110 襲来の理由、そして・・・



「……全くヤミには、驚かされてばかりだな」


 後から駆けつけてきたトラヴァロムは、苦笑しつつも頭を抱えていた。


「黒竜の大群が襲来したと聞いた時は、どうなることかと思ったが……まさかヤミの知り合いだとは」

「そんなに驚くようなもんかね? ただ単に黒竜と友達ってだけの話だよ?」

「……普通は黒竜と交流すらできんものなのだがな」


 コテンと首を傾げるヤミに、トラヴァロムは深いため息をつく。そしてその隣ではもう一人、唖然としている人物がいたのだった。


「あ、あの子が黒竜と……一体どうすれば、そんな交友関係になれるのかしら?」


 夫や子供たちが心配で、トラヴァロムと一緒に駆け付けてきたアカリ。双子たちから事情を聞いて、戦々恐々としていた。


「ひ、ひとまず母親として挨拶したほうが……」

「お母さま、ちょっと待って」


 慌てて一歩を踏み出そうとしていたアカリを、レイが制する。その態度は明らかに落ち着いており、むしろ母親に対して呆れてすらいる視線で見上げていた。


「今はお姉ちゃんとお父さま、それと大神官さまに任せておこうよ。とりあえずお姉ちゃんがいれば、黒竜さんたちも暴れたりしないから」

「そうだよ。母上は余計なことをしないで。ここでボクたちと大人しくしてて」


 レイに続いてラスターも、しっかりと釘を刺してきた。わずか八歳の子供に諭されてしまうという状況ではあったが、今のアカリにそこまで把握する余裕はない。むしろそう言われたことで、更に慌てる素振りを見せてしまう。


「で、でも! 私も母親である以上に聖女なのよ? 務めを果たさないと……」

「じゃあ一つ聞くけど、お母さまって黒竜さんたちと知り合いなの?」

「……初めてお会いするわね」

「お姉ちゃんはもうかなり仲良しみたいだよ? ほら!」


 レイに合わせてアカリも視線を向けると――


『大神官よ。小娘に感謝することだな。我が友がこの場にいなければ、今頃この大聖堂は火の海と化していたぞ』

「まぁまぁラマント。そんな怖いこと言いなさんなって」

『む。しかしだな……』

「ここはどうかあたしに免じて一つ、ね?」

『ふん……まぁ別に構わんがな』

『あらら♪ リーダーってば相変わらず小娘ちゃんに弱いんだからー♪』

『……貴様には帰ったら特別修業を付ける必要がありそうだな』

『ひいぃ~っ! 小娘ちゃん、助けてぷりぃ~ず!』

「ったくもー、余計なこと言うから……」


 大きな二匹の黒竜を相手に、なんてことなさそうに笑いながら接するヤミ。この中で誰よりも緊張していないのは確実であり、むしろ別の意味でも彼女がいなければどうなるのか――想像してもしきれないほどであった。


「ねぇお母さま? お母さまにあれくらいのことができる?」

「……できないわ」

「でしょ? だからわたしたちと一緒にいたほうがいいんじゃない、ってこと」

「ボクたちなら落ち着いてるからね」

「そーそー」

「落ち着いてるって……」


 自分の子供たちの笑顔に、アカリは戸惑うしかない。


「どうして、あなたたちはそんなに……こんなの、普通じゃないと思わないの?」

「だってお姉ちゃんだもん」

「姉さんが普通じゃないのは、今に始まったことじゃないし」

「そりゃー最初はビックリしたけどね」

「でも姉さんならって、ボクたちもすぐに思ったよ」

「ねー♪」


 まさに双子ならではの息の合った意見。アカリは完全に閉口してしまい、改めて大きな戸惑いとともに、もう一人の娘のほうに視線を向ける。


(光里……あなたは一体どこまで……)


