109 黒竜のリーダーとは仲良しです
「そっかー、ラマントかー! うっわ、また随分と懐かしいねー!」
『あぁ。まさかこんなところでそなたの顔を見るとは、我もまるで思わなんだぞ』
黒竜のリーダーと楽しそうに会話するヤミ。その様子は完全に、昔馴染みとの再会を祝している形そのものであった。
するとそこに、別の黒竜が降りてくる。
『リーダー! 突然下りたと思ったら何やってんですか?』
その黒竜も青年らしき声を発してきた。そしてその口調からして、ラマントに対し不満を抱いていることは間違いない。
『こんなニンゲンの女と喋ってるヒマがあるんなら、さっさと襲撃を――』
『バカモノが。お前こそ、こちらの小娘のことを忘れたのか?』
『はぁ? 一体何を言って……』
そしてその黒竜が視線を傾け、ヤミの存在を確認した瞬間――
『あ……』
目を丸くし、みるみる表情を青褪めさせていった。そのまま硬直すること数秒、どうしたんだろうとヤミが首を傾げていると、その黒竜がゆっくりと動き出す。
『す、すみませんでしたっ! アネさんっ!』
そして勢いよく頭を下げてきた。人で言う土下座をする勢いで。
『アネさんとは気づかず、大変失礼なことを申しました!』
「いいよ。それよりも随分と威勢が良かったね?」
『とんでもないッス! 自分、まだまだケツの青い未熟モノに過ぎないッスから!』
『全く……お前というヤツは……』
すっかり態度を変えてしまった黒竜に、ラマントが深いため息をつく。
『威勢がいいのは結構だが、調子に乗るのは大概にしろと、何度も言ってるだろう』
「まぁまぁ。それがこの子のいいところでもあるんじゃないの?」
『……あながち否定はできん。まぁ、以後気を付けろ』
『へへーっ! 寛大な措置を感謝するッス!』
『小娘に免じてでもあるからな?』
『分かってるッス! アネさんの寛大なお心には、感謝してもしきれないッスよ!』
「あはは。そんな気にすることないって」
軽く笑って流すヤミ。しかしそれとは別に、少しばかり思うこともあった。
「にしても『アネさん』か……そういえば最後はそう呼ばれてたっけかね」
『あれだけの大立ち回りをすれば、無理もない話だろうよ』
「いや、実を言うと結構忘れてたんだよね。もう二年くらい前の話だし」
『そうか。我らからすれば、二年など昨日みたいなものだがな』
「そりゃまぁ、あんたたちドラゴンからすればねぇ」
『というより小娘の場合、毎日のように何かしらの騒ぎに巻き込まれているから、そう思っているだけの話ではないのか?』
「あー……そうかも」
そう言われると否定はできず、ヤミも苦笑するしかない。ついでに言えば、若手騎士たちから『姐さん』と呼ばれるのに抵抗がないのも、黒竜たちが大きな理由だったりするのだが、それはあくまでここだけの話だ。
「……ねぇ、ヤミ?」
するとここで、ずっと黙っていたヒカリが遠慮がちに問いかけてくる。
「知り合いってことで……いいんだよね?」
「うん。昔ちょっと色々あってねー」
あっけらかんと笑顔で答えるヤミ。完全にいつもの空気を取り戻しており、二人の腕の中にいる二匹の小さな竜も、緊張が解けているようであった。
するとここでヤミが、思い出した反応とともに、黒竜のリーダーへと話しかける。
「ラマント。この子がヒカリ。あたしの弟分だよ」
『おぉ。そなたが……ヤミからは話を聞かせてもらっておるよ』
「ど、どうも。ヒカリと申します」
『こちらこそだ。我のことは気軽にラマントと呼んでくれ。よろしく頼むぞ』
互いに自己紹介をしあう一人と一匹。その姿は中々にシュールであり、周りは戸惑わずにいられない。周りの騎士たちは勿論のこと、幾多の修羅場を潜り抜けてきたはずのベルンハルトでさえも、唖然としているほどだった。
(うーむ……もはや何をどう判断すればいいのか、まるで分からんな)
顎に手を当てながら、ベルンハルトは顔をしかめている。
(そもそも黒竜というのは、ドラゴンの中でも特に人と触れ合うことが難しいと言われている。数多くの竜を従えている調教師でさえ、黒竜は無理だと諦めている者も珍しくないくらいだ。なのにこれは……)
どう見ても普通に仲良しの図そのものだ。ヤミと黒竜のリーダーは、それほどまでの関係だということを示している。
一体どのような経緯を通り抜ければそうなるのか。
あっけらかんとしている彼女は、これまでどのような道のりを進んできて、どんな修羅場を潜り抜けてきたのか。
確かに以前、彼女の口から軽く話してくれたことはあった。
しかし到底それだけではない。本人でさえも覚えていない『何か』が、刻み込まれている記憶の中に眠っているのではないかと、ベルンハルトはそう思えてならず、自然と身震いをしてしまう。
すると――
「ねぇ、ラスター?」
「ん?」
そこに双子たちの話す声が聞こえてきた。本人たちなりにひそひそ声のつもりなのだろうが、風に乗ってしっかりとベルンハルトの耳に届いている。
「お姉ちゃんって、ホント何者なんだろうね?」
「さぁね。しいて言うなら……」
「言うなら?」
ラスターがどこか楽しそうに、小さく二ッと笑った。
「――『姉さんだから』っていうのが、一番の答えなんじゃない?」
「あーなるほど……それならなんかわたしも分かる気がする」
「でしょ?」
納得し合う我が子たちの様子に、ベルンハルトは軽く驚きを見せていた。同時にどこか腑に落ちた気もする。
(なるほど。ヤミ君だからこその結果ということか。そしてそこには、細かい理屈など必要ないのだと……)
あれほど狼狽えていたベルンハルトの表情は、すっかり落ち着きを取り戻し、冷静に様子を観察できるようになっていた。
(ヤミ君に細かい理屈など無用か……どうやら俺はまた一つ、この子たちに教えられてしまったようだ)
ベルンハルトは目を閉じて小さく笑い、そしてしっかりと顔を上げ、ヤミと談笑している黒竜の元へ向かってゆく。
「――ラマント殿、と申しましたか?」
その声にヤミ共々反応を示し、視線を向けてくる。やはり多少なりの緊張は拭えなかったが、それを表に出すことなく、ベルンハルトは呼びかけた。
「私はベルンハルト。この大聖堂で騎士団長を務める者です。貴殿らの突然の襲来、何か深い訳があるとお見受けします。ここは一つ、冷静に話し合う方向で収めていただければと思うのですが」
『……そうだな。我としても、無暗に騒ぎを大きくするつもりはない』
ラマントから同意をもらえたことに、ベルンハルトは心の中で安堵する。
(とりあえず、最悪の事態だけは避けられたようだな……)
落ち着いて話せる環境を作れただけでも、この場では儲けものと言えるだろう。改めてベルンハルトは、ラマントから事情を聞くこととなったのだった。
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