044 魔界都市の明るい平和



「ふぁー……」


 賑やかで明るいその光景に、レイは思わずため息のような声を出す。それを聞いたヤミは、してやったりと言わんばかりの笑みを浮かべていた。


「どう? 普通にいい城下町っぽくない?」

「……はい。わたしもそう思います」


 むしろ想像していた魔界都市とは全然違う――それがレイの率直な感想だった。

 ヤミと二人で城を抜け出し、町へ下りるまでの道からして、のどかで平穏だということがよく分かるほどだ。

 そして、いざ町の中心部に辿り着くと、その賑わいに驚かされる。

 あちこちに出店している屋台からは美味しそうな匂いが流れており、魔法による路上パフォーマンスは、通りすがりの人々を笑顔にしている。更に路上の空いているスペースには、雑貨店が精密な小物類をいくつか限定で出張販売していた。思わず立ち止まって見ていく人も少なくない。


「くきゅー♪」


 肩にしがみ付き、にゅっと首を伸ばしてくる小さな白い竜の頭を、ヤミが人差し指で撫でる。

 レイを連れて城下町へ出る際、当然の如くシルバも付いてきたのだった。

 普通に堂々と連れて歩いている形であり、周りも小さな白い竜の存在には気づいているが、誰もそれを気に留めている様子はない。


「昔は、子供のドラゴンは狙われやすかった、って聞いたことありますけど――」


 レイがシルバと町の様子を交互に見比べる。


「こうして見ると、今はもうそんなでもない感じですね」

「うん。特に魔界はドラゴンが多い、っていうのもあるみたい。まぁ、それでも治安の悪いところは、気をつけなきゃいけないけど」

「それは……仕方がないと思いますよ」


 レイは頷きながら、複雑そうな表情を浮かべる。


「お母さまから聞いたことがあります。世界各地には、貧しくて苦しんでいる場所もたくさんあるって。特に世界で一番栄えていると言われる帝国の王都が、実は世界で一番大きなスラム街を抱えているとか」

「ふーん。どこにでも『裏舞台』的な場所は、存在してるってわけだ……」


 前方を見据えながら話すヤミは、どこか遠い『何か』を見ているようでもあった。もっともレイはそれに気づくこともなく、ただひたすら魔界都市の元気な明るさに驚きっぱなしであったが。


「おぉーい、ヤミちゃん!」


 するとそこに、威勢よく声をかけてくる男がいた。同時に肉の焼ける香ばしい匂いが漂い、脳と腹を刺激してくる。


「あ、おじさん! それ、美味しそうだねー。二本……いや、三本ちょうだい」

「まいどー♪」


 慣れた様子で串焼きを注文し、店員の男もそれに応える。銅貨三枚と引き換えに受け取り、ヤミはそのうちの一本をレイに渡した。

 二人で一口かじる。

 肉汁と塩気のあるタレの濃厚さが、肉の香ばしさを引き立てており、もはや無限に食べられるような気さえする。


「くきゅ、くきゅーっ!」

「はいはい、分かってるってば」


 シルバにせがまれたヤミは、苦笑しながらもう一本の串をシルバに近づける。小さな口を思いっきり開け、シルバからしてみれば大きな塊も、一発でムシャッと食い千切ってしまう。

 その光景にレイは軽く驚いていた。

 いくら子供とはいえ、竜らしく立派な顎と歯を持っているのだと、改めて確認したのだった。ヤミによく懐いている可愛いペット――そんな認識を少しずつ持ち始めていたが故に、竜もそれほど怖くない生き物だと思っていたが、そんなことはなかったのだと思わされる。

