087 割とあっさり出てしまった結論
色々な意味で凄まじかった食事会も終了。ヤミはシルバを連れ、双子たちとともに屋敷へ帰った。
夕暮れの中、和気あいあいと帰る仲睦まじい姿は、人々の心を浄化させる。
一日の終わりを告げるに相応しい光景だと、誰もが思った。
しかし――それもほんのひと時のこと。
残った大人たちからしてみれば、むしろここからが本番といっても過言ではなく、それぞれが表情を引き締めつつ集まっていった。
「――揃ったようだな」
大聖堂の一角にある会議室――トラヴァロムが訪れたときには、既に他の面々は着席されていた。
アカリとベルンハルト、そして他の貴族たち。食事会に参加していたメンバーが、場所を変えて集まった形であった。
上座の中央に座り、トラヴァロムはゆっくりと顔を上げる。
「では改めて、緊急会議を行う。ヤミにおける今後についてだが……」
前置きをすることなく、いきなり本題から入る。他の面々も、それについては全く異論を示さず、むしろそうして然るべきだとすら言わんばかりの空気を出し、トラヴァロムに視線を向けていた。
「結論から言えば、ヤミに新たな聖女の座を務めるのは不可能だと、ワシは思う」
だからこそトラヴァロムも、率直に告げた。そしてその瞬間、周りの表情も明らかに苦々しさが増えていく。
もっとも、その反応も想定していたことではあるため、気にせず続ける。
「まぁそれについては、もはや言うまでもないことであろう。昼間の姿を見れば尚更というものだ。しかしそれでも、お披露目会の開催は避けられん。聖なる光の柱が発生した以上、その詳細を世界に伝える義務がある」
やはりそこに行きついてしまうか――皆の気持ちはすぐさま一つになった。
本来これは、とてもめでたい話のはずだった。
新たな聖女の誕生を祝し、世界にそれをお披露目する。大聖堂の未来を明るくするための、文字通り『光』とも言える瞬間。その新たな歴史の一ページを、この目で見れるというのもまた、途轍もなく栄誉なことなのだ。
あくまで『本来は』の話だが。
「――発言よろしいでしょうか?」
眼鏡の男がスッと手を挙げた。トラヴァロムが許可の頷きを返し、眼鏡の男は静かに立ち上がる。
「現時点で最大のネックとなっているのは、各国の王族や貴族が訪れること。その間だけでも取り繕うよう、なんとかさせるしかないのでは?」
「あの子にそれができると思うか? ワシの言葉すら突っぱねたのだぞ?」
「……無理でしょうね」
眼鏡の男は項垂れるように認めた。他の貴族たちも同じくであった。やはりそこになるんだよなぁ、と。
そしてそれはトラヴァロムも、同じ気持ちであった。
「聖女というのは単なる肩書きではない。立派な『立場』というものが付きまとう。必然的に王族や貴族と触れ合う機会が多くなる以上、女性らしい淑やかさは、どうしても切り離すことはできんと言える」
「しかしその……彼女にそれを求めるというのは……」
「無理だな」
トラヴァロムの口からハッキリと言い放たれた言葉に、アカリは顔をしかめつつ、テーブルの下で拳を握り締める。
隣に座るベルンハルトもそれに気づき、彼女の背中を撫でた。
「大丈夫か?」
「えぇ……」
頷くアカリの声は震えていた。ある程度の覚悟はしていたつもりだったが、いざこうして突き付けられると、やはり衝撃は大きかった。
言われること自体は致し方ない。
それに耐えられていない自分の弱さが、情けなくて嫌になってくる。
そうしている間にも、周りからは容赦なく率直な意見が解き放たれるのだった。
「あと、昼間の様子を見た限りではありますが……」
男は自身の眼鏡のブリッジを、クイッと上げた。
「彼女の場合、我の強さも一級品でしょう。とても周りからの説得に応じるようなタイプではないかと思われます」
「でしょうね。大神官様に対するあの口ぶりからして、それは目に見えてますわ」