 どれだけ強く想っても、その気持ちが届く気配はなかった。

 娘の過去の名前を発している点について、何も思わない彼女を、果たして何と表現するべきか――



 ◇ ◇ ◇



 そんなモヤモヤした空気が流れていることなど知る由もなく、ヤミは軽く首を傾げるように黒竜の顔を見上げる。


「ねぇ、ラマント?」

『なんだ?』

「話すんだったら、そろそろ『変えて』もいいんじゃない?」

『おぉ、そういえばそうだったな。忘れていた』


 その瞬間、ラマントの体が光り出す。何事かと再び周りが身構えていると、なんと大きな黒竜の体がみるみる小さくなっていく。

 更に形を変え、その姿は一人のヒトと化していた。


「なんと――!」


 トラヴァロムが驚きの声を上げる。ベルンハルトやアカリは目を見開きながら絶句しており、双子たちや他の騎士たちもまた同様であった。

 ヒカリも驚いてはいたが、ある程度の予想はしていたらしく、見事なものだなぁと感心するかのように呆けている。シルバとノワールも、純粋に物珍しさを感じて目をキラキラと輝かせていた。

 この場で平然としている者がいるとすれば、それはヤミくらいであった。


「いやー、久々に見たねぇ。ラマントが人間になった姿」


 黒髪で長身、赤い切れ長の目が特徴的な、二十代くらいのイケメン青年――それが今のラマントの姿であった。

 これだけを見れば、とてもその正体が竜であるなど、誰も思わないことだろう。


「ふむ。やはり会話するならば、同じ『ヒト』の姿になるのが一番だな」


 そして当のラマントも、周りの反応など気にも留めずに、無事に変化が成功したことを確認していた。


「思えばこの姿も久々となる」

「それにしては随分とお見事な変身じゃないの」

「なんてことはない。こんなものは経験を積めば普通にできる」

「ふーん。そんなもんか」


 ヤミも周りの様子を気にせず、平然と会話を続ける。それも凄い空気を作り出している一因にはなっているが、会話が進むという点では良かったと言えるだろう。


「ところでそろそろ聞きたいんだけど……何であんたたち、ココに来たの?」


 その瞬間、周りが一斉に軽く目を見開いたことに、ヤミもラマントもやはり気づくことはなかった。

 そういえばそれが本題だったっけと、そんな意味であることも含めて。


「実は数日前、我々が暮らしている里から、卵が何者かに盗まれてな。その人物は、大聖堂の紋章が入った服を着ていたことが確認できている」

「えっ……大聖堂の?」

「あぁ。持ち出していく姿を、この目で見たからな」


 唖然とするヤミに、ラマントは重々しく頷く。


「そして持ち出された卵が、この大聖堂のどこかにあることも分かっている」

「……ちなみにそれ、どうやってそれ分かるもんなの?」

「我ら黒竜は、生まれようとしている雛の居場所が分かるようになっている。流石に距離が離れ過ぎてしまえば無理だがな」

「それって、魔法みたいな感じ?」

「正確には違うが……まぁ、お主たちからすれば、似たようなものだろう」

「へぇー」


 ヤミとラマンドとの間で淡々と話が進められてゆく。これまで呆然としていた周りの者たちは皆、落ち着きを取り戻しつつ黙って耳を傾けていた。


「その雛とやらの居場所を辿ったら、この大聖堂にブチ当たったってわけだ?」

「そういうことになる。我らの勘違いということはあり得ん」

「黒竜の雛……か」


 ヤミの中で、そのワードに何か引っかかるものを感じた。


「ねぇ。もしかしてそれって――」


 ほんのつい先日、弟分が転移されてきた際、一緒に連れてきてしまった小さな黒い竜の正体――未だそれが判明していないのも確かだった。

 それをヤミが尋ねようとした次の瞬間――


『――ぐぅっ!』


 苦しそうな唸り声が聞こえてきた。近くにいた黒竜がうずくまっており、どう見ても普通の状態ではない。


「え、なに!?」

「おい! 一体どうしたと……」


 ヤミとラマントが慌て出す。しかしそれは、目の前だけの話ではなかった。


「グルオオォォッ!」

「ガアアアアァァァッ!」

「ギャーーッ!」


 空を旋回したり地上に佇んでいたりしていた他の黒竜たちも、一斉に苦しみ出してしまう。

 そして――


「グルルルル……グルルオオオオォォォーーーーッ!」


 苦しみを発散するかのような雄たけびを上げ、ラマントを除く黒竜たちが、一斉に動き出すのだった。


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