111 嵌めた者と嵌められた者



 落ち着きそうだと思われていた場が、一気に戦慄と化した。

 突如暴れ出す黒竜たち。空を旋回しながら炎を吐き出し、それが地面に命中しただけで壮大な爆発音を巻き起こす。巨大かつ頑丈な体は、ほんの少し暴れまわるだけであちこちが破壊される。振り回される長い尻尾が、戸惑って動けない若手騎士たちに直撃し、勢い良く吹き飛ばされてしまう。


「うわああぁーーっ!」

「退避だ! ここにいたら危ないぞおぉーーっ!」


 騎士たちの怒号が飛び交う。しかしそれは余計な混乱を生み出すだけでしかなく、むしろ被害は増える一方にしか見えなかった。

 すると――


「落ち着け! お前らそれでも大聖堂の騎士団かっ!」


 ベルンハルトの一喝が、騎士たちの混乱を一瞬にして止める。真後ろで盛大な爆発が起きても、彼は微動だにせず、まっすぐ騎士たちに厳しい視線を向けていた。


「無暗に逃げるだけでは意味がないぞっ! お前たちはこれまで一体、何をしてきたというのだ! ここでこれまでの成果を出せないようでは、我が大聖堂の騎士団を務める資格などないぞ!」

「き、騎士団長……」


 若手騎士の一人が震える声を出す。そこに一人の騎士が前に出た。

 それはジェフリーだった。表情を引き締め、ベルンハルトの前に出るなり、姿勢を正して頭を下げる。


「――申し訳ございませんでした! お叱りの言葉、感謝いたします!」


 そして顔を上げ、ジェフリーは周りを見渡しながら声を上げる。


「みんな、行くぞ! 今こそ訓練してきた成果を見せるんだ!」

『――はっ!』


 ジェフリーの声に若手騎士たちの士気が戻る。そして表情を引き締め、武器を掲げながら動き出すのだった。

 ほんの数分前まで見せていた混乱は、今や影も形も見られない。

 その姿にベルンハルトは一筋の安心を覚えつつ、彼もまたすぐさま気を持ち直し、守るべき存在のほうを振り向く。


「大神官様!」

「ワシなら大丈夫だ! お前は聖女と子供たちを守れ!」

「――はっ!」


 そしてベルンハルトは視線を動かし、身を寄せ合っている三人の親子を発見。すぐさまその元へ向かう。


「お前たち、大丈夫か!?」

「父上……」

「お父さまっ!」


 ラスターとレイが見上げてくる。その顔には不安と恐怖の二文字が浮かんでおり、それはしっかりと涙となって二人の目から零れ落ちていた。

 ほんの一瞬、ベルンハルトは呆気に取られるも、すぐさま強い笑みを見せる。


「よくぞ母を守ってくれたな。俺が来たからにはもう安心だぞ!」


 その声を聞いた双子たちの顔に笑みが宿る。それはアカリも同じくであり、逞しい彼の存在に改めて安心感を抱いたのだ。

 しかしベルンハルトは、改めて身構えつつも、心の中で反省していた。


(俺も大バカ者だな……どうしてこんな簡単なことを、今になって気づくんだ?)


 この子たちは確かにこの数日間で、大きく成長したのかもしれない。しかし中身はまだ八歳という幼い子供だ。どんなに立派に見えても、その精神の強さはたかが知れているというもの。こればかりはどうしようもないことぐらい、ほんの少し考えれば分かる話だというのに――


(この子たちは俺とは違う。それを胸に刻み込まねばな……)


 迫りくる炎を剣で一刀両断しながら、ベルンハルトは新たなる決意を固める。

 騎士団長として、そして一人の父親として――ここから一歩を踏み出していかなければならないと。

 もはや時と場合なんて関係ない。

 気づいたその時からそうしていかなければ、何の意味もなくなってしまう。

 同じ過ちを繰り返す――そんなことをしてしまえば、親として子供たちに示しがつかなくなる。騎士団長以前に、父親という名のプライドが、それを絶対に許さないと彼の中で沸きだっていた。


