113 崩れ落ちる母と冷静な双子たち
「大聖堂を……生まれ変わらせる?」
オウム返しの如く、ヤミは棒読みに等しい口調で尋ねた。表情は呆けており、まるで意味が分からないという意味を示している。
「いや、破壊しようとしてんのは分かるけど、生まれ変わらせるって何よ?」
「これだから野蛮人は困りますね。こんな簡単な意味も分からないとは」
やれやれと大げさに肩をすくめるアマンダ。しかしながら彼女の言っている意味をこの時点で理解している者は、まさしく皆無に等しかった。
「……ねぇ、ラスターは分かる?」
「分かんないよ。そもそも会話についていけてるかどうかも……」
「だよね。わたしも今のところ、あのおねーさんが悪い人だってことしか……」
「うん……ボクもそれくらいしか分かってない」
双子たちの会話が聞こえてくる。正直なところ、それが分かっていれば十分とさえ言える状況であり、それをアマンダが引っ掻き回しているに過ぎない。
現にヤミも、この時点で殆ど話半分にしか聞いておらず、相手の様子を伺い、反撃の機会を見極めようとしている形であった。
そしてそれは、ベルンハルトも同じくであった。
「……その『生まれ変わらせる』とやらの意味を、良ければ教えてくれないか?」
「仕方がありませんね。特別にこの私が教えて差し上げましょう」
ベルンハルトの問いかけに、アマンダが気分よく応じる。そして黒竜たちが旋回する空を見上げながら、遠い目をする。
「前からずっと不満に思ってました。この大聖堂には『不必要』なものが多いと」
「不必要だと?」
「えぇ。黒竜たちはそれを利用するのにうってつけな存在。ついでに聖女様が大きなトラウマを抱えている憎き魔族を、この世から殲滅させる絶好のチャンス……それがまさに今なのですよ!」
両手を広げながら、アマンダは誇らしげに言い放つ。ベルンハルトたちが呆気に取られていることにも気づかないまま、彼女はそのまま話を続ける。
「あの様子をご覧くださいませ。あの魔族の少年が黒竜たちを従えて、大聖堂を攻撃させている……そんなふうに見えませんか?」
「確かに状況だけなら――まさか!」
表情を強張らせるベルンハルトに対し、アマンダもニンマリと笑みを深めた。
「そう――魔族が大聖堂を壊滅させたと広めるには、十分過ぎるものと言えます。彼は現在の魔王とは腹違いの弟……いわば前魔王の息子でもあるため、世界中から評判を下げる結果にも繋がってくるでしょう」
「貴様の裏にいる連中が、その隙をついて魔界を叩き落すというわけか」
「ご名答♪ そして私は大聖堂を生まれ変わらせ、聖女様をこの手でお救いするという偉業を達成できる。まさに『利害の一致』というものですわ♪」
恍惚な表情を浮かべるアマンダに対し、ベルンハルトはもはや聞くに堪えない気持ちでいっぱいだった。
前々から彼女に対して自分勝手な印象は抱いていたが、まさかこれほどとはと、改めてアマンダの本性を突き付けられた。
そして、そんな彼女の話を聞いていたアカリは、顔を青褪めさせていた。
「な……なんてことを考えているの?」
声を震わせながらも、流石に何も言わないわけにはいかない。アカリは必至に気を奮い立たせ、アマンダに呼び掛ける。
「バカなことは止めなさい! もしかしてあなたも、悪い魔力に操られて……」
「いいえ聖女様。私は至って正常ですよ。全てにおいて私の意志です」
「そんな……」
きっぱりと言い切られたアカリは、絶望の淵に立たされたような表情を浮かべる。このまま膝から崩れ落ちそうなほどであったが、流石にこの状況でそれをするわけにはいかないことぐらい分かる。
なにより愛する子供たちが傍にいるのだ。
少しでも情けない表情を見せないようにしなければ――そんなプライドが働き、改めて表情を引き締める。
「そ、そもそも! 私を救うというのはどういう意味なの!? 私は別に不幸になった覚えはないわ!」
「ふぅ……可哀想なアカリ様。ご自分で気づかれてないみたいですね」
これ見よがしにため息をつくアマンダ。流石に苛立ちを隠せないアカリだったが、次の瞬間、アマンダの視線が何かを見透かすように細くなる。
「私はずっとあなたを見てきました。上辺では確かに笑ってはいましたが、私は見逃してませんよ? 時折あなたが、深く悲しそうにしておられる姿を」
「――っ!?」
アカリは目を見開いた。無意識に背筋が震えてしまう。そしてアマンダは、それもしっかりと見逃してはおらず、笑みを深める。
