115 アマンダの末路



「姉さん!」

「お姉ちゃんっ!」


 ヒカリとノワールを抱えて下りてきたヤミの元に、双子たちが駆け寄ってくる。


「その、えっと……」

「ヒカリなら大丈夫だよ。寝ているだけだから、そのうち目を覚ますさ」

「そっか。それなら良かった……じゃなくて!」


 安心した表情を見せたと思いきや、すぐさま血相を変えるレイ。その圧の強さに思わずヤミも圧倒されてしまった。


「お姉ちゃん! それ! なに?」


 一言ずつ区切るようにレイは問いかけた。それだけ真剣に聞いているのだという心の表れではあったが、ヤミからしてみれば少し恐怖を覚えるほどだった。


「そ、それって?」

「なんかお姉ちゃん真っ白……というか銀色みたいなのになってるじゃん!」

「そうだよ! ボクたちにも分かるように説明して!」


 レイに続いてラスターも詰め寄ってくる。どうしたものかとヤミが少し困った様子を見せていた、その時だった。


「あっ……」


 体の奥底から、何かが抜け落ちていく感覚がした。その数秒後、妙にしっくりくるような重みが右肩に発生する。

 その正体にヤミはすぐさま気づいた。


「――シルバ」

「くきゅ♪」


 長い首を伸ばし、ヤミの頬にすり寄るシルバ。それは至っていつもの光景だが、数秒前までの姿を見ている双子たち――というより周りの者たちは、それで誤魔化されるつもりはなかった。


「……なんか元に戻ったね、お姉ちゃん?」

「うん。そうみたい」

「それで? さっきのは何だったの? 早くわたしたちに話して!」

「うーん、なんてゆーか……」


 改めて考えてみると、どう話したものかと悩んでしまう。あの時は気持ち的にも、無我夢中だったも同然であり、突然過ぎる『出現』にも戸惑うことがなく、何故ああもすんなりと受け入れることができたのか、むしろ自分が問いかけたいと思えてならないほどであった。

