一緒に遊んだし」
「わたしなんて昨夜は、抱っこして一緒に寝たもんねー」
「いいなー」
双子たちの話を黙って聞いていたベルンハルトは、ここで改めて一つ、素朴な疑問を浮かべる。
「……お前たちも、ここ数日で随分と変わったようだな」
「えっ、何が?」
「そんなに変わったとこないと思うけど……」
レイとラスターが顔を見合わせ、首を傾げ合う。そんな双子たちに、ベルンハルトは苦笑を浮かべた。
「雰囲気もそうだが口調だ。いつもは俺に対しても、敬語で話していただろう?」
そう。双子たちは両親に対し、いつも敬語を使っていたのだ。呼び方こそ変わってはいないが、それでも大きな変化であることに違いはない。
するとレイが、どこか呆れたような表情で口を尖らせてくる。
「別にいいでしょ? そもそも親子なのに、敬語なんて堅苦しいもん!」
「うん。レイの言うとおりだね」
ラスターも心から満足そうに頷く。そして訝しげな視線で父親を見上げた。
「それとも、今までみたいに敬語じゃないとダメ?」
「別にそんなことはないが……」
「だったらいいじゃん。ボクたちはボクたちなりに、ちゃんとわきまえてるし」
「そーそー♪」
戸惑っているベルンハルトをよそに、ラスターとレイは言い切った。反抗期の類とはまた違う、確かな強い意志が込められていた。
(……二人とも、随分とハッキリ言うようになったな)
特にラスターの変化には驚かされた。いつもは顔色を伺いながら話してくるのに、帰ってきてからはそれが殆ど消え失せてしまっている。
それもまた、年相応の子供らしいといえばそれまでなのだが、それでも父としては注目せずにはいられない。
レイもレイで、更に活発さが増したように見えた。
この消えた数日間で弱弱しくなっているのではと心配していたが、むしろ逆に強くなったのではないかと、そう思えるほどだった。
(恐らくそれも――彼女のおかげ、ということなのだろう)
いつの間にか双子たちがヤミの両隣を陣取り、彼女に色々と説明をしていた。それを聞きながら二人の手を取るその姿は、まさに年の離れた姉弟姉妹――むしろそれ以外に見えないと、ベルンハルトは思えてしまっていた。
(うむ、やはり似ているな。顔立ちだけ見れば、本当にアカリと瓜二つだ)
これだけ似ていれば、アカリの娘だと勝手に勘違いするのも頷ける。もしかしたら本当に――そんな考えすら浮かぶ。
それも恐らく、あと少しすれば判明することだろう。
物思いに耽っている間に、一行は長い階段を上り切ろうとしていた。
そしてそこには――
「おぉー、こりゃまた立派なもんだねー!」
「くきゅーっ」
ヤミとシルバが、思わず感激の声を上げる。間近で見る本堂の凄まじさを、改めてその身に味わったのだ。
自分たちの故郷が褒められて嬉しくなったのだろう。
ラスターとレイは誇らしげに胸を張る。腰に手を当て、目を閉じながらふふん、と笑うその姿は完全に一致しており、双子らしさを全開に出していた。
「――ベルンハルト団長! お待ちしておりました!」
本堂に近づくと、見張りの兵士が直立不動の体制とともに、敬礼してくる。
「大神官様と聖女様が、本堂の中でお待ちです」
「うむ」
ベルンハルトは頷きつつ、重々しく開けられた扉の中を潜り抜ける。双子たちに続いて、肩にしがみ付いてくるシルバの重みを感じながら、ヤミも中へ入った。
中はとても煌びやかだった。
一面のステンドグラスが太陽の光に照らされ、神々しく輝いている。
その中央に、一人の老人と女性が、優しい表情で佇んでいた。
大聖堂の長である大神官。そして――当代の聖女を務めるアカリであった。
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