107 ただいま絶賛軟禁中
それから、更に数日が経過した――
特に大きな騒ぎもなく、表向きは平穏な時間が流れている。しかしその中身はギスギスしているといっても過言ではなかった。
「……ヒマだねぇ」
小さめのベッドに身を投げ出した状態でヤミが言う。
「ご飯やトイレ以外どこにも出かけられないし、軟禁もいいところだよ」
「まぁ、むしろこの程度で済んで良かったんじゃないかな?」
同じベッドの縁に腰掛け、膝元にノワールを乗せたヒカリが、その小さな背中を撫でながら苦笑する。
「下手したらこうして、騎士団の宿舎の一室を貸してもくれなかっただろうし」
「確かにね……そこはジェフリーに感謝だわ」
「くきゅー」
現在ヤミたちがいるのは、騎士団の宿舎の一室だった。二人部屋で小さめのベッドが二つと、学習用の粗末な机が二つ。あとはせいぜい小さな洋服ダンスが一個、備え付けてある程度だ。
まさに殆ど寝起きするためだけの場所。せいぜい寝る前の自主学習ができる以外、何もできそうにない部屋だった。
宿舎である以上、当然と言えば当然かもしれないが、そこに放り込まれて生活を余儀なくされているとなれば、多少なりの不満は出てきてしまう。
とはいえ、致し方ない事情があるのは、ヤミも分かっているつもりではあった。
「キャロルが誰かに襲われるなんてね。しかもヒカリが疑われるとは……」
「仕方ないよ。怪しさで言ったら僕が一番だろうし」
「うん……まさかあの子も、魔族に大きな恨みがあったなんてね……」
彼女の過去について、ヤミたちもトラヴァロムから聞かされたのだった。最初はヒカリが疑われるなんてと憤慨していたヤミだったが、その話で一気に何も言えなくなってしまい、しばらくは一緒に大人しくしているしかないと納得したのである。
「無事に目は覚めたけど記憶はなし……彼女に恨みを抱いている人が、この大聖堂にいるとも考えにくい」
「そうなれば、僕が疑われるのも無理はないね」
「……当事者だってのに、随分とまぁ呑気なもんだねぇ、ヒカリくん?」
「焦ったところでどうにもならないもん。ここは冷静に分析していくべきだよ」
「まぁ、確かに」
弟分の正論を受けたヤミは、頷く以外なかった。そしてベッドから起き上がり、足を投げ出した状態で天井を見上げる。
「ヒカリはあたしたちと一緒にいたんだから、犯人ってことはない。つまり他の誰かになるんだけど……うーん、やっぱあの人かなぁ?」
「あの人って?」
「アマンダさんっていうシスター」
「あぁ。確かヤミが、聖女の試練を突破するきっかけになっちゃった人だっけ?」
「そうそう」
改めて思い出したヤミは、深いため息をついた。
「あの人の行方も分かってないみたいだし、なんか普通にあり得そうだよ」
「早く見つかるといいね」
「ホントだよ。いつまでもこんなところにいたくもないし」
ヤミが苛立つのも無理はない。狭い部屋の中で特別することもなく、こうして会話するか昼寝ぐらいしかできなかった。
時折、双子たちも様子を見に来てくれはするが、それでも頻度は限られる。
このような事態に、大聖堂の人間が魔族と交流する――たったそれだけで色々と疑われたりしてしまうのだった。
「あたしがヒカリと一緒にいると言った時も、メッチャ難色示してたし」
「てゆーか殆ど強引にこっち来たよね。それがダメなら僕ともども自分も追放しろ、みたいなこと言ってたし……」
「そうでもしないと、あんたと一緒にいられそうになかったもん」
「ヤミのお母さんも凄く困ってる感じだったよ?」
「うん。でもあんたのことに比べれば、そんなの圧倒的に些細な問題だから」
「……そんなにヤミは僕のことを?」
「当たり前でしょ」
ゴロンと寝転がりながら、ヤミはヒカリを見上げる。
「あんたが一番大切な『家族』なんだから。ま、今はこの子たちも一緒だけどね」
「くきゅ?」
「きゅるるぅ?」
視線を向けられたことに気づき、シルバとノワールは揃って首を傾げる。言ったことの意味を理解していないのは明らかだったが、それを込みでも可愛さのほうが勝っているのは確かであり、ヤミも思わず頬を綻ばせる。
それ自体はヒカリも同じくだったが、その一方で気になる点もあった。
「って、ちゃっかりノワールも入ってるんだ?」
「そりゃそうでしょ。この子もあたしに懐いてくれてるし。ね、ノワール?」
「きゅるるぅ♪」
ヤミに頭を撫でられ、喜びの鳴き声を上げるノワール。嫌がらないどころか、むしろもっとしてと言わんばかりにすり寄る姿は、ヤミのことをちゃんと認めているなによりの証拠だろう。
