042 驚く妹と楽しそうな兄
「ま、おうの……しろ?」
「うん。そうだよ」
驚愕するレイに対し、ヤミはあっけらかんと答える。そして何事もなかったかのように立ち上がり、思い出したと言わんばかりに軽く目を見開いた。
「そうそう。あんたの着ていた服も、ちゃんと洗濯しておいたからね。そこに畳んで置いてあるから」
「あ、どうも……じゃなくて!」
思わずお辞儀をしたところで、レイは声を上げる。確かに今現在着ているのは、用意してくれたのであろう上質な子供用の寝間着であったが、そんなことはどうでもよかった。
「魔王の城ってどーゆーことですか?」
「どうもこうも、そのままの意味だよ。ここは立派な魔界のお城ってこと」
「魔界……」
レイの表情がみるみる青褪める。果てしなくマイナスな意味の想像をしているんだろうなぁと、ヤミは思わず苦笑してしまう。
「別に怖がることはないよ。取って食べるみたいなことはしないから」
「で、でも魔界って、昔はとても危ない場所だったって……」
「今は違うよ。そもそもそんなところなら、今頃こうして無事に目が覚めるなんてこともないんじゃない?」
「あ……」
言われてみればと、レイは納得する。そして俯きながら考え出した。
(確かに……ホントに危険な場所だったら、こんなにフカフカなベッドに寝かせてもらえるなんてないよね? お姉さんがウソを言ってるようにも見えないし……)
複雑な表情を浮かべていると、ヤミが優しく微笑んでいることに気づく。
「……な、なんですか?」
「ゴメンゴメン。ラスターの言ってたとおりだなぁって思ってさ」
ヤミが手をパタパタと左右に振りながら弁解する。それと同時に、シルバがヤミの胸元から飛び出し、レイの元へ飛んでゆく。しかし現在のレイの心境的に、無邪気に近づいてくる小さな白い竜を気にする余裕はなかった。
混乱しているのはよく分かるため、ヤミもいちいち追及はしなかった。
「あの子が教えてくれたんだよ。僕たちはまだ八歳だけど、レイはとても落ち着いている大人びた子だってね」
「ラスターが……そう言えば、ラスターは? 弟はどうなったんですか!?」
「もうすっかり元気になってるよ」
慌てて尋ねるレイに、ヤミはあっけらかんと答えた。そして親指で外に出るドアのほうを指しながら、二ッと笑う。
「ちょうどこれから、あの子のところへ行こうと思ってたんだ。もし良ければ、あんたも一緒にくる?」
「くきゅー♪」
ヤミの声に合わせてシルバも呼び掛けてくる。
「くきゅ、くきゅくきゅきゅっ!」
シルバが自らレイに近づき、彼女の寝間着の裾を口で加えて引っ張り出す。行こうよとせがんでいるのは、考えるまでもなかった。
そんな小さな白い竜の行動に戸惑い、レイは見上げる。ヤミは無言の笑みを浮かべたまま、じっと何かを見透かすように見下ろしてくるばかりであった。
数秒の沈黙が流れる。
やがて意を決したかのように、レイは表情を引き締めた。
「……はい。わたしも行きます」
レイはゆっくりとベッドから起き上がる。特にふらつく様子も見せず、ヤミとシルバに連れられる形で、部屋を後にしたのだった。
◇ ◇ ◇
「――わぁ!」
その光景に、レイは思わず声を上げた。
薄暗い廊下を抜けた先に広がる、緑豊かな明るいその場所は、菜園というより楽園とすら思えるほどだった。
今日も変わらず野生のスライムたちが遊びに来ており、早速シルバが嬉しそうな鳴き声を上げながら飛び出してゆく。
そんな中ヤミは、隣にいるレイを見下ろし、悪戯っぽく笑った。
「どう? 想像してたのより、かなり凄いと思わない?」
「は、はい。凄いです」
レイは茫然としながらも素直に頷く。
それくらい衝撃だったのだ。
魔界の城というからには、薄暗くて荒れていて、空気も淀んでいる『闇の世界』なのではないかと、今日のさっきまでずっとそう思い込んでいた。
それがここにきて完全に覆された。
聞いていた話と違うとか、今まで聞かされてきたものは何だったのかとか、そんなことはどうでもよくなってしまうほどの明るい光景に、レイはただただ感激に等しい驚きを浮かべていた。