「くきゅうぅーーっ!」


 するとその時、シルバの慌てた鳴き声が響き渡る。一体何事かとベルンハルトが振り向くと、そこには異様な光景が広がっていた。


「なっ!?」


 黒竜たちの大暴れなど、単なる前座に過ぎなかった――それを示さんばかりの状態がそこにある。

 一人の少年が、黒い小さな竜とともに、気を失った状態で浮かび上がっていた。


「に、兄さんっ!」

「ノワールちゃんも……なんで……」


 ラスターが叫び、レイもショックを隠し切れない。ベルンハルトとアカリも、この状況を理解することができず、ただ呆然とするしかできなかった――



 ◇ ◇ ◇



「――ヒカリ! ノワール!」

「くきゅー!」


 ヤミとシルバが血相を変えて叫ぶ。しかしもう遅い。大切な弟分とその家族は、完全に囚われの身となってしまった。


「あーもう、しくったなぁ……黒竜たちにまんまと気を取られちゃってたよ……」


 暴れ出す黒竜を放っておくことはできず、ヤミも動き出していた。途轍もない頑丈さを誇る黒竜の体も、ヤミの魔力でコーティングされた状態ならば対抗できる。その目論見は見事的中しており、数匹の黒竜を鉄拳制裁で収めたのであった。

 しかしそれは、ヤミの意識を引き付けるには十分過ぎた。

 自分の身は自分で守る――そんなヒカリの力強い言葉もまた、見事に仇となったとしか言いようがない。


「姉さん!」

「お姉ちゃんっ!」


 するとそこに、ラスターとレイが駆け寄ってくる。その後ろからは、ベルンハルトとアカリも走ってきているのが見えた。


「兄さんとノワールが……あれって、一体……」

「間違いなく悪い魔力だね。それも自然に発生したものじゃない」

「じゃあ、誰かが仕掛けたってこと?」

「そうなるね」


 レイの問いかけにヤミが答える。その視線は空に浮かぶヒカリに向けられていた。

 できればすぐにでも助けに行きたい。しかしヒカリの周りを、暴走した黒竜たちが旋回しており、無暗に手を出せばどうなるか分からない。


「あの黒竜さんたち……まるでお兄ちゃんを守ってるみたい」

「きっとそうするように操ってるんだよ。多分、近くに犯人がいるはず……」


 ヤミが周囲を見渡し始めた、その時だった。


「――きゃあっ!」


 後ろから女性の叫び声が聞こえた。ただしそれはアカリではない。もう少し若い、しいて言えば『ヤミと同い年』くらいの少女の声だった。


「今の声……」


 ヤミには聞き覚えがあった。振り向いてみると、一人の少女がベルンハルトに取り押さえられている。

 騎士の格好をしていなかったが、その顔は確かに知っているものだった。

 初対面でいきなり決闘を持ち掛けられたのだから尚更であった。


「やっぱり、キャロル……」

「え? もしかして、ホントにキャロルさんが?」


 ヤミに続き、レイが信じられないと言わんばかりの驚きを示す。ラスターもどう反応していいか分からず、絶句していた。

 そしてそれは、彼女たちの母親も同じくであった。


「キャ、キャロルさん……どうしてあなたが……」

「マ、魔族ヲ……ニクイ魔族ハミンナ……アアアアアァァァァーーーーーッ!」


 声自体は聞き取れる。しかし明らかに正気を失っていた。ヤミもすぐさま取り押さえられている彼女の元へ向かう。


「ベルンハルトさん、そのままでお願い!」


 ヤミがそう叫びつつ彼女を覗き込む。そしてすぐさま『それ』を見つけた。


「――これだっ!」


 ヤミは魔力強化された手で、彼女が身に付けている首飾りを破壊しながら千切る。そしてそれをそのまま、紙屑のようにグシャッと握り潰した。


「ガハッ……ああぁぁ……」


 キャロルはそのまま倒れ、気を失ってしまう。あれほど奇声を上げ、暴れていたのが嘘のようだった。

 取り押さえていたベルンハルトも、彼女の変化に戸惑いを感じていた。


「ヤミ君、これは一体……」

「これだよ」


 キャロルに視線を向けたまま、ヤミはスッと潰した首飾りを見せる。


「この首飾りに魔力が仕掛けられてた! それが悪さをしてたみたいだね」

「それじゃあ、これで黒竜たちは元に戻るのね?」

「ん……」


 笑みを宿すアカリに対し、ヤミの表情は浮かないままだった。

 魔法具を破壊してキャロルを元に戻した。しかしどうにも簡単過ぎる。このまますんなり終わるとは到底思えなかった。

 その時だった。


「――残念ですが、それは無理な話ですよ」


 そこにもう一人の少女の声が聞こえてきた。ヤミたちが振り向くと、余裕の笑みを浮かべながら佇んでいる人物が視界に飛び込んでくる。

 その人物を見たアカリは、特に驚きを隠せない様子だった。

 そんなアカリを遮るようにして、ヤミが前に出ながら口を開く。


「やっぱりあんただったんだね――アマンダさん!」


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