036 山の戦いの終わり



「――ヤミ!」


 ヒカリを乗せた飛竜が、掛け声とともに急降下していく。その様子を、ブランドンたちは呆然としたまま見下ろしていた。


「お、終わった……のか?」

「みたいですわね」


 目の前の光景をすぐに受け入れることはできなかった。実は本当の古竜がどこかに隠れていて、決戦の第二ラウンドが始まるのではとすら思えてくる。

 しかし数分が経過しても、荒れ果てた周囲は静かなままだった。

 本当に決着がついたのだということを、ブランドンたちも認めざるを得ない。そんな気持ちを、どこか釈然としない表情のまま抱えて、ゆっくりと飛竜とともに降りていくのだった。


「……へぇー、こうしてみると結構可愛いもんだね」

「あ、ヒカリもそう思う? これがあんな恐ろしいデカブツだったなんて、見てきたあたしですら信じられなくなってきてるし」

「だろうね。僕も同じだもん」


 ヒカリとヤミの会話が聞こえてくる。二人の興味は、小さくなった白い竜に注がれているようであった。

 そんな二人も、歩いてきたブランドンたちに気づいて顔を上げる。


「あ、どうもー♪」


 古竜を抱きかかえながら、明るい笑顔を見せてくるヤミ。ほんの数分前まで見せていた表情とは、まるで別人だと思いつつ、ブランドンは小さく笑う。


「よくぞ古竜を鎮めてくれた。魔王として礼を言うぞ」

「さっきの聖なる魔法は、本当に素晴らしかったですわ。友人として、とても誇りに思います」

「へへ、そりゃどーも」


 ブランドンに続いてオーレリアからも称えられ、ヤミは照れくさそうに笑う。そこにヒカリが、若干の不安を帯びた表情を浮かべて兄を見上げた。


「兄さん。この小さなドラゴンのことなんだけど……」

「分かっている。しばらくは様子を見つつ、こちらで保護しよう。無益な処分をするつもりは、今のところ考えていない」

「――ありがとう、兄さん」


 安心を込めた笑みを浮かべるヒカリ。しかしここでブランドンから、ただしと即座に補足を入れてきた。


「古竜の存在に関しては、全面的に伏せておこうと思っている。あくまでバロックの悪事を解明し、彼らの自滅によって片が付いた――とな」

「わたくしもそれが一番だと思いますわ」


 ブランドンの補足にオーレリアも同意する。


「古竜の存在は、もはやおとぎ話の領域にさえあります。下手に実在していたことを広めれば、騒ぎになるだけでしょう」

「それもあるが……もっと厄介な可能性もある」


 オーレリアの言葉に頷きつつ、ブランドンは未だ眠ったままの古竜に真剣な表情を向ける。


「古竜は古い資料にしか残っていないほどの希少な魔物だ。実在していたと判明してしまえば、興味を抱く研究者などが出てきても、おかしくはない」

「あー、確かにそれは面倒っぽいわ」


 ヤミもなんとなく予想がついてしまい、苦笑を浮かべる。


「魔界の平和のためとかどーとか、色々と言い訳とかしてきそうだもんね」

「複数の貴族が結託する姿も、容易に想像できますわ。下手をすれば、その小さなドラゴンちゃんの正体も疑われかねませんし」

「あぁ。わざわざ古竜の存在を明かすメリットは、ないと言ってもいいだろう」


 オーレリアとブランドンの言葉に、ヤミとヒカリは顔を見合わせる。


「まぁ、この子が平穏に暮らせるなら、ねぇ?」

「むしろ兄さんの提案は、とってもありがたいと思うよ。是非そうしてほしい」

「任せておけ。悪いようにはさせないさ」


 自信に満ちた兄の笑みに、ヒカリも安心する。しかしその一方で、一つ気になっていることもあった。


「いくら伏せておくって言っても……誰かに預けるとなると、やっぱりそれなりに追及されそうで怖いね」

「その心配はない。預かるのはお前たちだからな」

「……へっ?」


 ヒカリは思わず目を見開く。ヤミもきょとんとしながら見上げており、ブランドンは改めてニヤリと笑みを深める。


「古竜の声に気づき、助けたのはヤミだ。そしてヒカリはヤミの弟分――ならばお前たちこそが、保護して面倒見る資格に相応しいと、私は思っているのだがね?」

「えぇ。わたくしも大賛成ですわ♪」


 手のひらを合わせながら、オーレリアも満面の笑みを見せる。


「それにお二人の姿を見ていると、なんだか子持ちの家族みたいですし」

「家族ねぇ……」

「まぁ、ヤミとは元々、そんな感じではあったけどね」


 オーレリアに見つめられる二人は、照れくさそうにはしていながらも、満更ではない態度を示していた。

 子持ちの家族と言われて、自分たちがどの立場に当て嵌められているのかは、考えなくても分かる。しかし悪い気はしなかった。そうなったらなったで、割といいかもしれないと思えてしまうほどに。