 一方、店員の男はある程度見慣れているためか、驚きはしていない。

 むしろ皆が美味しそうに食べる姿に、心から満足している様子を見せていた。

 そんな中、彼は一つ気になることがあった。


「にしてもヤミちゃん――いつの間に妹なんかできたんだい?」


 その声に二人は、肉にかぶりつきながら振り向く。意味が分からないと言わんばかりにきょとんとしたその表情に、店員の男は軽く目を見開いた。


「ありゃ、もしかして違ったか? 顔や雰囲気が似てるから、てっきり姉妹か何かかと思ったんだが……」

「ん、あぁ、まぁ、似たようなもんかな。んじゃ、ごちそーさま!」

「くきゅー」


 早々に会話を切り上げつつ、ヤミはレイを連れて歩き出す。店員の男は首をかしげるしぐさを見せていたが、次の客が訪れたため、すぐさま営業スマイルを見せ、追加の仕込みを始める。

 一方、ヤミとレイは、串焼きを食べながら歩いていた。ちなみにシルバの分は既に平らげており、当のシルバは満足そうな顔をして、ヤミの肩で寛いでいる。


「いやー、しかしアレだねぇ」


 先ほどの店員の男から言われたことを、ヤミは考えていた。


「あたしたち、なんか姉妹に見えるっぽいよ?」

「……すみません」

「別に謝ることはないよ。レイみたいな妹なら、むしろ大歓迎さ」

「ヤミさん……」


 ニシシッ、と楽しそうに笑うヤミを、レイが見上げる。その表情はまさに、どう表現したらいいか分からないと言わんばかりであり、自分自身の気持ちすら理解できていない様子でもあった。

 するとヤミが、ここで思い出したように言う。


「今更かもだけど、あたしを呼ぶときに『さん』付けはいらないよ。敬語もね」

「……好きに呼んでいいんですか?」

「うん」

「それじゃあ――お、お姉ちゃん」


 意を決して放たれたレイの一言に、今度はヤミが表情の動きを止めた。レイは一歩前に出ながら、まっすぐヤミの表情を見上げてくる。


「ヤミさんのこと、『お姉ちゃん』って呼びたいです……ううん、呼びたいっ!」

「――あぁ、いいよ」


 呆けていたヤミだったが、その表情は程なくして、優しい笑顔に切り替わった。裏も何もない、心からの気持ちとともに。


「しばらくはあたしが、レイのお姉ちゃんになってあげる」

「ホント? やったーっ♪」


 両手を突き上げて万歳しながら、レイは大いに喜ぶ。そんな少女を見下ろしつつ、ヤミはもう一つ思った。


「そうだ。折角だし、ヒカリにも『お兄ちゃん』をやってもらおうかな? ラスターとも仲良くなってることだし、ちょうどいいでしょ」

「うん、わたしもお兄ちゃんって呼びたい! あ、でも……」


 年相応にはしゃいでいたレイは、ここで急に落ち着きを取り戻し、どことなく申し訳なさそうな表情と化す。


「わたしたちで勝手に決めちゃってるから、ヒカリさんに迷惑なんじゃ……」

「話せば分かってくれるって。ラスターのほうが先に、あの子を『お兄ちゃん』って呼んでるかもね」

「え、それはちょっとズルいなぁ……」

「ハハッ」

「くきゅきゅっ」


 悔しそうに顔をしかめるレイに、ヤミとシルバが軽く笑い出す。ぼちぼち城の菜園に戻り、ヒカリたちにこのことを話してみようかと思った――その時であった。


「――ヤミ! レイ!」


 まさに話題に上がっていた弟分の声が、喧騒の中から聞こえてきたのだった。


「おっ、噂をすれば……って、どうしたんだろ?」


 ヒカリだけでなく、ラスターも一緒であり、明らかにただ呼びに来たわけではなさそうだと、ヤミもレイも思った。

 やがて駆け付けた二人は、ヤミたちの前で立ち止まり、息を整える。


「良かった……二人ともすぐ見つかって」

「どうしたのさ? 何があったの?」

「うん。ちょっと緊急事態でね。ラスターを置いてくのもアレだったから、一緒に連れてきたんだ」


 そしてこの後ヒカリから、事の顛末が明かされる。

 猪の魔物が大量発生しており、冒険者やサポートの人手が足りず困っているから、手を貸してほしいと。


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