眼鏡の男が続ける言葉に、貴族令嬢が同意する。
「それでいて無礼に見えないのが、なんとも不思議と言いますか……」
「おぉ、それは私も思っていたところだ」
「あのヤミという少女は、何か特別なものを持っているのかもしれませんね」
「同感ですな。フォローをするわけではありませんが」
他の貴族たちもそれぞれ言葉を発する。多少の態度や口調の差はあれど、共通しているのは、思いのほかヤミに対して攻撃的な者はいないという点だ。
昼間に惜しみなく披露していた彼女の態度が、実に変な意味で功を奏したと言ったところだろうか。もっともここからいい方向にいけるかというと、それはそれで微妙ではあるが。
「そしてもう一つ、口裏を合わせるのが難しい理由がある」
トラヴァロムの重々しい口調が、再び響き渡る。
「現在の魔界の王や王妃が、ヤミの人となりを知ってしまっているという点だ」
その瞬間、周りの空気がピリッと張りつめた。あからさまに表情を硬くしたり、目を見開いたりする者が頻出する中、トラヴァロムはそのまま、何事もなかったかのように続ける。
「このパーティーに魔界だけ招待しないわけにもいかん。今の若き王であれば、事前に話を通せば理解はしてくれるだろう。しかしどこからどのように漏れるか分からないとなれば、下手に取り繕うのはむしろ危険だと言わざるを得ない」
「誤魔化すよりも、ありのままを見せたほうがいいと?」
「うむ……ある程度の衝撃は免れられないだろうが、それでもまだマシな結果に導ける可能性は幾分高くなるだろう」
トラヴァロムの意見に、貴族たちは互いに視線を交わし合う。
「確かに……」
「ある意味もっともな話ではありますな」
「あの少女に取り繕わせるほうが、明らかに至難の業とも言えましょう」
「えぇ。教育してどうにかなる問題を超えてますわ」
納得の意を示してはいるが、皆の心の中で頷き合ってもいた。いずれにせよ、腹を括る必要はあると。
そしてそれを改めて、大神官であるトラヴァロムに確認しなければならなかった。
「大神官様。そうなれば自ずと、あの少女が試練を突破した『経緯』を説明しなければならなくなりますが?」
「分かっている。下手な隠し事が危険である以上、全て話すしかあるまい。大聖堂のイメージを下げてしまうことになろうとな」
その瞬間、貴族たちの顔が一斉にしかめられた。
結局のところ、一番気にしているのはそこなのだった。しかしそれもまた、当然と言えば当然と言えるだろう。貴族がイメージを大切にするのは基本。イメージを上げて評価を得て生きている立場なのだから。
そしてそれは、トラヴァロムもよく分かっていることであった。
「しかし安心してほしい。皆に不都合なことはこのワシが絶対にさせん!」
故に彼は、即座に声を上げるのだった。
「今回の元凶でもあるアマンダ。ヤツを傍に置いておきながら、止めることができんかった聖女アカリ。そして大神官であるこのワシが、責任を負う所存だ」
「大神官様……」
「お前たちは何も気にすることなく、他国の王族や貴族との交流を楽しんでくれ」
笑いかけるトラヴァロムに、貴族たちもようやく笑みを浮かべてくる。本当にそうなる保証こそないが、安心感は絶大であった。
皆、大神官としての彼を、心から信頼している証拠でもあった。
それ自体に言うことは何もない。本来であれば、これ以上何も言うことはないと、そう言えたかもしれない。
「ところでもう一つ、気になっていることがあるのですが――」
眼鏡の男が再びスッと手を挙げた。
「パーティーの件については了解しました。しかし聖女にならないとなると、彼女の処遇はどうなるのでしょうか?」
会議室内に再び、妙な緊張感が漂い始めた瞬間であった。
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