「――まぁ、とにかくだ」


 ブランドンがコホンと咳ばらいをしつつ、話を元に戻す。


「その小さな竜はヤミとヒカリに任せる。問題がないかどうかの見極めも兼ねて、しっかり育ててほしい」

「分かったよ。この子は僕たちが引き受ける。ヤミもそれでいいよね?」

「うん。あたしも頑張るよ!」


 ヒカリにそう言われ、ヤミも拳を握り締めながら気合いを入れる。ニッコリと笑みを浮かべている点からして、ワクワクしている気持ちも隠しきれていない。

 しかし、それもヤミらしいと言えており、ブランドンたちも自然と笑みを零す。

 そんな暖かな空気が流れていた時――別の飛竜の鳴き声が聞こえた。


「ブランドン様ー! オーレリア様ー!」


 続けて聞こえてきたのは、威勢のいい男の声であった。ヤミたちが視線を上げて振り向いてみると、二匹の飛竜がこちらに向かってきていた。


「皆さま、ご無事でなによりです! お迎えに上がりましたー!」

「グルワアァッ♪」


 その男は、魔界の騎士団長であった。

 彼を乗せた飛竜が、もう一匹の飛竜に案内されるような形を取っており、その飛竜もまた、彼ら――特にヤミとオーレリアにとって、見覚えのある個体であった。


「ねぇ、オーレリア。アレって、あたしたちが乗ってきたドラゴンじゃない?」

「ホントですわ。あの子も無事だったのですね!」


 バロックの転移魔法で姿を消してしまった飛竜。こうして再び姿を見せてくれたことに、二人は喜びを示す。

 そしてヒカリも、嬉しそうに見上げながら手を振っていた。


「きっとあのドラゴン、単身で城まで帰って、僕たちがここにいることを知らせてくれたんだね」

「あぁ。ドラゴンの鳴き声を翻訳できる者もいるし、それで間違いないだろう」


 弟の言葉に頷くブランドン。他の飛竜たちも威勢よく鳴き声を上げており、雰囲気に勢いが戻ってくるのを感じていた。

 ここからは魔王の立場――そのスイッチを今、彼は切り替えた。


「さぁ、みんな! この山での戦いは終わった。直ちに城へ帰還するぞ!」


 威勢よく声を張り上げる若き魔王。小さな白い竜を抱きかかえながら、ヤミは笑みを深めるのだった。

 そして――


 ――ぐううううぅぅぅ~~~!


 どうにも間抜けとしか言いようのない音が鳴り響いたのは、その時であった。ブランドンとオーレリア、そしてヒカリが振り向くと、ヤミが照れ笑いをしながら頬を掻いている。


「あはは……なんかすっごいお腹空いちゃった」

「相変わらずだねぇ。ヤミらしいけど」


 ヒカリも呆れながら笑う。そしてブランドンとオーレリアも、仕方ないなぁと言わんばかりに苦笑した。


「帰ったら、シェフにたくさん料理を作ってもらわないといけませんわね」

「二十人分で足りると思うか?」

「少し上乗せしたほうがよろしいかと。ヤミさんもたくさん力を使いましたし」

「だな」


 そんなブランドンとオーレリアの会話が聞こえたのだろう。ヤミの耳がピクッと動くと同時に、笑顔を輝かせながら飛びついてきた。


「え、なになに? ご飯いっぱい食べさせてくれるのっ?」

「はい。帰ったら楽しみにしていてくださいね」

「やったーっ♪」

「あぁ、ホラホラ。チビスケが起きちゃうから騒がないでってば、もう……」


 笑顔ではしゃぐヤミに呆れるヒカリ。そんな二人の姿を、ブランドンとオーレリアは寄り添いながら、微笑ましそうに見守っていた。


 そして数時間後――

 魔王の城の食堂で、一人の少女が数十人分の食事を笑顔で平らげ、更にお代わりを求めたことで、コックが倒れるという事件が発生する。

 しかしそれはあくまで、ほんのちょっとした余談の範囲内なのであった。


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