108 黒竜襲来
「黒竜が大聖堂に迫ってきてるって?」
「あぁ、ほら! もうここからでも見えてるよ!」
「――うわ、ホントだ!」
大聖堂のあちこちで混乱が生じていた。
不測の事態に対して鍛え上げているはずの騎士たちでさえ、驚きと戸惑いと恐怖を感じずにはいられない。青空と白い雲の中を、黒い集団が立派な翼を羽ばたかせ、向かってくる姿を見てしまえば、自然とそうなってしまう。
これも致し方ない話だと言えた。
竜の大群が迫ってくるというだけでも大騒ぎなのに、それが『黒竜』ともなれば尚更というものだった。
その理由は、黒竜の特徴にあった。
「てゆーかそもそも、黒竜って普通はこんなところに来るもんだっけ?」
「来ないな。生息地的にも、この大聖堂からは大陸をいくつか渡らない限り、お目にかかることはまずないだろうよ」
「じゃあ、黒竜がああして大群で来るってのは、主にどんな時だ?」
「何かしらの被害を受け、盛大に怒り狂っている証拠だな」
「つまり……この大聖堂にいる誰かが、その被害とやらを与えたってことなのか?」
「それしかねぇだろうよ」
客観的状況だけを見れば、そうとしか言えなかった。こうして話している間も、容赦なく近づいてくる大群の凄まじさに、背筋の震えが止まらない。
しかしながらどうしても気になることもあり、それを疑問として口に出さずにはいられなかった。
「……マジで誰が何をしでかしたってんだ?」
「そんなの俺が聞きてぇよ……てゆーか黒竜に粗相を働くってこと自体、普通はできねぇことだってのに」
「つまり、普通じゃない誰かがやったってことになるのか?」
「そりゃそうなるだろうが、そんな人物がこの大聖堂にいるはずが……」
ない――そう言おうとした瞬間、とある人物『たち』の姿が、騎士たちの脳裏に浮かんできてしまった。
「……いやいや、まさかな」
「流石にねぇだろう」
「そうだよ。いくら破天荒だからってなぁ……」
乾いた笑いを浮かべる騎士たちだが、まさかという気持ちが浮かんでくる。これまで自分たちの予想の斜め上を超える行動ばかりしてきた。もしかしたら今回もそうなのではと、そんなふうに思いたくなるのも無理はないと言えなくもない。
ましてや今の『彼女』は、この大聖堂においてはまず接触しないであろう種族の人物と一緒にいる。しかも実の母親よりも大切にしているという話だ。
最初は『それこそまさか!』と思ったものだ。
しかし、いざその実態を見た瞬間、改めて皆で唖然としてしまったのは、彼らにとっても記憶に新しい。
だからこそ思ってしまうのだ。
もしかしたら――と。
「――お姉ちゃん、見て! すぐそこまで来てるよ!」
「うわっ。ホントだ」
そんな姉妹らしい声が聞こえてきた。騎士たちは恐る恐る振り向くと、この大聖堂でも特に有名な双子の兄妹に連れられる形で、白髪の人間の少女と金髪の魔族の少年が走ってきた。
それぞれ小さな白い竜と、黒い竜を一匹ずつ胸に抱えながら。
「黒竜なんて、ここらへんじゃ絶対来そうにないドラゴンだっていうのに……」
白髪の少女もよく分かっているらしく、走りながら顔をしかめている。
「こりゃーただごとじゃないよ」
「でも、僕たちが行ったところで、どうにかできるもんなのかな?」
「それはちょっと、ボクたちも分からないけど……」
魔族の少年が浮かべる疑問に、幼い双子の兄が答えた。
「父上に連れてきてくれって言われたんだ」
「うん。だから急いでほしいの!」
「ベルンハルトさんがねぇ……まぁ、行ってみるしかないか」
「そうだね」
「くきゅっ!」
「きゅるるぅーっ!」
そして四人の少年少女たちは、呆然としている騎士たちに気づく様子もなく、慌てて走っていくのだった。
「……ベルンハルト団長も、それなりに疑ってるってことでいいのか?」
「さぁな。とにかく俺たちも行こうぜ」
「こんなところでのんびりしてるワケにゃあ、いかねぇもんな」
騎士たちも表情を引き締め、集まっているであろう場所を目指して駆け出す。
程なくして集まった大聖堂の広場では、小さな竜を連れた少年少女たちに、怪訝な表情が向けられていたのだった――
◇ ◇ ◇
「――単調直入に聞く。キミたちは、あの黒竜の大群に心当たりはあるか?」
「「いいえ、全く何もないです」」
ベルンハルトの質問に、ヤミとヒカリは即答する。その見事な声の揃いっぷりに、周りの騎士たちは更に疑いのまなざしを向けてくるのだった。
「怪しいな……」
「こりゃ絶対に何かあるぞ」
「俺は最初からあの二人に何かあると思ってたんだよな」