「――あ、レイ! 目が覚めたんだね!」
明るい声が聞こえてきたのは、その時であった。
レイは目を見開きながら振り向いた。会いたかった双子の兄が、嬉しそうな笑顔を浮かべて駆け寄ってくる。
白いシャツにオーバーオール、麦わら帽子を被り、首に巻かれた手拭い。
どこからどう見ても、立派な農作業をしている姿そのもので。
「良かった。元気そうだね」
「あ、う、うん……ラスターも無事、だったんだね」
「うんっ♪」
まさかの格好で現れた兄に、レイは何度目かの衝撃を受けてしまう。もっとも肝心のラスター本人は、全く気づいていないようではあったが。
そしてそんな彼らの様子を見守る人物も、また――
「いやはやなんてゆーか……こうして見ると、やっぱり『双子』なんだねぇ」
髪型が違う程度で、背丈や顔立ちは殆ど変わらない。少し調整すれば、入れ替わることも容易にできてしまいそうだ。
まだ八歳という幼い年齢だからこそ、とも言えるのだろう。
もう少し年を重ねれば、男の子と女の子らしく、それぞれ特有の成長を見せてくれるに違いない――そんなことをぼんやりと、ヤミは考えていたのだった。
「――ヤミ」
そしてもう一人、この菜園の『主』が歩いてきた。
「レイちゃんも元気そうで良かったよ」
「うん、本当に。ヒカリも、朝からずっとラスターと?」
「まぁね」
ヒカリは肩をすくめ、そしてラスターを見る。
「ここの作業を手伝っていくうちに、興味が沸いたらしくてね。ヤミがあの子をここに連れてきたのは、大正解だったと思うよ」
「それは光栄だね♪」
ニカッと笑うヤミに、ヒカリもクスッと微笑む。するとそこにラスターが、レイを連れて歩いてきた。
「ヒカリさん。ボクの妹のレイです。改めてよろしくお願いします」
「は、はじめまして!」
兄の紹介に合わせ、緊張気味に頭を下げてくる例に、ヒカリは少しかがみながら、優しく笑う。
「こちらこそ。菜園を管理している、魔族のヒカリと言います。ここ数日、キミのお兄さんが手伝ってくれて、本当に助かってるよ」
「それは、えと、ど、どうも……」
会釈するレイの中には、大きな戸惑いが生まれていた。かつて自分の母を攫い、未だ心に深い傷を残し続けるほど苦しめた危険な存在――そんな魔族が今、目の前で優しく微笑んでいる。
どう反応すればいいのか分からない。
そもそも目の前にいる人は、本当に大丈夫なのだろうか。双子の兄は心を許しているようだが、それでもすんなり信じきれない自分が、彼女の中にはいた。
すると――
「くきゅーっ!」
「ピキッ、ピキキキィーッ!」
「キィキィ!」
シルバとスライムたちが、鳴き声とともにやってきた。狙いはヒカリが持つ、籠の中の野菜たち。それを食べさせろ、と必死に飛び跳ねたり羽ばたいたりしてせがむ魔物たちに、ヒカリは苦笑する。
「はいはい。キミたちの分もちゃんとあるから、落ち着きなさいって!」
ヒカリの声掛けに、魔物たちは嬉しそうな鳴き声を上げた。そして場所を少し移動したところで、収穫したての瑞々しい野菜が振舞われる。
その役割を務めるのは、ヒカリだけではなかった。
「はい、スライムさんたちもどーぞ♪」
しっかりとラスターも参加しており、作業着姿も相まって馴染んでいる。ヒカリの弟分と言われれば、納得してしまいそうなほどであった。
「ヒカリさん、これが終わったら、畑の耕し方を教えてください!」
「あいよー」
楽しそうに話を進めていく二人を、レイは見つめていた。なんとも表現しがたい、驚きとも戸惑いともとれるポカンとした表情で。
そんな彼女の肩に、ヤミが優しく手を乗せながら言う。
「とりあえずさ。あたしたちも向こうで、おやつでも食べながら話さない?」
ヤミが促した先には、広い木陰がある大木があった。いつの間に用意したのか、その手にはドリンク入りのバスケットが掲げられていたのだった。
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