 それでも、全く言えないわけではない。

 ラスターやレイも深く関わりがある人物であることに違いはないのだから、それを隠すのもどうかとは思った。

 故に――


「あんたたちの『お姉ちゃん』が起こした奇跡……とでも言っておこうかな?」


 ヤミは小さく笑いながら、それだけ言ってのけた。

 案の定、ポカンと呆ける双子たちだったが、ヤミはそれ以上詳しく話すことなく、抱きかかえているヒカリとノワールを連れて歩き出してしまう。


「あ、ちょ、ちょっと! お姉ちゃんってば!」


 レイが慌てて追いかけ出し、ラスターもそれに続いた。


「それが答えなの!? ぜんぜん意味分かんないよ! もっとちゃんと話してよ!」

「そーだよ! そんなにボクたちに隠しておきたいことなの!?」

「別にそうじゃないよ。ただそれしか言いようがないってだけだってば」

「むー! またはぐらかしたー!」

「はぐらかしてないって」


 双子たちにせがまれるヤミは、それを笑って流しつつ、そのままヒカリを抱きかかえたまま運んで行く。

 その後ろ姿を、聖女と騎士団長の夫婦が呆然としながら見守っていた。


「……ねぇ、ベルンハルト?」


 アカリが軽く震えた声で尋ねる。


「さっきのあの子……本当に何だったのかしら? 明らかに普通じゃなかったし、私にはもう何がなんだか分からないわ」

「あぁ……だがそれでも、確かに言えることはある」


 戸惑いが拭えないのはベルンハルトも同じくではあったが、それでも現状をちゃんと認識するくらいのことはできる。

 だからこそ、最低限のことはちゃんとしなければと、彼は思っていた。


「ヤミ君のおかげで大聖堂は助かった。後でキミも、娘である彼女のことを、褒め称えてあげるといい」

「……えぇ」


 夫の言うことは分かる。しかしそれでも心の中が入り乱れているのは拭えない。

 そんなアカリの表情を汲み取ったベルンハルトは、苦笑しながら愛する妻の頭を、優しく撫でる。


「考えるのは後だ。今は目の前の後始末をしなければならん。お前も聖女として、みんなをサポートしてやってくれ」

「――はい」


 その言葉に少しは気を持ち直したらしく、アカリも表情を引き締めていた。そんな妻に安心したベルンハルトも、力強く動き出す。


「さぁ。やることはたくさんある。どんどん片付けていくぞ!」



 ◇ ◇ ◇



 戦いは完全に収束し、人々は後始末に追われていた。

 ラマントも無事に目を覚まし、合流したヤミやトラヴァロムに向け、何もできなかったことを詫びる。

 気にしなくていいと気さくな態度で許された彼は、この詫びは必ず果たすと約束するのだった。そしてリーダーとして黒竜たちに声をかけていき、破壊した建造物などから発生した瓦礫の撤去を手伝わせる。

 黒竜たちも皆、正気に戻っていた。

 ヤミが殴り飛ばした影響でダメージを負ったものの、命に別状はない。竜であるが故の頑丈さは伊達ではなかった。

 リーダーの意見は絶対なのだろう。黒竜たちに敵意はなかった。

 騎士たちと協力する姿勢も見せており、少しずつ和解する方向に転がっており、関係性の悪化を避けることは、ひとまずできそうであった。


「一時はどうなるかと思いましたが、無事になんとかなりそうですね」

「あぁ」


 アカリの言葉にベルンハルトが頷く。

 そこに――


「えぇーっ! そうなの!?」


 ヤミの叫ぶ声が聞こえてきた。視線を向けると、そこには黒竜のリーダーであるラマントと何かを話しており、魔族の少年とともに驚きを示している。


「てっきり僕たちは、ラマントさんのところから消えたものだと……」

「残念だが、全く違うと言わざるを得ん」


 きっぱりと否定する黒竜に、ヤミとヒカリは残念そうな表情を見せている。何かがあったのは確かなようではあるが、ここからでは判断がつかない。

 近くへ行って聞いてみようかと思った、その時だった。


「た、大変ですっ!」


 騎士の一人が血相を変えて走ってきた。


「アマンダが……彼女が目を覚ましたのですが、様子がおかしくて……」

「っ! すぐ案内してください!」

「俺も一緒に行こう!」


 アカリもまた表情を険しくし、ベルンハルトを伴った上で案内してもらう。

 広場から少し離れた位置に、アマンダは横たわっていた。

 ヤミに殴り飛ばされ、勢いよく地面に落ちたものの、魔力が彼女を守ったらしく、命に別状はないと――そう思われていた。


「がああああぁぁぁーーーーっ!」


 ところがアマンダの様子は、正常どころか無事とすら言えないものだった。

 瞳孔は完全に開き、視点はまるで合っていない。他のシスターたちが必死に呼びかけるも、その声が届いている様子もなかった。


「ちょっと……ちょっといいかしら?」


 アカリが戸惑いながらもシスターたちの元へ割って入り、アマンダの前に出る。


「ガハッ、がっ……ごわああっ!」

「アマンダ! しっかりしなさい! 私よ、アカリよ!」


 肩を掴んで必死に呼びかけるアカリ。するとアマンダの視線が、彼女を捉えた。


「せ、いじょ……さ……が、はあああぁぁ……」


 呼びかけようとしたその矢先のことだった。声が掠れると同時に、彼女の体が急速にカサカサと乾いていった。

 突然の現象にアカリは驚きを隠せない。

 その間にもアマンダの体は、みるみる干からびていく。

 やがてそれはなんとか落ち着くも、アマンダの動きそのものも完全に停止。完全に力も抜け、開きっぱなしとなった瞳孔から、乾いた眼球が今にもポロッと落ちそうな状態となっている。

 アマンダが動くことは、もう二度とあり得ない。

 因果応報と言われればそれまでだが、惨い最期を迎えた彼女に対して、哀れに思う視線が向けられていた。


「……これも、私のせいね。本当にごめんなさい……アマンダ」


 乾き切った骨と皮のみの手を取るアカリの目からは、涙が零れ落ちていた。


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