「色々とタイミングが良すぎたもんな」
「ベルンハルトさんが捕まえろって命令すれば、いつでも動いてやる!」
「みんなでかかれば、あの二人くらいどうにかなるさ」
そんな声がしっかりと聞こえてきており、ヤミもヒカリも居心地の悪さを存分に味わっていた。
「……完全に疑われちゃってるよ、これ」
「無理もない……のかな?」
ヤミとヒカリが黒竜の大群を呼び寄せた――あるいはそうなってしまう何かをしでかしたと、彼らは思っているのだ。
当然ながら、二人ともそんなことをした覚えはないのだが――
「特にアレだよ! 魔族の連れている黒いドラゴン!」
「あぁ。もしかしなくても……そうだよな?」
「そうとしか思えねぇ」
「温厚な顔をしていながら、実は巣から卵をかすめ取るほどの達人だったのか?」
「人は見かけによらないってよく言うが……あの魔族もそうらしいぜ」
「油断するな。いつどんな動きをするか分かったもんじゃねぇ」
騎士たちの視線は、ヒカリの連れている小さな黒い竜――すなわちノワールに注目されていた。
「きゅるぅ?」
ノワールもそれに気づいたらしく、どういうことと言わんばかりに、親と見なしているヒカリを見上げている。
その小さな頭を優しく撫でるヒカリは、困ったように苦笑していた。
(……まぁ、この状況だけ見れば、そりゃそう思うよね)
ヒカリが小さな黒い竜を連れて大聖堂に現れ、程なくして黒竜の大群が、一斉に迫りくる大騒ぎとなった。
あまりにもタイミングが良すぎる。これで疑うなというほうが無理な話だろう。
「でも、どうしよう? 下手に僕たちが何か言っても、多分効果ないよ?」
「だよねぇ……」
少なくともヤミとヒカリ、そしてラスターとレイだけじゃ意味はないだろう。ベルンハルトでさえも、彼一人でこの疑惑を沈めるのは難しそうだ。
すると――
「その人たちは何も悪くないよ!」
どこからか子供の声が聞こえてきた。ラスターとレイではない。しかしヤミは、その声に聞き覚えがあった。
「ヒカリさんはとてもいい人なんだ! 魔族とかそんなのはカンケーない!」
「そーだそーだ!」
「見た目でうたがうなんて良くないんだぞーっ!」
それは、双子たちと同い年である少年フィンと、その友達数人であった。
この数日の間にヒカリは、ヤミや双子たちを通して彼らと接し、それなりに仲良くなっていたのだった。
と言っても、ノワールを可愛がるという意味合いも強く、物珍しいから色々話しただけのような関係性だった。少なくともヒカリはそう思っており、もう会うこともないだろうと思っていたくらいであった。
まさか彼らが、わざわざ庇いに来てくれるとは――完全なる予想外の展開に、ヒカリはおろかヤミでさえも、目を丸くしていた。
「弟の言うとおりだ! 僕も騎士団の一人として、彼を信じます!」
そしてフィンの兄であるジェフリーも、前に出てきた。その純粋でまっすぐな眼差しを見た騎士たちもまた、心が揺れ動いてゆく。
ベルンハルトも目を見開いていた。
まさか他の子供たちが乱入してくるとは――どうやらこの数日間で、子供たちも動いていたようだと、改めてこの場で思い知らされる。
場の空気が大きく切り替わった、まさにその時であった。
「――お、おい! 黒竜が降りてくるぞーっ!」
騎士の一人がそれに気づき、慌てて声を張り上げる。ヤミたちも振り向くと、確かに一匹の大きな黒竜が急降下してきていた。
「慌てるな! 落ち着いて構え、対処しろ!」
ベルンハルトもまた、即座に鋭く声を上げ、騎士たちをまとめ上げる。そして団長の命令ということもあってか、殆どの騎士が落ち着きを取り戻し、それぞれが武器を構え直すのだった。
すると――
『待て。我は戦う意思などない』
大きな翼を羽ばたかせる黒竜から、なんと声が聞こえてきた。
『そこの白髪の少女と、少し話したいだけだ。恐らく我の知り合いなのでな』
その瞬間、ヤミに対して一斉に視線が向けられる。ヤミもヤミで、黒竜を見上げながら目を見開いていた。
最初は驚きで気づかなかったが、よくよく聞いてみると心当たりがある。
数年ぶりに聞く懐かしさを感じずにはいられなかった。
「……もしかして、ラマント? 黒竜の群れのリーダーの?」
『そうだ。やはり我が友である小娘だったか。わっはっはっはっはっ!』
黒竜の陽気な笑い声が、風に乗って大聖堂中に響き渡っていた――
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