そればかりか――
「きゅる、きゅるきゅるぅー♪」
ノワールがヤミに抱き着いてきた。思わず両手で支えながら受け止めるその姿は、傍から見れば微笑ましい。
だがその中に、不満に思う者はいるわけで――
「……くきゅー」
「はいはい。シルバは僕のところへおいで」
「くきゅ……くきゅっ!」
「っと、よしよし」
勢いよく飛びついてきたシルバを、ヒカリはなんとか受け止める。今しがた見せていた不満はどこへ消えたやら、すっかりとご機嫌よろしく首を伸ばして頬にすり寄るシルバに、ヒカリは苦笑を隠し切れない。
そんな姿を見ていたヤミもまた、楽しそうに笑っていた。
「なんかその姿、本当にシルバの『パパ』みたいだよ?」
「そーゆーヤミこそ、すっかりノワールの『ママ』みたいじゃん」
「なに言ってんだか……あ、そんなことよりも……」
サラリと流しつつ、ヤミもヒカリに対して気になっていたことを思い出す。
「あんた、転移魔法でいきなりこっち来ちゃったでしょ? 魔界のほうじゃ大騒ぎになってるんじゃないの?」
「あ、そこはトムさんに頼んで、すぐに手紙を送ってもらったよ」
「じゃあ向こうさんは、もう知ってるんだね?」
「うん。ヤミが一緒ならこっちも安心だって書いてあった」
「そっか。それは良かった」
「とてもじゃないけど、お披露目パーティーに参加している場合じゃなくなるところだったみたい」
「ありゃりゃ……あんたのおにーさんも、随分と心配してたんだねぇ」
「らしいね」
ヒカリは軽く笑って見せたが、実際はかなり大きな問題に発展しかけていたことが手紙に記されていた。
考えてみれば無理もない話である。
正体不明の小さな黒い竜を引き取ったその直後に、忽然と姿を消したのだ。何かがあったと考えるのが普通であり、秘密裏に事を進めていたとはいえ、相当ブランドンたちの気を揉ませてしまったことは間違いない。
申し訳なく思ったヒカリは、再度返事の手紙を書こうと思った。
しかしそれを見越していたのか、ブランドンは一枚の追伸を忍ばせていた。
――弟を心配するのは、兄として当然のことだ。お前が気に病む必要はない。
その一文を読んで、思わずほくそ笑んでしまったのはここだけの話だ。
ここまで言われてしまえば、もう何も言えないではないか。ちゃんと魔界へ帰り、元気な姿を兄に見せなければならないと、ヒカリは改めて強く思うのだった。
「とにかくまぁ、兄さんのほうは恐らく大丈夫だよ」
「そっか。じゃあ後は、こっちの問題が片付けばってところかな?」
「……簡単に行きそうな気配しないけど」
「そこなんだよね。このままだと、お披露目パーティーの開催自体が先延ばしになりそうだって、トムじいもため息つきながら言ってたし」
「まぁ、そりゃそうなるか……」
アマンダの件に加えてキャロルの件も追加されてしまった。とてもじゃないが、現時点で他国の王族や貴族を集めるなど、明らかにリスクの塊でしかない。
「じゃあ当分、ここにいるしかないってことだね」
「あー、こうも部屋の中にずっといたんじゃ、気が滅入っちゃうよ、まったくー!」
苦笑するヒカリの言葉に、ヤミは我慢の限界だと言わんばかりに騒ぎ出す。
「何か起こらないかな? あたしも駆けつけないといけなくなる緊急事態的な!」
「いやいや、それは流石に不謹慎でしょ――」
ノワールを抱き上げながらやんわりとたしなめるヒカリ。そもそもそんな都合よく事が起こるはずがない――そう心の中で思った、その時であった。
「――急げーっ!」
「すぐそこまで迫ってきてるってよ!」
慌ただしい声が聞こえてきた。ヤミとヒカリが窓の外を覗くと、兵士たちが急いで走っていくのが見える。
明らかに普通ではない。二人が顔を見合わせていると――
「兄さん! 姉さん!」
「大変だよっ!」
ノックをする間もなく扉が開けられ、ラスターとレイが駆け込んでくる。驚きながらも振り向くと、双子たちはそのまま詰め寄ってきた。
「すぐにわたしたちと来て!」
「たくさんの黒いドラゴンたちが、大聖堂に迫ってきてるんだ!」
その言葉を聞いたヤミとヒカリは、唖然としながら改めて顔を見合わせる。
「緊急事態……」
「起きちゃったみたいだね」
今はただ、それ以外のコメントが思い浮かばなかった――
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