「十三年前に御子を失われたこと……そしてその前に、別のお相手との間に生まれた子を想い続け、未だそれを引きずり続けている。現在の御子である双子様に、その影を重ねていることも……」
「――違う!」
アカリは叫んだ。両手の拳を握り締め、力の限り声を解き放った。
「ラスターとレイは関係ないわ! 私はこの子たちのこともちゃんと愛してる!」
「そう必死に頭の中で思い込んでいるんですよね? けれどその度に、あなたはこう思ってきているはずです――やはりこの子たちは『あの子たち』じゃないと」
「な……! そ、そんなこと……ないわ……」
否定の言葉を出すアカリ。しかし段々と声に覇気が消え、強がりも衰えていく。ベルンハルトは勿論、双子たちでさえ不安そうに見上げてくる視線ですら、彼女はもう感じることもできていない。
そんな彼女に対して、アマンダは容赦するつもりもなかった。
「そんなアカリ様を、私はずっと見てきた。もう苛立ちが募るばかりでしたよ。聖女様を困らせるだけの子供なんて、いないほうが絶対にいい……だから私は、少しばかり手を施したのです」
「……えっ?」
ここでアカリは目を見開く。ベルンハルトも同様だった。
嫌な予感がした。これ以上は聞かないほうがいいような気がしてならない――そんな恐怖を抱く夫婦たちに、アマンダは容赦なく告げる。
「忌まわしき双子たちを転移魔法で飛ばしたのです。曲者の事件に見せかけて♪」
それを聞いたアカリとベルンハルトは、完全に言葉を失ってしまった。
◇ ◇ ◇
「へぇ……そーゆーことだったんだ」
これまでのやり取りを黙って聞いていたヤミは、特に慌てたりする様子も見せず、無表情のまま呟いた。
「おかしいとは思ってたんだよね。チビッ子たちを転移させて実質オシマイ……その後で二人を狙って来るようなこともなかったし」
「そういえば……」
「ホントに何もなかったね」
「くきゅー」
ラスターとレイも、ここにきてやっと思い出した。言い換えれば、今の今まで完全に忘れていた。自分たちを転移させた理由が、未だ判明していなかったことを。
「わたしたちを狙うなら、いくらでもチャンスはあったはずだもんね」
「うん。姉さんがアマノイワトに籠っていた時なんて……」
「まさにそれだよね。でも――」
「何もなかった」
「あんたたちを狙わなかったのも、最初から『これ』を狙ってたからなのかも」
双子たちの肩にそれぞれ手を乗せながら、ヤミは空を見上げる。そこには黒竜たちが変わらず炎を吐きながら旋回していた。
「わざわざボクたちをまた狙ったりしなくても……」
「黒竜さんの暴走で全滅させる気だった」
「恐らくね。にしても……」
ラスターとレイの言葉に頷きつつ、ヤミは目の前の実母の姿に視線を戻す。そして思わず吹き出しそうになりながらも苦笑した。
「おかーさんってば、流石にショック過ぎたみたいだね。もう完全に膝から崩れ落ち
ちゃってるし」
「うん。まぁ無理もないよ。母上はアマンダさんを信用してたから」
「ひどく裏切られたようなものだよね」
「でも……」
ラスターもまた、軽く噴き出すように笑う。
「しょーじきボクは、いつかこうなるんじゃないかなって、ちょっと思ってたよ」
「あ、それわたしも思ってた」
「アマンダさん、たまにボクたちのことすっごい目で睨んできてたもんね」
「うんうん。嫌な感じはずっとしてたよ」
そんな双子たちの会話を聞いて、ヤミは別の意味で苦笑してしまう。
(なんてゆーか……この子たちのほうが明らかに周りを分析できてそうな気がする)
恐らく間違ってはいないだろうと思えてならない。少なくとも目の前にいる、双子たちの両親よりは上だろうと。
言ったら言ったで面倒なことになりそうではあるため、口には出さないが。
「――私が話すことはもうありませんわ」
するとここでアマンダが、話を切り上げつつ魔力で宙に浮かび出す。
「アマンダ!」
「黒竜たちを止めたければ頑張ってくださいまし。あの魔族の少年を救い出せば、自ずと魔力は解除されるでしょう。あそこまでいければの話ですけど」
ヒカリの呼びかけを華麗にスルーし、アマンダは情報を与える。教えたところでどうということはないという余裕の表れであった。
「ふーん……それでいいんだ?」
しかしながら、それを聞いて気持ちが切り替わる者も、確かにいたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます